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第十九話 威力偵察

 俺とランスが水の戦士と対峙して、早一週間以上の時が過ぎた。

 人からすれば瞬きほどの一瞬だけど、寿命が短いゴブリンの感覚からすれば、大分長く感じられる時間。

 それでも襲撃の気配がないことに、もしや諦めたのか、それとも俺達と同じように待ち構えるスタイルなのかと疑問を覚え始めた頃……ついに、連中が動き出した。


「どうだ、見えるか?」


「はい、見えます、カイト殿。凄い数ですね」


 俺の問い掛けに、一匹の雄ゴブリンが流暢な滑舌でもって返答する。

 こいつは、ランスが部隊長候補として見出だしたゴブリンの一匹で、名前はラビット。

 雄の癖に珍しく、魔石を喰う前から慎重で物静かな性格の持ち主で、敵情視察や隠密行動の適正が高いと見て、部隊長達の中でも特に俺が目をかけているゴブリンだ。

 こいつの強みを活かすため、配下に指定したのもとにかく“静か”であることを前提とした三匹のゴブリンで、今は俺を含めた五匹で村周辺の偵察を行っていたところ、巨大なゴブリンの群れが俺達の村に向かって進軍しているところを発見した。


 数えるのも億劫なほどのゴブリンが、ギャアギャア喚きながら歩いていく様は、控えめに言って滅茶苦茶不気味。出来れば今すぐ回れ右したいところだ。


「今なら奇襲出来ます、仕掛けますか?」


「バカ、俺達がここで仕掛けてもやられるだけだ。今は情報を村に持って帰って、危険を知らせるのが先決だろ」


 向こうは数十じゃ効かない大群、逆にこっちはたったの五匹。立ち向かおうなんて、考えるだけでもバカバカしい。

 残念そうな顔してるところ悪いけど、少しは考えて……ああいや、そうか、そういうことか。


「悪い、俺が間違ってたな。情報を集めるにも、軽くひと当てするのは悪くないか」


 つい頭から否定しちまったけど、何もここで敵を殲滅しようなんて誰も言ってない。

 予想より更に多い敵の数、それに水の戦士以外にも、ちらほらと強そうな個体が混じってるこの状況。

 事前の想定にはなかった事態なんだから、作戦を修正するためにも情報は多いに越したことはないし、せっかく接近出来た今、威力偵察だと思えば仕掛けるのも悪くない。


「ありがとな、これからも何か意見があったら言ってくれ」


「い、いえ。カイト殿にそう言っていただけて、光栄であります」


 そう言って、ラビットは照れたように少しだけ視線を下げる。

 もしかしたら、こいつは単に早い段階で少しでも数を削るべきだとか、そういうことを言いたかっただけかもしれないけど……威力偵察って発想が出て来たのはこいつのお陰だ、素直にお礼は言っておく。


「それじゃあ、俺が仕掛けるから、お前らはここで見てろ」


「えっ。い、いえ、しかし自分達も……!」


「目的は、敵の撃破よりも情報の収集だ、これに変更はない。だから、俺が攻撃を仕掛けたら、それに対処する動きからどれが強そうなゴブリンだったか、魔法を使う奴がいたらそれはどんなものだったか、しっかり目に焼き付けておけ。お前らもな」


 ラビットの部下達にもそう言い含めると、特に異論はないのか無言の首肯が返って来た。

 ラビット自身は少し不服なのか、渋々といった様子だけど……ここ数日の付き合いだけでも、こいつが感情に任せて突っ込むようなことをしない奴なのは分かってるから、そこは心配しなくても大丈夫だろう。


「こっちの居所がバレないようにやるなら……これだな」


 ラビット達から少し離れると、適当な小石を纏めて掴み、投石紐へ。

 魔法を使い、小石一つ一つに風を可能な限り纏わせて、と。


「――――」


 無言のまま紐を振り回し、多数の小石を敵集団目掛け纏めて放り投げる。

 離れた位置から高めの角度で放たれた小石達は、それ単体では大した威力はない。精々、頭に当たれば少しよろめく程度。

 だけど、それがひしめき合うゴブリン達の中に落ち――立ってられないくらいの風を生み出す小型爆弾と化したら、どうなるか?


 その答えが今、目の前にある。


「「「ギャアア!?」」」


 殺傷力なんて無きに等しい、爆竹に毛が生えた程度の玩具のような魔法。

 たったそれだけで、ゴブリン達の集団は面白いくらいに狼狽し、飛び跳ね、近くの奴とぶつかっては転び、踏まれ、怒り、叫び、殴り合い、瞬く間にパニックが広がっていった。

 正直、やった本人である俺が一番驚くくらいの酷い有様に、開いた口が塞がらない。


「これ、何匹かもう死んでるんじゃないか……?」


 念のため投げた位置から移動しつつ、こっそりと敵の様子を窺う。

 数えきれないくらいのゴブリン達が互いを押し倒し、中にはパニックの中で完全に潰されてる個体もいる。

 情報収集のつもりだったのに、思わぬ成果に喜ぶべきか何なのか、結構複雑な気分だ。


「さて、戦士はどう動くつもりか……」


 ぶっちゃけ、ここまでパニックになると俺もどうやって抑えたらいいのか分からない。

 あいつはどうするつもりなのかと、じっと観察していると……早速、ゴブリン達の中で動きがあった。


「静まれバカ共ぉぉぉぉ!!」


 一喝。

 離れた場所にいる俺達ですら鼓膜が破れそうなほどの声量で、パニックになったゴブリン達を強引に押さえつける。

 やったのは、敵の中でも一際体の大きなゴブリン。

 声だけでなく、拳を振り下ろして手近な仲間を叩き潰すというショッキングなシーンを見せつけながらの説得は、俺が仕掛けた風爆弾なんか目じゃないくらいの衝撃となってゴブリン達を黙らせ、その場に縫い留めた。


 ……なんて力技だよ。確かにパニックは収まったし、犠牲は最小限かもしれないけど、躊躇なく仲間を潰すか。

 いやそもそも、いくら体格がいいからって、ゴブリンを拳一つで潰しやがった。いくらなんでも怪力が過ぎる。

 これが奴の魔法か。ランスと同じタイプだな。


「今のは敵の襲撃だ、近くにいるぞ、探し出せ!!」


 続けて、水の戦士も号令を出し、生き残ったゴブリン達を周囲へ散開させる。

 ちっ、これじゃあ見つかるのは時間の問題か。まあいい、やれるだけのことはやったし、後は逃げるだけだ。


 事前に決めておいたハンドサインでラビットと連絡を取り合い、そのまま撤退すべく静かに駆け出す。

 無音とはいかないけど、ギャアギャアと騒ぐゴブリン達の奇声に覆い隠され、あいつらの耳には決して足音は届かない――


「……見つけた」


 そう思った、瞬間。

 敵集団の中の一匹が確かにこちらを――より正確にはラビット達の方へ目を向け、魔力を高めながら掌を掲げた。

 やばい、何か来る!?


「だあらぁぁぁぁ!!」


 隠密行動を諦め、全力で魔力を放出。周囲の空気をクロスボウに込め、躊躇なく発射。

 爆風を纏った矢が高速で突き進み、俺達に気付いたその一匹を討ち取らんと唸りを上げて襲い掛かる。

 しかし――俺の渾身の力を込めた一撃は、途中で目に見えない何かとぶつかり合い、弾けた。

 爆音が轟き、吹き荒れる風が土埃と共に近くにいた敵のゴブリン達を舞い上げる。

 視界の全てが覆い隠され、お互いに何もかもが分からなくなるほどの衝撃に襲われて――


 全てが収まった時、俺達はどうにかその場から離脱することに成功していた。


「はあ、はあ、はあ……ラビット、お前らも、生きてるか?」


「は、はい……どうにか……」


 俺の風魔法の余波を受けたのか、全身土や木の葉で汚れ切ったラビット達。

 散々な目に遭ったと大きく息を吐き、疲労を滲ませてこそいるが、ちゃんと全員いる。

 危うく死ぬところだったけど……失った物は体力以外に何もなく、得た物は大きい。

 ひとまず、前哨戦はこっちの戦略的勝利ってところだな。


「ならいい。とにかく、急いで村に戻るぞ。俺達の見聞きしたものを各隊長やランス、ハロルドと共有して、防衛計画を練り直す。疲れただろうが、この戦いが終わるまではどうにか頑張ってくれ」


「はいっ! みんな、カイト殿の指示だ、急いで戻るぞ!」


 俺の言葉をラビットが復唱し、部下を引き連れて村へと急ぐ。

 その動きはやっぱり、ここへ来る時ほどの精彩さは欠いているけど……構ってられない。


 もう、戦争は始まってるんだから。

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