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第九話 VSブレードベア

「くっそ、最悪だ、まさかこのタイミングで……!!」


 多分、ビッグボアを仕留めるのに時間をかけすぎて、大量に溢れた血の匂いが、こいつを呼び寄せてしまったんだろう。

 この熊から感じる威圧感、もしかしなくても、ビッグボア以上に強力な個体。それに、こんなところで出くわすなんて!!


「逃げるしかない、レイ、走るぞ!」


「ん……!」


 手を引いて立ち上がり、踵を返して森の中へ。

 そのまま木々に紛れて逃走を図るが、それをこの魔物が許すはずもなかった。


「ゴアァ!!」


「っ!?」


 ブレードベアが、無造作に腕を振るう。

 いくら大きな体を持つとはいえ、既に逃げに入っている俺達には、到底届くはずのない攻撃。

 それでも、俺は頭の中に鳴り響く警鐘の命ずるままにレイを抱えて思い切り横に跳ぶ。


 直後、俺達が立っていた場所を薙ぎ払う、不可視の斬撃。

 地面が抉れ、木々が吹き飛ぶ遠距離からの攻撃を前に、俺は歯を食い縛る。


 ……逃げるのは危険過ぎる、か。

 今のは何とか避けられたけど、視界の外から同じ攻撃が飛んできたら、とても回避なんて出来ない。


 生き延びたければ、こいつを殺すしかない。


「レイ、俺が気を引く。お前は隙を見てクロスボウを撃て。いいな?」


「え……で、でも」


「頼んだぞ」


 覚悟を決め、レイに対し一方的にそう告げると、近くに転がっていた石を手に走り出す。


「こっちだ化け物、かかって来やがれ!!」


 ブレードベアに対し大きく回り込むように動きながら、投石紐を使って石を投げつけた。

 本音を言えば、レイに囮役をやって欲しいところだけど、足の早さや度胸の面で不安が残る彼女では少々厳しい。

 あいつの本領は工兵なんだから、こういう時は俺が体を張らないと。


「ゴアァ!!」


 投石は胴体に当たり、見たところ何の痛痒も与えられていないけど、俺を敵と認識させるには十分だったらしい。ブレードベアは完全に俺を標的と見定めた。


 それを確認するや、俺は自分の位置取りを調整し、石斧を構えながら熊の動きを注視する。


「グオォォォ!!」


 雄叫びを上げ、真っ直ぐに突っ込んで来る熊。

 また腕から斬撃を放たれたら厄介だったけど、あれは多分魔法の類だろうし、こいつもそれほど乱発出来るわけじゃないのかもしれない。


 だとしたら、好都合だ。


「そのまま、そのまま……今だ!!」


 ブレードベアが近づくのに合わせ、俺は石斧を振りかぶる。

 狙いはもちろんブレードベア……ではなく、すぐ側にピンと張られた縄の一つ。

 ビッグボアが落とし穴に上手く落ちなかった場合に備えて用意してあった、もう一つの罠だ。


「ゴァ!?」


 縄が切れ、撓んだ状態で固定されていた木が跳ね上がるのに合わせ、足元にあったもう一つの縄が持ち上がる。

 先端の輪が獲物の足を捕らえ、動きを封じる、これまた古典的な跳ね上げ式の罠。上手く決まったな。


 とはいえ、普通の獣ならともかく、こんな魔物相手では足止めにしかならない。足を引っ掛けて転ばせることは出来たものの、こいつなら縄くらいすぐに引きちぎってしまう。


 それでも、攻撃するには十分な隙だ。


「レイ、今だ!!」


「ん……!」


 離れた場所でじっと機会を窺っていたレイが、ブレードベアに向けてクロスボウを放つ。

 頭に向け、一直線に飛来した矢の先端は、無防備な熊の頭蓋を貫く――


 ――寸前、その頑強な腕によって防がれ、致命傷には至らなかった。


「グオォォォ!!」


 腕を貫かれ、怒りのこもった咆哮を上げる魔物。

 その鋭い相貌が、ギロリとレイの方へと向いた。


「レイ、伏せろ!!」


「っ!!」


 俺が叫ぶのと同時、ブレードベアが振るった腕から斬撃が飛び、レイに襲い掛かる。

 半ば腰を抜かすような格好で倒れこんだレイは、ギリギリのところでそれを回避するも、その瞳は色濃い恐怖に染まり、もはや起き上がる力もないように見えた。


「くそっ、どうする……!?」


 レイが狙われた隙に、クロスボウを再装填。その間も、俺は思考を巡らせる。

 まさか、クロスボウの矢に反応して防いで来るなんて思わなかった。あれ、時速何百㎞あると思ってんだよ。

 腕を貫けたってことは、急所に当たれば仕留められる可能性があるってことだけど、今の一撃でレイも完全に敵と認識された。

 俺に対する警戒だって解けてないし、とてもこいつの反応速度を越えて急所に当てるなんて出来る気がしない。


「グオォ!!」


 考えを巡らせている間にも、状況は動く。

 まずは、自身を傷付けた元凶から取り除こうとしているのか、ブレードベアはレイに向かって走り出す。


「っく、悩んでる時間もないか! レイ、足元を砂に変えろ!!」


「っ!」


 俺の声にハッとなったレイが、しゃがみこんだまま地面に手を突く。

 魔力の燐光が迸り、地面がゆっくりと砂に変化。不用意にそこへ踏み込んだブレードベアは、転倒までは行かぬもののバランスを崩し、振り下ろした腕は明後日の方向へ叩き付けられる。


「ひっ、うっ……!?」


 その衝撃に息を飲んだレイが、這うようにしてその場から離れていく。

 亀のようなその歩みでは、とてもこの魔物から逃れることなんて出来ない。

 それでも、そうして作られた隙を利用し、俺はブレードベアの背中にクロスボウを叩き込んだ。


「ギャオウ!?」


 悲鳴を上げ、振り返るブレードベア。

 後頭部でも射抜ければ良かったんだけど、流石にそれは無理か。

 血走った目は真っ直ぐに俺へと注がれ、死んでも逃がさぬとばかりに全身から殺気が溢れ出す。


「……仕方ない、か」


 一つだけ、この状況を打破し得る可能性がある。

 賭けとしか言い様がない手段だし、あまり気が進まないんだけど、この状況じゃ他に生き残る道もない。


「レイ、まだ動けるな?」


 俺が声をかけると、震えていたレイが顔を上げる。

 度重なる攻撃で警戒しているのか、ブレードベアがこちらを警戒したまま動かない内にと、返事も待たず用件だけ叫ぶ。


「そこに突き立ったままのビッグボアを解体して、お前が魔石を喰え。魔力が増せば魔法が強くなるはずだから、それでどうにかこいつの動きを完全に止めてくれ。俺が時間を稼ぐ!!」


「えっ……!?」


 流石に予想外だったのか、レイが息を飲む気配が伝わって来たけど、これ以上問答している暇はない。

 クロスボウの再装填も待たず、もう片方の手に石斧を構えて吶喊する。


「もう一発食らえ!!」


 わざとらしく叫び、クロスボウを向ける。

 こいつにどれだけの知能が備わってるか分からないが、二度の攻撃でこの武器が脅威だと認識したのなら、あるいは……。


「グルルゥ!」


 ……攻撃を恐れ、実際に撃たなくても防御姿勢を取る!


「隙だらけだ、くそったれ!!」


 その間に懐へ飛び込んだ俺は、無防備な腹へと石斧を一発。

 思った通り、翠緑の毛皮はビッグボアのそれと比べても遜色ないほどに堅く、とてもじゃないが効果は見込めない。


 その間に、自分が騙されたと知ったブレードベアが怒りと屈辱を込めてその剛腕を振り下ろし、俺は辛うじてそれを避ける。

 後ろに回り込み、足に向けて石斧を一閃。

 あまり効いている気はしないが、痛みくらいはあるんだろう。煩わしげに片腕を大きく振り回す。


 そんなブレードベアの攻撃を後ろに跳ぶことで辛うじて躱した俺は、鼻先を掠める風圧にドッと冷や汗をかきながら、クロスボウを捨てて石斧を構え直す。


「ほら、どうしたよ。俺はまだ無傷だぞ? もうバテたのか? この木偶の坊が」


「ガアァ!!」


 俺の煽り言葉が通じたのかどうか、ブレードベアは雄叫びを上げて斬撃を放つ。

 何度も観察して気付いたが、こいつの魔法は使った直後の隙が大きい。

 回避後、躊躇うことなく二度目の踏み込みを行った俺は、渾身の力を込めた石斧をブレードベアの鼻先に叩き付けた。


「グオォォォ!?」


「ははっ、流石に今のは効いたみたいだな」


 距離を取りながら、俺は嗤う。


 ハッキリ言って、俺の体力はもう限界に近い。

 一歩間違えば即死なのが分かった上で、こんな化け物の懐に飛び込んで石斧をぶん回すなんて、少し前の俺なら正気を疑うような行動だ。精神が磨り減って仕方がない。


 全く、どうしてこんなことになってるんだか。

 ただ自分が生き残ることだけを考えるなら、さっさとレイを見捨てて逃げる方が楽だっていうのに。


 死にたくないと願いながらも、やっぱり今の俺の本質はゴブリンの雄。敵を仕留め、ゴブリンという“種”が生き残るための糧となるなら、命すら投げ捨てて戦う死兵ということなのか。


「まあ、何でもいいや」


 自嘲するかのような考えを振り払い、俺は息を吐く。

 俺の根幹がゴブリンだろうと人間だろうと、関係ない。

 今、この場を生き延びるために、こいつに立ち向かう度胸と力さえあるのなら、それでいい。


「お前だってそうだろ?」


「ガウ、ガアァ」


 軽い脳震盪から立ち直ったのか、ブレードベアが再び俺を睨み付ける。

 もう、どこへ避けようと確実に仕留めると言わんばかりに両腕を広げ、これまでにない魔力を纏わせていく姿を見れば、嫌でも理解してしまう。


「避けるのは、無理そうだな。迎撃なんてもっと無理だ」


 ビリビリと肌を刺す威圧感に、俺はそう呟いた。

 これが、今の俺の限界。俺にはまだ、何気なく森を出歩いただけで出くわす、こんな魔物一体にあっさりと殺されてしまう力しかない。


「……でも」


 仮に、そうだとしても。


「生き残るのは、俺だ」


「カイト!」


 俺が呟くと同時、レイの声が響く。

 その声に反応し、すぐさま後ろに跳ぶ俺を追って、ブレードベアはその剛腕を振り下ろし――途中で、ガクンと体が傾いた。


「グオ!?」


 不可視の斬撃が何もない虚空を切り裂き、弾けた大気が爆音を轟かせる。

 一体何が起きたのかと、パニックになるブレードベア。その足元は、なぜかそこだけが砂漠へと変じてしまったかのように砂に埋もれ、流砂のようにその体を飲み込もうとしていた。


「カイトは、やらせない……!」


 森の中に突如出現した、砂の底なし沼。

 その元凶であるレイが、地面に手を突いた状態で更なる魔力を流し込む。

 途端、広がり続けていた砂が、今度は空へ向かって盛り上がりながら土へと戻り、ブレードベアの足、胴体、腕へと纏わりついていく。


「はは、ビッグボアの魔石を喰えば強くなるだろうとは思ってたけど、これは凄いな……」


 纏わりつく土の拘束具を、ブレードベアは必死に振り解こうともがく。

 張り付いては剥がし、固まっては砕きを繰り返しながら、少しずつレイの拘束から抜け出していくが、完全に脱出するにはまだ時間がかかりそうだ。腕を満足に振るえないからか、あの斬撃も飛ばせないらしい。


 それでも、迂闊に近付けば暴れる腕に巻き込まれて死ぬだろうけど……俺には、それを避けてこいつの命に届き得る攻撃手段がある。


「さて、それじゃあ、悪いけど……」


 先ほど投げ捨てたクロスボウを拾い、矢を再装填。

 レイが必死に押さえてくれている間に、ブレードベアの眉間へと狙いを定める。


「大人しく……ここで、死んでくれ」


 僅かな抵抗と共に、引き金が引かれ。

 絶望的な状況で、尚も生きようと足掻くその命を、俺は容赦なく奪い取るのだった。

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