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第七話 クロスボウと土魔法

「カイト、これ、私が作った。使える?」


 朝、目が覚めたら目の前にちっこい雌ゴブリン……俺がレイと名付けたそいつがいて、手に持った物を差し出して来た。


 昨日初めて作って、その日のうちに狩りで使って壊してしまった武器――クロスボウだ。


「……えっ、お前一人でこれ作ったの?」


 こくり。


 あっさりと首肯が返ってきて、俺は驚きのあまりまだ夢の中にいるんじゃないかと思った。


 いや、だってこれ、昨日と出来映えが全然違う。

 弓の部分が板を境に綺麗に左右同じ長さで伸び、繋ぎ目が分からないほどしっかりと繋がってる。


 持ち手の部分にも昨日はなかった工夫が盛り込まれ、少し斜めにカーブを描くことで握り易くなっている上、引き金の部分も梃子の力で押し込みやすいようになっていた。


 あっさり壊れた反省を活かしてか、丈夫に作られたせいで硬くなった弦を全身の力を使って引けるように、地面に置いて足で固定するための板が増設されているのもポイントが高い。


 アイデア自体は昨日のうちから存在したけど、時間の制約もあって簡略化した機能の数々。

 作りながら話した覚えはあれど、まさかこんなに早く実現するなんて思ってもみなかった。


 それを、こいつはたった一晩で……一体どうやって?


 試しに聞いてみたら、どうやらレイは昨日食べた魔石の力、そして親方の指導によって、魔法を覚えたらしい。

 木片や石、土など、血の通わない無生物を自由に加工、変形させることが出来る、そんな魔法。


 何だそれ、便利過ぎる。確かに直接的な攻撃手段にはならないけど、いくらでも使い道が思い付くじゃないか。俺も覚えられないかな?


 というか、いくらそれが使えるようになったからって、やっぱり一晩でこれは凄い。


「カイトの役に立ちたくて……頑張った」


 そう言って、淡く微笑むレイの姿に、不覚にもくらっと来た。

 ……く、くそぅ、ゴブリンの癖に可愛いじゃないか。ていうかこいつ、本当に雄に人気ないの? めっちゃ健気で有能な頑張り屋って、人間だったら引く手数多だぞこんちくしょう。


 まあ、ゴブリン相手に可愛さなんて説いても仕方ないか。


「ありがとうな、レイ。お陰でもっと強くなれそうだ」


 クロスボウを受け取り、お礼と共に頭を撫でる。

 俺の行動に、最初はきょとんとしていたレイだけど、段々気持ち良くなってきたのか、表情が少しずつ緩んでいく。


 ……こうしてると、化け物というより、小動物みたいだな。ペットに欲しい。


 ただ、あれだな。


「よし、それじゃあ今日の狩り……に行く前に、お前、昼まで寝てこい」


「え……どうして」


「どうしてって、お前昨日はほとんど寝てないんだろ? ちゃんと休んでからじゃないと、魔物と戦うなんて危険なこと出来るわけないじゃないか」


 俺の目的は、生き残ることだ。魔物を狩るのはそのための手段でしかない。

 レイは今後も絶対に必要な人材……ゴブ材? だし、こんなところで焦って失うわけにいかないだろう。


「あ……ごめん、なさい」


「謝る必要ないって。こんな良い物作って貰ったんだ、今日は獲物いっぱい獲って、二人でご馳走にしようぜ」


「……ん」


 俺の説明に納得してくれたのか、レイはこくりと頷いた。

 魔石を一つ食べて、何を話してるのかは分かるようになったけど、元々無口気味なのは変わらないみたいだ。


「じゃあ、また後でな」


 そう言って、俺はレイを寝床のある建物へと押し込んだ。






「しかし……調子が良すぎるな、これは」


 レイが起きるのを待ってから、俺は改めて森にやって来たものの、少々途方に暮れていた。

 というのも、レイが作ってくれたこのクロスボウ、昨日作った物とは威力も精度も比較にならず、正直外れる気がしない。

 そのせいで、予定していた量の食糧があっという間に集まってしまったのだ。


「少し多めに……狩ったところで、保存方法なんて知らないんだよな」


 物作りならまだ、多少は経験がある。

 でも、流石に保存食の作り方はなぁ……焼けば何とかなるか?


「えっと……ごめんなさい……」


「いや、レイは悪くないし、むしろ良いからこその贅沢な悩みだから、気にするなよ」


 しょんぼりするレイに苦笑しつつ、また頭を撫でる。

 こいつ、どうも思考がマイナスな方に流れやすい感じがするな……それが慎重さに繋がってるなら悪いことじゃないんだけど、行き過ぎても問題だからな。気を付けないと。


「……ん?」


 そんなことを考えながら、仕留めた獲物を皮袋の中に詰め込んでいると、どこか覚えのある匂いが近づいて来るのを感じた。

 これは……確か……。


「昨日のゴブリンと同じ匂い……? 同じ群れのゴブリンってことか。血の匂いに釣られて来たのか?」


 そう推察して、俺は少しばかり顔を顰める。

 これまで滅多に会うこともなかった余所のゴブリンと、こうも連続して出くわすということは、偶々逸れた個体が迷い込んだわけじゃなく、群れごとこの近くまで移動してきた可能性が高い。


 群れが違えば、同じゴブリンといえど敵同士。下手に放置すると、俺達の群れが危険に晒されるかもしれない。


「まあでも、それならそれでチャンスか」


 俺の知る限り、ゴブリンが一番手ごろに狩れる魔物だ。

 それが近くにたくさんいるというのなら、上手くやれば一気に強くなれる。


「狩るの、カイト?」


 俺が結論を出すと同時に、レイがそう問いかけて来る。

 その瞳に浮かぶは、不安と決意。

 死ぬことへの恐れを抱きながら、それでも戦おうとしている、強い目だ。


 ……心配なんていらなかったか。


 つい今しがた抱いたばかりの疑念が晴れていくのを感じながら、俺は大きく頷いてみせた。


「ああ。敵の数がまだ分からないから、場合によっては逃げるとして……ひとまず、そこに踝くらいの深さの穴を出来るだけ作ってくれ」


「ん、分かった」


 俺の言葉に疑問一つ挟まず、レイが指示した場所に手を置く。

 途端、その掌から魔力が奔り、地面が脈動する。

 気付けば、指示した通りの小さな穴が、ぽっかりと口を開けていた。しかもそれ一つで終わることなく、レイの手が触れる度、ポコポコと穴が増殖していく。


 ……これ、手作業でやろうと思ったら、かなり手間なんだけどな。本当、魔法って便利だ。

 木片もいけるらしいけど、操作しやすいのはこういう地面や土塊らしいし、便宜上土魔法ってことにしておくか。

 いやほんと、俺にも使えたらなぁ、土魔法。


 そんなことを考えながら、俺はレイが作った穴から少し離れた位置に皮袋を置き、レイを伴って穴を挟んだ反対方向へ。


 連中が追ってるのは、俺達じゃなくてこの皮袋が発する血の匂いのはず。

 それなら、こいつを残して距離を置けば、囮くらいにはなるだろう。


 わざとらしい罠だけど、よっぽど頭の回るゴブリンがいなければまず間違いなく引っかかる。無理だったら、潔く撤退するか。

 そう方針を固め、狙撃出来る範囲で木の陰に隠れ、様子を窺う。

 すると、程なくして五匹のゴブリンが姿を表した。


 ……思ったより多いな。どうするか。


 悩んでいる間にも状況は進み、俺が置いた皮袋の存在にゴブリン達が気付く。

 その中に、大量の肉が詰まっていることに気付き、歓喜の雄叫びを上げるゴブリン達。

 他にも不審な匂いがあることや、それが罠である可能性なんて考えてもいないみたいだ。


 それを確認するや否や、俺は素早くクロスボウを構え、ゴブリンの一匹に照準、引き金を引く。

 いともあっさりと頭部を射抜かれたゴブリンは、その場に倒れて動かなくなった。


「ナニ……?」


 喜びのあまり、警戒心が薄れていたのか。

 仲間が殺されたというのに、ゴブリン達は動こうとしない。

 その隙に、俺は素早く再装填しながら、隣のレイに投石紐の用意をさせる。


「ガアァ!!」


 ようやく再起動を果たしたゴブリン達が、怒りのままに突っ走って来た。

 その内一匹は俺が撃った矢で仕留め、もう一匹がレイが投げた石礫を頭に受けて倒れ込むが、それでもまだ二匹残っている。


「オノレ!!」


 倒れた仲間の仇を討たんとばかりに気勢を上げるゴブリン。だけど、そんな頭に血が上った状態じゃ、足元に空いた無数の穴に気付けるはずもない。

 あっさりと足を引っかけ、その場に転倒した。


「じゃあな」


 無様に転がるゴブリン達に肉薄した俺とレイが、それぞれに石斧を振り下ろす。

 ぐしゃりと、不快な感触と共にゴブリンの頭蓋が砕け、完全に息の根が止まる。


「ギャ……ギャアアアア!!」


 そこで、最初にレイの投石紐で転倒していたゴブリンが起き上がり、脇目も振らず逃走を始めた。

 流石に、人数差が逆転した状態でやり合うほど無謀じゃなかったらしい。


 とはいえ、逃がすつもりなんてない。

 ここで逃がして、俺達の使った戦術や武器の情報が他所のゴブリンの群れに知られたら厄介だ。確実に仕留める。


「くたばれ」


 その一言と共に、再装填したクロスボウを発射。

 狙い違わず、こちらに背を向けて走るゴブリンを射抜いた矢の一撃は、確かにその命に届いたらしい。その場に倒れ、そのまま動かなくなった。


「ふう、終わったな。レイ、怪我はないよな?」


 特に問題なかったのは見ていたから知ってるけど、念のため確認する。

 そんな俺に「ん……大丈夫」と答えながら、レイは手早くゴブリンの解体を始めた。

 一度やってるからか、今日は随分手際がいいな。


「しかし、魔石が五つか。これなら長に一個献上したとしても、二個ずつで分けられるな」


 俺達ゴブリンはあの村に所属する代わり、狩りによって得た魔石の内最も質が良い物を一つ、長に献上する決まりだ。

 まあ、質に関しては誤魔化してもいいと思うけど、流石に狩りに出て成果なしなんて何度もやってたら目立つし、今しばらくは素直に渡す方が良いだろう。


「私に……二個も、くれるの?」


 すると、レイがまたも意外そうな顔でそう尋ねて来た。

 まあ、献上する分を除けば、後は狩りを主導したゴブリンが肉以外は全取りするのが基本だから、そう思うのも仕方ないけど……。


「むしろ、お前の働きぶりを考えたらこれでも少ないくらいだよ。クロスボウに、罠の製作にって、今回の戦果はお前がいなきゃ成し得なかった。もっと自分を誇っていいぞ」


 今の俺はゴブリンだけど、ゴブリンの流儀に合わせるつもりはない。

 役に立った仲間には相応に報いたいって思うし、そうすればまた次の狩りでも頑張ってくれるんじゃないかって期待もある。

 それに、俺にとって信用出来る仲間は、親方以外にはレイだけだからな。強くなって、ちゃんと生き延びて欲しいっていうのも本音だ。


 ぶっちゃけ、今回は俺こそそんなに役に立ってないし、俺が二個貰うことの方が少しばかり罪悪感あるくらいだ。


「というわけで、帰ったら魔石と肉をたらふく食って、明日に備えて寝るぞ」


「……んっ」


 ポンポンとレイの頭を叩きつつ、魔石と一緒に一度は捨てた肉入りの皮袋を拾い上げ、岐路に着く。


 武器は予想以上に強力な代物になったし、罠を交えた戦い方も問題なく機能した。

 後は、俺がずっと目標にしている獲物……ビッグボアを、実際に仕留めるだけだ。


 そう考え、俺は我知らず拳を握り締めるのだった。

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