第二十三話 ランスVS水の戦士
「また会ったな、水使い」
「そういうお前は、あの時の槍使いか……ふん、性懲りもなく挑みかかってくるとは、学ばない奴だ」
レイとレントが巨漢のゴブリンを相手取る中、ランスもまた因縁の相手と相対していた。
水魔法を操る、強力な戦士。
一度は狩りの途中で出くわして敗北し、二度目はカイトと共に挑むも途中で不利を悟って逃亡した。事実上、連敗している相手。
そんな相手に、懲りずに単独で挑もうとするランスに対し、水使いは嘲笑を浮かべが……ランスは、それがどうしたとばかりに槍を構える。
「やってみなければ分からないだろう。それとも、やはり洞窟の中でないと力が発揮できないか?」
「ほざけ!」
あっさりと挑発に乗り、水使いは水球を生成、即座に撃ち放つ。
それを軽やかに躱したランスはすぐさま魔力を足に集中し、強化。カイトの風を使った跳躍すら置き去りにするような速度で水使いに肉薄し、槍を突き出した。
「甘いッ!」
それを防ぐように、再び発動する水の障壁。
横殴りの激流が槍の穂先をズラし、あと一歩のところで水使いの体を捉え損ねる。
最初からそれを予測していたランスは、結果を見届けるや体勢を崩すことなくすぐさま距離を取った。
一瞬後、ランスのいた場所を薙ぎ払う水の散弾。距離を開けていたために問題なくそれを捌くランスを見て、水使いは忌々しげに舌打ちを漏らす。
「やれ、お前達!!」
「「「ギャアア!!」」」
戦士の号令を受け、それまで様子を窺っていた敵のゴブリン三匹がランスへ殺到する。
炎で閉じ込められなかったゴブリンの数はさほど多くないが、ただでさえ強力な戦士との戦いだ。そうした僅かな差が、容易に命まで届き得る。
しかし、ランスは怯まない。どころか、襲い掛かるゴブリン達に見向きもしない。
直後、ランスを狙っていたゴブリンが一匹残らず、どこからともなく飛来した矢に撃ち抜かれ、血飛沫を上げながら倒れ伏した。
「なに!?」
「隙ありだ」
驚愕も露に、動きを止める水使い。
その隙を突いてランスは再び距離を詰め、放たれた槍の一突きが動揺によって制御の緩んだ水壁を破り、水使いの脇腹に傷を穿つ。
「ぐうぅ!? まさか、まだ隠れていたとは……!」
「ふむ、こういった手は初めて使うが、中々有用だな。気に入らないが、オレがあっさり負けただけある」
反撃を受ける前に距離を取りながら、ランスは作戦の有効性に手応えを覚えていた。
水使いと戦った後に行った、カイトとの決闘。実のところ、ランスは既にレイの介入に気付いている。
ただ、気付いたのはあくまで、カイトが参謀という立場に収まった後。作り上げた土壁を魔法で変形させるレイの姿を目にした時だ。
戦士として相応しい者はどちらかを決める戦いで、雌の力を頼るなどと、気付いた時は憤りもしたが……冷静になってみれば、それのどこに問題があるのかと思い直した。
ゴブリンだろうと何だろうと、この世界は弱肉強食。では、何が弱者で、何が強者なのか。
その二つを分ける境界は単純にして明快。ただ、戦って生き残った方が強者だ。
どんな力を持っていようと、負けてしまえばその時点でただ喰われるだけの弱者であり、どれだけ弱かろうと、たとえどんな手を使おうと、勝てば強者として弱者を喰らう権利がある。
ならば、カイトのやり方は気に食わなくとも、批難されるようなものではない。むしろ、自分に足りないのはそうした形振りかまわず勝利を目指す貪欲さなのではないかと気付かされた。
「オレの力はお前に及ばないかもしれない。だが、勝つのはオレだ」
「ふざけるな!!」
水球が無数に形作られ、四方八方へと撒き散らされる。
何が隠れていようと、弾幕を張って無理矢理引きずり出せば良いという判断なのだろう。水使いを守るように、あるいは指示を待つべく近くに寄っていた彼の仲間のゴブリン達がそれに巻き込まれ、吹き飛ばされていくがお構い無しだ。
「自分の手駒を、そんなにあっさり切り捨てていいのか?」
「ふん、俺の魔法は仲間などいない方が力を発揮出来る。貴様らのような軟弱なゴブリンと一緒にするな!!」
「そうか、では試してみよう」
滅茶苦茶に撒き散らされる水球を槍で弾きながら、ランスが再び接近。しかし、防御しながらでは先ほどまでのような速度を発揮出来ないのだろう、十分に迎撃可能だった。
「バカめ、そんな突撃ばかりで……!?」
またも水の散弾で弾き飛ばそうとする水使いだったが、すんでのところで取り止め、水の壁を分厚く張る。
そんな水使いへと襲い掛かる、クロスボウによる四本の矢。
それら全ては激流に飲まれて明後日の方向に流れるが、それで水流の強さを掴んだのだろう。ランスの放つ槍が、水壁を掻き分け再び水使いの体へ到達した。
「ぐあぁ!?」
「流れを読めば当たりはするが、威力が弱まるのはやはり避けられないか。まあ、後何度か繰り返せば殺せるだろう」
「ぐっ……! まるで、もうそうなるのが決まっているかのような口振りだな、貴様……!」
「そう言ったつもりだが?」
淡々と、事実を述べるようにランスは告げる。
まるで、もはやお前は敵ではないと、そう言われているかのように感じた水使いは、傷の痛みも忘れて怒りの形相で魔力を振り絞り、魔法を振るう。
「貴様一人の力では俺に及ばんと言いながら、大層な自信だな!! 恥ずかしくはないのか!?」
「ゴブリンは群れるものだ。仲間を頼って何が悪い?」
飛び交う水球を躱し、打ち払い、懐に飛び込んでは隙を作ってクロスボウを撃ち込ませ、畳み掛けるように槍を突き出す。
構想から僅か数日しか経っていない割にはよく出来た連携だが、ある意味ではそれも当然だ。
カイトのように、肉壁に使われることを嫌がって自力で狩りをするなど、例外中の例外。
この村に棲む雄ゴブリンは皆、生まれてからずっとランスとの狩りに勤しんで来たのだから。
「戦士の称号は、長から認められる特別なゴブリンにのみ与えられるものだ! 戦士は群れの力の象徴であり、誰よりも強くあらねばならない! それが、有象無象の雑兵の力を頼るなど……!」
「そうだな、戦士は群れで一番の強者が名乗るべきものだ。それは同意する」
激しい攻撃に晒される中、思わぬ同意を得られたことに水使いは虚を突かれる。
間抜けな表情を晒す水使いに、ランスはあくまでも冷静に、これまでと変わらぬ誇りと共に槍を突き出す。
「だからこそ、負けない。いかなる敵が相手だろうと、どんな手を使っても勝ち続ける。それがオレの考える……いや、オレが教えられた、戦士としてあるべき姿だ」
突き出された槍と、複数の矢が同時に水壁を打ち破り、水使いの体に無数の穴を穿つ。
一つ一つの傷は決して致命傷とは言えないが、それまでの攻防で積み重なった傷によって血を流し過ぎた。
ガクリと全身の力が抜け、その場に膝を突く。
「バカ……な……この俺が……ホブゴブリンに認められた、強者たるべきこの俺が……負ける、など……」
「お前は強かった、オレよりも間違いなく、な。だが……強者ではなかった。ただ、それだけだ」
最後の最後まで、なぜ自分が負けたのか理解出来ないでいる水使いへと、容赦なく最後の一突きを見舞う。
ビクン、と一度だけ体を跳ねさせた水使いは、そのまま二度と起き上がることなく、地面に赤い水溜まりを形作っていく。
「ランス様、終わりましたね」
それを見届け、裏方として援護に徹していたホーク率いる四匹のゴブリン達がようやく茂みから姿を現す。
安堵の息を漏らすその言葉を聞き、ランスは苛立たしげに叫ぶ。
「まだ終わりではない、今も村の中で長が戦っている! オレ達も早く援護に向かうぞ!」
「は、はい!」
大慌てで走り出すホークだったが、実のところ、ランスはそれほど焦ってはいなかった。
ハロルドの張った魔法による炎が未だ燃えている以上、彼がまだ生きているのは確実。
それに加え、先ほど風使いとの戦闘を終えたカイトが村に戻るのを、戦闘の最中に目にしたからだ。
「多少の犠牲は出ただろうが、今回の戦いはお前の手柄だ。気に喰わんが、魔石を黙って喰っていた件はこれで不問にしてやる、軍師」
誰にともなくそう呟き、ランスもまた村の中を目指して走り出すのだった。




