第六話 レイの独白
私は、ただのゴブリンだ。
強いて言えば、生まれつき“少しだけ”周りより小さくて、多分長くは生きられないって言われているだけの、どこにでもいる普通のゴブリン。
一つだけ、他のゴブリンと違うことがあるとすれば。
それは、私に“名前”があることだ。
「レイ、どうした? 食い足りないのか?」
私の名前を呼びながら、一匹のゴブリンが話しかけて来る。
自分のことを“カイト”と名乗ったこの雄が、私に名前をくれた変わり者のゴブリンだ。
「ん……大丈夫」
言葉少なくそう答えながら、私が食べているのは野鳥の肉。
カイトと一緒に仕掛けた、“罠”という道具で捕まえた獲物だ。
好きなだけ肉を食わせてやる――そう言われて狩りに連れ出された時は、ただ肉壁が欲しいがための嘘かと思ったけど、本当に分けてくれた。
ううん、それだけじゃない。カイトは、狩りの途中で仕留めたゴブリンの魔石まで分けてくれた。
たった二つしかなかった魔石の一つ。
その日の狩りで獲れた一番良い魔石は長にあげなきゃいけない決まりだから、実質唯一と言っていい魔石をだ。
そのお陰で、私はこうして言葉もはっきり話せるようになったし、色々と考えられるようになった。
でも、考えられるようになっただけで、頭が良くなったわけじゃないのかもしれない。
だって、カイトが何を考えてるのか、今でもよく分からないから。
「そうか。まあ、出来る範囲ならなるべく希望は叶えてやるから、何かあったら言えよ」
今も、そう。
私みたいな雌ゴブリンに、村に帰ってからずっと気を使ってくれてる。
普通なら、適当に放っておかれるだけなのに。
「明日も狩りに出るから、食い終わったら早めに休めよ。それじゃあな」
どうして、と何度も同じことを考えている間に、カイトは肉を食べ終えて立ち上がる。
言葉通り、自分も休もうとしているのか、欠伸を噛み殺しながらさっさと建物の中に入っていってしまった。
「……どうしよう」
残された私は、肉の残りを齧りながら途方に暮れる。
休めと言われても、明日も狩りだと思うと落ち着いて休んでいられない。
今日は、失敗しても許してもらえた。あまり役に立たなかったのに、使えそうだと言ってもらえた。
でも、明日もまた失敗したら?
もうお前はいらないと、見捨てられるかもしれない。
「それは……嫌」
私は、このままだと長く生きられない。
雄に相手にされない雌なんて生きる価値はないから、いずれこうやって食料を貰うことも出来なくなって飢え死ぬか、あるいは未熟な体のまま相手をさせられて、耐え切れずに死ぬか、二つに一つ。
今までは、もう避けられない未来だって諦めてた。
でも、カイトに会って、もしかしたらそれを回避できるかもしれない可能性が見えた。
私だって、生きたい。
そのためには、カイトに気に入られなきゃならない。
今よりも、もっと。
「ちゃんと、役に立ちたい」
決心がついた私は、肉の残りを手に、作業場に向かう。
そこにいたのは、私が生まれてから今日この日まで、生きるために必要な技術をくれたゴブリン。
カイトが、“親方”って呼んでる雌だ。
「おや、あんた帰ってたのかい。ん……? なんだか、雰囲気が変わったような……」
ひと目見ただけで、親方は私に起きた変化を見抜いたみたい。
そのことが何だか嬉しくて、少しだけ胸を張る。
「カイトのお陰。それより、頼みがある」
カイト? と、私が口にした名前に首を傾げながらも、親方はちゃんと話を聞いてくれるようで、私に向き直った。
そんな親方に肉を差し出しながら、私はその要求を口にする。
「私に、魔法を教えて」
「なんだって?」
予想外だったのか、親方は目を丸くした。
……雄は普段、雌の作業風景なんて見ないから知らないだろうけど、親方はちょっとした魔法が使える。
木や石みたいな素材に魔力を流し込むことで、それを柔らかくしたり、硬くしたり、形を変えたりする魔法が。
「今なら、使える気がするから」
もちろん、それが使えるようになったからって、私が戦えるようになるわけじゃない。
長の出す炎や、戦士の身体強化みたいに、狩りに使えるような力じゃないから。
でも、その魔法があるから、親方は戦士に気に入られて、ここまで長生き出来たって聞いたことがある。
なら、私もそれが使えるようになれば……それを使って、壊れた武器をまた作ってあげることが出来れば。
もしかしたら、カイトに気に入って貰えるかもしれない。
だから。
「お願い」
そう頼み込むと、親方はやれやれと肩を竦め、私から肉を受け取った。
「いいよ。でも、私も戦士から頼まれた仕事があるし、いつもより少しゆっくりやるから、見て覚えな」
「ん」
こくりと頷きながら、私は親方の手元に注目する。
そこにあるのは、手頃な太さの木材と、槍の穂先に使う石。それから、加工に使う色んな形や大きさの石器が複数。
他の雌ゴブリン達と変わらないそれらを前に、まずは腹ごしらえとばかりに肉を口の中に放り込んだ親方は、満を持して手を伸ばす。
「…………」
空気が変わったのを、肌で感じる。
ぴりりとざわつく気配に震えていると、親方の手先から魔力が溢れ、材料に注ぎ込まれていく。
それが終われば、石器を使って材料を削る。削る。削る。
硬い木材を、柔らかな木の葉のように。
それ以上に硬い石を、湿った粘土のように。
いとも簡単に形を変え、繋ぎ直し、あっという間に槍の形に整えて、最後にもう一度、魔力を注ぐ。
すると、さっきまで自由自在に形を変えていたはずのそれが、岩ように硬い槍になる。
戦士が注ぎ込む魔力にも耐え、強大な魔物さえひと突きで仕留めると噂の、最強の槍に。
「……すごい」
気付けば私は、そう溢していた。
これまでも同じように感じていたはずだけど、カイトのお陰ですっきりした私の頭は、これまで以上にその凄さを実感出来てしまう。
……私に、出来るのかな?
そんな不安が、頭を過る。
「私もここまで来るのに随分かかったからね、そう簡単には出来ないよ」
私の考えていることが分かったのか、親方はそう言って不敵な笑みを浮かべる。
真似れるものなら、真似てみろ。
そう、挑発された気がした。
「さあ、私に見せられるのはここまでだ、後は自分で掴んでみせな」
そう言って、親方はまた作業に戻っていく。
せっかく肉をあげたのに、いつも見てるのとあまり変わりがなかったのは不満だけど、仕方ない。
雌にとって、こういう武器作りの仕事は早い者勝ち。
ライバルの雌より少しでも良い物を作れないと、食料にありつけないから。
「ん、分かった」
少なくとも、いつもよりじっくり見学することは出来たんだから、それで我慢しよう。
明日の狩りまで時間がない、カイトが作ったあの武器……クロスボウ? を、今度は私一人の力で、もっと丈夫に作る。
「待ってて、カイト」
そう呟いて、私は近くの材木に手を伸ばした。




