第五話 協力者
「狩りの手伝い? この体でかい?」
「ですよねー」
雌ゴブリンの協力を取り付けようと思い立ち、俺が真っ先に頼ったのは親方だったが……すげなく断られてしまった。
というのもこの人、あまりにも体が大きいせいか目立たないが、実は妊娠中なのだ。
ゴブリンは孕むのも早ければ産むのも早いので、まさか森の中で突然破水などされてもお互い困る。
ならば産んでから改めて頼むかというと、それもまた難しい。
親方はこの通り、本当に雌ゴブリンかと疑いたくなるほど頑丈な体をしているため、何匹子供を産んでもピンピンしており、この村でも長や戦士に次いで長生きしているらしい。
長生きしている分だけ知能も高く、そうした雌からは強い子供が産まれやすいため……有り体に言えば、妊娠中でなければ雄が放っておかないのだ。
「他の雌も似たような状態だし、頼むのは難しいと思うけどねえ」
「うーーん」
ハッキリとそう言われ、俺は計画が早々に破綻しつつある現状に頭を抱える。
やっぱり雄ゴブリンじゃないとダメか? でも、そうなると何かしら成果を上げてからじゃないと厳しいし……。
と、そこで、建物の隅で蹲る一匹のゴブリンが目についた。
「……あ、親方、あいつは?」
「ん? ああ、あの子ねえ」
親方とは逆に、周りのゴブリンより一回り以上小さな体格。
まだ産まれて間もないのかと思ったが、親方曰く、そうではないとのこと。
既に生後一か月以上経っており――生後一か月は十分産まれて間もないではないか、というのは、ゴブリン相手には通じない――俺とは同い年(?)にあたる。
それにしては随分と小さいが……どうやら、未熟児ということらしい。
「あんな小さい体じゃ、雄も相手にしないだろうからね。手先が器用だから、今はここで道具を作って細々と食いつないでるけど、こういうのは孕んだ雌か子供の仕事だから、そのうち食えなくなってくだろうねえ」
「ふーん」
どうやら、ゴブリンにはロリコンという文化はないみたいだ。
……いや、俺がそうだって言ってるんじゃないからな? あくまで、ゴブリンは種の保存の観点から、強い雌が好きってだけの話で。
閑話休題。
「それなら、ちょうどいいな」
話を聞いた俺は、早速そのちっこいゴブリンの元へ向かう。
俺が近くに来たことに気付いたのか、無言で見上げるそいつの顔に浮かぶのは、ひたすらに困惑の表情。
「お前、腹減ってない?」
ふりふりと、野ウサギのもも肉を目の前でちらつかせると、ちび助の目が右へ左へ揺れ動く。
こうして見ると、ゴブリンも案外可愛げが……じゃなくて。
うん、これならいけそうだな。
「俺を手伝ってくれたら、好きなだけ食わせてやるよ」
「!!」
「お前さん、本気かい? 断った私が言うのもなんだが、その子の体で狩りが出来るとは思えないんだがねえ」
俺の発言がよほど意外だったのか、ちび助どころか親方まで目を丸くした。
まあ確かにこいつ、狩りに行くような体付きはしてないからな。
でも、それならそれで構わない。
「俺としては、素直に俺の言うこと聞いてくれるなら誰でもいいんだよ」
雄ゴブリン達と狩りに行ってると分かるが、あいつら本当に落ち着きがないというか……目先に獲物がいると分かればすぐに飛びつくんだよな。
死をも恐れない兵士って聞くと強そうに聞こえるけど、一緒に行動する仲間としては勘弁して欲しい性格だ。巻き込まれたら堪ったもんじゃない。
その点、こいつは肉を見てちゃんと欲してる素振りがあるのに、いきなり飛びついたりしなかった。自制が効いてるってのは良いことだ。
何より、雄に相手にされそうにないなら、妊娠したからってせっかく色々教えたのが無駄にならなくて済む。
未熟児だからって、今後成長していく可能性がないでもないけど……それでも、二ヶ月は猶予があるわけだしな。
「それで、どうする?」
改めて肉を片手に問いかけると、ちび助はしばしの間、じっと俺を見つめ……。
こくり。
無言のまま、そう頷いた。
「じゃあ、よろしくな」
先払いだと肉を手渡し、ついでに軽く肩を叩く。
きょとん、としたまま動かないちび助に、俺は思わず苦笑する。
「喰っていいぞ。終わったらついてこい」
「……!!」
許可を出した途端、肉にがっつきだしたちび助を見て、犬みたいな奴だと笑いつつ。
俺はそいつが喰い終わるのを、ゆっくりと待つのだった。
ひとまず暫定の協力者を得た俺は、そいつの力を借りて新しい武器の製作に取り掛かった。
俺自身も朧気な知識しかなく、ちび助はちび助で初めて聞かされる武器に困惑している様子だったけど、親方の言う通り、かなり手先が器用な子で、思った以上に早く形になって驚いた。
「よし、良い感じだ」
完成した武器を手に、俺は年甲斐もなく心踊らせる。
出来上がったのは、弓矢の発展形。板に弓を固定し、引き金一つで矢を放てるようにした武器――クロスボウだ。
引き金、とは言っても、棒切れ一つを下から押し込み、弦の取っ掛かりを外すような粗末で単純極まりない構造だから、俺の記憶にあるものとは大分違うけどな。
それでも、全身の力で弦を引ける分威力は上がるし、自力で弦を引き絞りながら狙いをつけなきゃならない弓より精度が出る。
難点は、連射が効かないことだけど……どうせ狩りなんて一発勝負だ、気にしても仕方ない。
それに加えて、もう一つ。
矢を消費する武器では、どうしても弾数に難があるから、もっと手軽に使える遠距離武器ということで、縄を編み込んで投石紐を作った。
これなら、弾になる石ころなんてそこら中に落ちてるし、上手くやれば石斧でぶん殴るくらいの威力は出る。
使いこなすには慣れが必要だけど、小動物を狩るには持ってこいだろう。
これら二つの武器に罠、それからいつも使ってる石斧を合わせたものが、俺とちび助のフル装備だ。
クロスボウは俺の分しか作れてないけどな。
「さて、行くか」
準備が整ったところで、森の中へと出発。川原などの分かりやすい場所を中心に、罠を仕掛ける。
設置したのは、所謂跳ね上げ式という奴だ。餌で釣って、それに食い付いた獲物を木のバネによって持ち上げられた縄で拘束する、シンプルなやつ。
一応、鳥なんかがよく啄んでる木の実を餌にしておいたけど……上手く掛かるといいなぁ……。
そんなことを考えながら、自分達自身の手でも狩りを行う。
クロスボウと投石紐、その使い心地をちゃんと実戦で検証しないといけない。
「…………」
息を潜め、出来る限り獲物との距離を詰める。
この辺りの感覚は弓矢の時と同じだから、少しはスムーズに出来るようになった。
そうして、羽を休める鳥を十分に射程内に収めると、クロスボウを構え――発射。
やや固い引き金を押し込み、弓の時よりも更に高速で射出された矢が、一直線に鳥の胴体を射抜く。
「よしっ」
見事一撃で仕留められたその結果を見て、俺はぐっと拳を握る。
やっぱり、弓よりも使いやすいな。威力も高いし、これなら魔物にも通じるかもしれない。
「これ、頼んだ」
ホクホク顔で回収した鳥を皮袋に詰め、ちび助に持って貰う。
今回は俺の分だけじゃなく、こいつの分の食料も取らないといけないからな。まだ帰るわけにはいかない。
こくりと頷くちび助を背に、再び獲物を探して森の中を徘徊する。
原生林さながらに入り組んだ森を歩いていると、どうしても方向感覚が狂いそうになるが、幸いというべきか、ゴブリンの体は結構鼻が利くようで、村のある方角だけは絶対に見失わない。
なぜかって、まあ……マーキングのつもりなのか、ゴブリンって住処の周りに排泄物を撒く習性があるんだよな。
助かるといえば助かるけど、人の感覚だとどうしても不潔な感じがして気分がよろしくない。
まあ、流石にもう慣れたけど。
「……ん?」
だから、そいつらは一目見た瞬間“違う”と気付いた。
後ろを歩くちび助に伏せるよう言い付け、口元で人差し指を立てて静かにするよう促す。
「ゴブリン……他の群れの個体なんて珍しいな」
俺の視界の先には、石斧で武装したゴブリンが二匹。
見た目の上では俺達の群れのゴブリンと何一つ違いはないけど、漂ってくる匂いがどこか違う。
戦士を中心に、十匹以上で固まって大物を狙うのがうちの狩りの基本スタイルなことを合わせて考えても、たった二匹で動くこいつらが“余所者”なのは間違いない。
「ちょうどいい、狩るか」
それを把握するなり、俺は躊躇なくそう決断した。
同じ群れのゴブリンを殺せば村から追放されかねないけど、余所の群れなら問題ない。たとえ同じゴブリンでも、群れが違えば餌場を奪い合う敵でしかないからだ。
いずれは魔物を狩るつもりだったし、最初の獲物として同格のゴブリンってのはちょうどいい相手だってものある。
それに、向こうも俺達の匂い……特に、さっき狩った野鳥の血の匂いに気付いてこっちに向かって来てるなら、どっちにしろ戦闘は避けられないしな。
「ちび助、投石の準備。俺が撃ったらすぐに続け」
俺の指示に、ワタワタと近くの石を拾い上げるちび助。
こっちは向こうの二匹を完全に視認してるが、向こうはあくまで匂いで大まかな位置を把握しているだけ。
先手を撃てるのはこっちだ、手早く殺す。
クロスボウを構え、近付いてくるゴブリンの内一匹へ向けて発射。
狙い違わず、その胸板を貫いた。
「ギャア!?」
思わぬ遠距離攻撃に虚を突かれ、抵抗も出来ずに射抜かれたゴブリンは、当たり所が悪かったのか、そのまま地面に倒れピクリとも動かなくなる。
よし、まずは一匹。
「アァ!!」
続けて、ちび助が投石紐を振り回し、石礫を飛ばす。
狩りに出る前に一応練習したが、流石に急所を一発で当てられるほどは習熟していない。
放たれた礫はゴブリンの脇腹を捉えたものの、少し怯ませただけで致命打にはほど遠い。
「ガアァ!!」
攻撃された怒りか、仲間を殺された恨みか。ゴブリンが雄叫びを上げ、石斧を片手に襲いかかってくる。
「ヒッ……!?」
そんな鬼気迫る“敵”を前にして、ちび助は腰を抜かして座りこんでしまった。
戦士と一緒に狩りに行く雄なら、相手がなんだろうとビビることなく突っ込む死兵と化すんだが……この様子だと、雌は随分と臆病な性格をしているらしい。
「まあ、そっちの方が共感は出来るけどな」
「っ!?」
そんなちび助の前に躍り出ると、向かって来るゴブリンに向け、クロスボウを突きつける。
横から撃っても良かったけど、確実に当てるなら正面からが一番だ。
「死ね」
クロスボウから放たれた矢が、ゴブリンの胸板を穿ち貫く。
その衝撃でゴブリンの体はぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れ――
「ガ、アァァァァ!!」
――なかった。
雄叫びと共に最後の力を振り絞り、握り締めた石斧を俺目掛けて振り回す。
全く、なんて執念だよ。普通、矢で射抜かれながら攻撃なんて出来るか?
でも……生きたいのは俺だって同じだ。負けてたまるか!!
「このっ……!」
手に持ったクロスボウを盾代わりに、石斧の一撃を防ぐ。
せっかく作ったクロスボウが、バキッと嫌な音を立てて壊れたけど、これくらい、また直せばいい。
折れ砕け、もはやただの木片と化したそれでゴブリンの石斧を押さえ込みながら、俺はもう片方の手で自らの石斧を構える。
「くたばれぇぇぇ!!」
全力で振るった石斧の一撃が、ゴブリンの頭蓋を捉える。
生々しい感触と共にゴブリンが吹き飛び、小さな悲鳴を残して倒れ伏す。
動きを止めたその体に、念を入れてもう一撃だけ叩き込み、ピクリとも反応しないことを確認し……俺はようやく息を吐いた。
「ふぅ……終わった」
念のため、最初に仕留めた方もちゃんと死んでいるか確認した俺は、懐から石器ナイフを取り出し、ゴブリンの解体を始める。
かなりグロイ絵面だけど、せっかく仕留めた魔物だ。魔石だけはちゃんと手に入れないと勿体ない。
「これでよし。さて、戦果は上々だし、帰るか……って」
二つの魔石を入手した俺が、さて帰り支度しようかと振り返ると、未だに腰が抜けたまま動けないでいるちび助と目が合った。
……いかん、こいつのこと忘れてた。
「えーっと、大丈夫か?」
ひとまずそう声をかけるも、反応がない。
こいつ、大人しいのはいいけど、少し無口過ぎて何考えてるのかよく分からんな……困った。
「ナン、デ」
「ん?」
「ナンデ、タス、ケ……」
……んん?
何か伝えたいのは分かるけど、いまいち何を言っているのか聞き取れない。
俺は転生者だったせいなのか、この体になってすぐ流暢に喋れるようになったけど、普通は生後半年くらい経たないと、まともに会話出来るようにならないんだよな。
子供を産む能力より、そっちを先に習熟させて欲しいもんだ。
……あ、一つだけあるな、言語能力……というか、知能を引き上げる方法。
とはいえ、うーん……まあ、今後も役に立って貰うつもりだし、先行投資と思えば安いものか。
「ほら、これ喰え」
「ナンデタスケ……エ?」
必死に紡いでいた言葉を遮られたからか、それとも差し出された物――今回収したばかりのゴブリンの魔石の一つに驚いたのか。ちび助は目を丸くする。
「ナンデ、ナンデ」
「ああ、なんでって聞いてるのか。それはまあ、お前が使えると思ったからだよ」
力はないけど手先が器用で、クロスボウの製作や罠の設置で、思った以上に役に立った。
それにゴブリンとの戦闘でも、俺一人だったら二匹目と戦う時、クロスボウの再装填が間に合わずに石斧で殴り合いになってたかもしれない。
医者もいないこんな環境じゃ、怪我の一つが後々まで響いて命の危険に繋がるかもしれないわけだし、あそこできっちり投石を当てて貰えたのはかなり助かった。
まあ、敵の目の前で腰が抜けたのはいただけないけど……そこは慣れでどうにかなるだろう、多分。
「今後もよろしく頼むぞ、ちび助」
「…………」
「ん? どうした?」
何か言いたそうな様子に首を傾げると、ちび助は少しだけ逡巡した後、一言。
「チビジャ……ナイ」
そう、小さく反論を述べる。
俺がこいつと会ってから、恐らく初めてとも思えるハッキリとした意志の表明がまさかのそんなことだったという事実に、俺は思わず噴き出した。
「ははは……! そうだな、ちび助なんて呼んで悪かったよ。じゃあそうだな、お前は……」
雌ゴブリンだし、何か女の子っぽい名前を……と考えた時、頭に浮かぶのは前世で俺の最期を看取ってくれた少女の顔。
散々に泣かせてしまったけど、今頃元気にやってるだろうか……と、今更どうしようもない心配事を募らせながら、訝しげに首を傾げる目の前の小さなゴブリンへと意識を戻す。
「レイ、なんてどうだ?」
「レ、イ……」
「そ、レイ。お前の名前だ。それで、俺の名前はカイト。忘れるなよ?」
そう言って、俺はちび助改め、レイをおぶり、今日の戦果を持って歩き出す。
残骸と化したクロスボウは……まあ、修理不能だし、捨ててくか。
「さ、帰るぞ。あまりここにいると、血の匂いで魔物が寄って来ちまう」
幸い、今のところは魔物らしい気配もないけど、あまり長居してはそれも時間の問題だ。
会話で時間を使い過ぎたと、少しばかり速足になりながら、俺達はその場を後にするのだった。