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第四話 武器製作

 宴が明けた翌日、俺は早速行動を開始した。

 まずは武器を作るための、素材集めだ。


「お邪魔しまーすっと」


 そのために、村の中のとある建物を訪れた。

 整理もされない木材や毛皮が雑多に並べられ、手持無沙汰な雌ゴブリン達が日々の糧を得るために衣類や武器を製作するその場所は、簡潔に作業場と呼ばれている。


「なんだい、武器が欲しいのかい?」


 そんな作業場を取り仕切っているのは、オーガか何かかと勘違いするほどの巨躯を誇る――と言っても、俺が小さいからそう見えるだけで、人間に直せば精々中学生くらいだろう――一匹の雌ゴブリン。

 特に決まった名前はないが、この村では数少ない、まともに会話出来るゴブリンだということもあって、俺は適当に親方と呼んでいる。

 突然ゴブリンになって、右も左も分からなかった俺がここまで生きて来られたのも、親方が色々と教えてくれたお陰だ。

 そんなわけで、俺としては長や戦士よりもずっと……というより、今のところこの村で唯一信頼している相手でもある。


 そんな親方の問い掛けに、俺は小さく首を横に振った。


「いや、材料を分けて欲しいんだ。これ、昨日の肉の残りだけど、足りるか?」


「ああ、あのバカ騒ぎの元凶かい! そりゃいいね、いいよ、好きなだけ持ってきな」


 少しだけ確保しておいた肉を見せると、親方は喜々としてそう言ってくれた。


 ゴブリンの社会で、雌の立場はかなり弱い。生後三ヶ月程度で孕める体になれば、後はひたすら雄の孕み袋同然になる。

 何せ、ゴブリンはその無謀な戦いのせいで死亡率がべらぼうに高く、その分だけ産んで貰わないと群れが維持出来ないのだ。

 結果として、雌の体にどれだけ負担を強いることになろうと、雄は容赦なく雌を犯すし、雌は雌でそうしないと雄から食料を恵んで貰えないという、人間に置き換えるとかなり悲惨な立ち位置になっている。


 だからこそ、こうした魔物肉を持ち込むだけでも大抵の頼み事を聞いてくれるわけで、俺としては大変助かるけど……流石に、少しばかり不憫にも思う。


 だからと言って、今の俺にはどうすることも出来ないけど。


「ありがと、助かるよ」


 そう返して、俺は材料を手に自分が寝泊まりする建物の中……ではなく、外壁の陰に向かい、その場に座り込む。

 こう言ったらなんだけど、建物の中は朝っぱらから盛っているゴブリン共がいたりするので、作業に集中出来ないのだ。


「さて、作るか」


 石を使って材木を削り出して棒を作り、雌が手ずからに作ってくれた縄を両端に結びつけ、撓ませる。

 口にするだけなら簡単だけど、ちゃんとした道具のないこの環境では、たったそれだけの作業に思った以上に時間がかかった。

 チマチマと調整しながら、ようやく出来上がったのは、一つの簡単な弓だ。


「んー……まあ、こんなところか」


 弦を引っ張り、強度を確かめながら呟く。

 戦いの基本は、“敵よりも早く、敵よりも遠くから”だ。

 どんな化け物染みた力も、それが当たらなければ意味はないし、逆にどんなに弱い攻撃だろうと、一方的に放てるならこれほど強いものはない。

 はっきり言って、玩具に毛が生えたような出来栄えでしかないこんな弓じゃ、一方的な攻撃にはならないだろうけど……石斧よりは数段マシだろう。


「で、後は……矢を作らなきゃならないわけだ」


 当たり前だけど、弓を使うには矢が必要で、矢も一本一本手作りしなきゃならないんだよな。

 その手間を考えると、若干気が引けて来たけど……やらないことには先に進めない。


「さて……やるか」


 一つ気合を入れ直し、俺は改めて、矢の製作に取り掛かるのだった。






 所変わって森の中、作ったばかりの弓矢を手に、俺は狩りの獲物を探して慎重に歩みを進めていた。

 用意した矢は、五本。出来ればもっと作りたかったけど、流石に時間がない。


「さて、上手くいってくれればいいけど……」


 一応、村を出る前に多少の練習はした。

 ゴブリンの体というのは相当に器用らしく、少し練習しただけでそれなりの精度で放てるようになったものの、そもそもの作りの粗さがもたらす射線のブレと威力不足はどうしようもない。

 この辺り、もう少し考えないとなと思いながら辺りを見渡せば、ちょうど近くの木の枝で、羽を休める一羽の鳥が見えた。


「まずはあいつを狙うか」


 矢をつがえ、弓を引き絞る。

 ギリギリと力を溜めながら、ゆっくりと狙いを定め――射る。

 空を裂き、飛翔する手作りの矢。それは、動きを止めた鳥に向けて真っ直ぐに突き進み――僅かに逸れて、空の彼方へ消えていった。

 バサバサ、と慌てて飛び去っていく鳥を見送りながら、俺はがっくりと肩を落とす。


「うーん、思ったより厳しいぞ、これ」


 狙いが甘く、かなり近付かないと必中といかない、というのもそうだが、外してしまった矢は回収不能というのも中々に痛い。

 矢を作るにも相応の時間がかかる上、狩りをするにもやはり時間は必要なのに、食事は毎日喰わなきゃすぐに死ぬ。

 今日一日は準備で潰すかー、などとはいかない以上、製作コストというのは決して無視出来ない要素だ。


「次は罠も試すか……」


 そんなことを考えながらも、まずは今日の食い扶持だと近場の小動物を狙い続ける。

 近付き過ぎては逃げられ、距離があっては矢が当たらずと、悪戦苦闘すること数回。


「~~よしっ! やっと獲れた!!」


 ついに、森を流れる川の近くで、小さな野ウサギを仕留めることに成功した。

 この狩りのために戦士との狩りをサボったから、成果ゼロだと飯抜きになるところだ。いやー、危なかった。


「でも、やっぱり威力不足だよな……」


 体に矢が突き刺さり、それでも絶命までは到らずにもがく野ウサギを見て、俺は溜息を溢す。

 こんな、魔物でも何でもない動物を貫通することも出来ない攻撃じゃ、ビッグボアクラスの魔物相手に薄皮一枚破れるかどうかも怪しい。

 目や口みたいな弱点を射抜ければまた別かもしれないけど、そこまでの精度を出すのも難しいしなぁ……。


「仕方ない、戻ったら作り直しだな」


 武器についてはまだ、一考の余地が残ってる。それが確認出来ただけ、今日の成果は十分だ。

 そう考えた俺は、暴れる野ウサギにナイフでトドメを刺すと、一旦村に戻るべく歩き出すのだった。





「んぐ……生臭い、硬い、不味い。酷い味だな本当に」


 適当に起こした焚火で焼いた野ウサギを食べながら、俺はぼやく。

 火を起こすことすら大変なこの環境、当然のことながら凝った調理なんて出来るはずもなく、手間がかかる癖に滅茶苦茶不味い。

 それでも喰わなきゃやってられないと、無理矢理胃袋に詰め込んでいく。


「さて、次はどうするか……」


 初めて作った弓矢での、初めての単独の狩り。

 結果は、普段の狩りより数段手間と時間をかけて、野ウサギ一匹。全く割に合ってない。

 一応、普段と違って魔物に喧嘩を売らなかった分安全ではあったけど、魔物の方から襲われる危険があることを思えば、単独行動をしている分却ってリスクは大きくなっていると見るべきだろう。


 それに、最終的な目標は、自力で魔物を狩って強くなることなんだ。

 そのためには、武器だってもっと威力が出る物に作り替えないといけないし、場合によっては罠を作ったり仕掛けたり、やるべき作業が多すぎて手が回らない。


 せめて、一人くらいは協力者がいる。

 俺が今作ろうと思ってる武器の製作を手伝えるくらい器用で、素直に言うことを聞いてくれるような奴が。


 ……とはいえ、なぁ。


「いくらなんでも、何の実績もない俺の言うこと聞いてくれるゴブリンなんているか……?」


 ゴブリンの社会は実力主義。力のある奴が地位を上げ、魔石や食料、武器の優遇を受けられるなどの特典がある。逆に言えば、力のないゴブリンの言うことなど、誰も聞いてはくれない。

 さて、ではその実力をどうやって計るのか? というと、そのゴブリンが狩った獲物の強さだ。

 戦士で言えば、ビッグボアを始め他にも何体か魔物を討伐しているし、長もまたゴブリンの上位種、ホブゴブリンが率いる別の群れを撃退したことがあるらしい。

 そうした実績があって初めて、“長”や“戦士”などといった呼び名と共に尊敬され、ゴブリン達が言うことを聞いてくれるようになるのだ。


 で、俺が今まで狩った獲物はと言えば……野ウサギが一匹。

 うん、誰も尊敬なんてしないわ、こんなもん。


「うーん……」


 堂々巡りになる思考の中、何か良い案はないかと頭を捻る。

 自然と独り言は減り、そうなると周囲の音がよく聞こえるようになって……結果として、防音なんて概念を鼻で笑うような建物の中から、耳障りな嬌声が聞こえ始めた。


「ああもう、集中出来ないだろうが……」


 舌打ち混じりに、建物の中を軽く睨む。

 ゴブリンだから性欲が強いのは仕方ないにしても、せめてもう少し静かにやれないものだろうか?

 その点、雌ゴブリンはただ食料目当てに付き合っているだけだからか、あまり声も上げないし、こっちの精神衛生上とてもありがたい。

 というか、案外雄よりも雌の方が、静かな分狩りに向いてるんじゃないのか?


「……あ、そうか」


 そこでふと、俺は閃いた。

 そうだよ、別に協力してくれるゴブリンに、勇敢さも強さも求めてない。ただ器用で、素直に言うことを聞いてくれればいいんだから、別に俺自身の立場を引き上げなくても、やりようはあるじゃないか。


「雌ゴブリンに、協力を頼むか」


 そう決めるなり、俺は作業場に向かって歩き始めた。

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