第十五話 レイの独白②
「なあ、レントって水飲むの? あげた方がいい?」
「オォォォン」
「……別にいいって言いたいのかな。じゃあ魔力やるか」
「オォォォン!」
「喜んでる……んだよな? 分かるような、分からないような……」
うーん、と唸りながら、カイトがトレント――レントと名付けたらしい――の足元に魔力を注いで、餌やりをしてる。
そんな光景を、私は少し離れた場所からじーっと眺めていた。
「ん? どうしたレイ、そんなところで突っ立って」
そんな私に気付いて、カイトが声をかけて来る。
それだけで、少しだけ嬉しさが込み上げてくるけど、カイトの手が未だにレントへ魔力を注いでいるのを見ると、胸の中がもやもやする。
「……何でもない」
結局、私はそのままくるりと背中を向けて、カイトの所から離れていく。
どうしたのかと首を傾げ、そのまま餌やりに戻るカイトを見て頬を膨らませながら、私はいつも寝泊まりしている建物の中に引っ込んだ。
「……このままじゃ、まずい」
カイトがレントを拾い、ゴブリンの仲間も含めてたくさん名前を付けてから、三日。あれ以来、カイトは毎日のようにレントの世話をしている。
なんでも、トレントは一日一つ、ゴブリンの魔石に匹敵する魔力が込められた実をつけるそうで、「大事に育てれば実は増えるっていうし、楽しみだな」とご機嫌な様子で話していた。
逆に私は、この三日間一度もカイトと狩りに行ってない。
親方……カレンと武器を作ったり、村を囲う柵を改良したり、そんなのばかり。
どれもカイトから頼まれたことで、それ自体に不満はないけれど……私以外にも、たくさんのゴブリンがカイトに従うようになって……何だか、このままだと私の居場所がなくなりそうで、不安。
カイトにもういらないって、そう言われそうで……怖い。
「何とか、しないと」
私も、もっと役に立つってところを見せないと、カイトに見限られる。
そうなったら私は、この群れでも……仮に他の群れに行っても、すぐに野垂れ死んじゃう。
それだけは阻止しなきゃ。
「でも、どうしたら……」
カイトに何をしたら喜ぶ? 今よりも私を必要としてくれる?
私がして、カイトが喜んでくれたのは……。
「クロスボウ、作った時……」
私が作ったあの武器で、カイトはすごく喜んでくれた。
なら、また新しいのが作れれば……。
「でも、どんなのがいいだろ」
クロスボウ自体、カイトが考えた武器。私は言われた通りにやっただけで、自分で考えて何かを作ったことはない。
どうすれば、カイトの役に立つものが作れるのか……全然分からない。
「カレンなら、分かるかな」
カレンは、もう長い間ランスに気に入られて、武器を作り続けてる。
カイトがどういうものを欲しがるのか、参考になる話が聞けるかもしれない。
……何だか、雌として負けた気がして嫌だけど、私だけじゃどうしようもないし、仕方ない。
そんな複雑な思いを抱えながら、ここ数日通い詰めている作業場へ向かうと、既に多くの雌ゴブリン達が仕事に入っていた。
今進められているのは、カイトが名付けた隊長? のゴブリン達に配るクロスボウと、その弾になる矢の製作。そして、それ以外のゴブリン達が使う石槍の増産。
元々は戦士用の武器だった槍を標準装備にして、隊長達がクロスボウを撃つ時間稼ぎをさせる……確か、カイトはそんな風に言ってた。
「ん? レイじゃないか。今日はカイトのところに行くって言ってなかったかい?」
私に気付いたカレンの意外そうな顔に、思わずむっと頬が膨らむ。
……理由は分からないけど。
「カイトはレントのお世話で忙しそう。だからこっちに来た」
「なるほど、トレントの実はあると無いとじゃ大違いだからねえ、仕方ないさ」
なぜだか慰めるような口調で言われて、私の顔は益々膨らんでいく。
そんな私を見てカレンは「はっはっは!」と高笑いした。
「それで、カイトのとこに居づらいからここに来たんだろう? 暇ならやっぱり仕事を手伝ってくかい?」
「ううん、新しい武器を作って、カイトに喜んで貰う」
「新しい武器?」
「うん、だからカレン、何かいい考えない?」
こてんと首を傾げて聞いてみるも、カレンは「いい考えと言われてもねえ……」と唸るばかりで、中々思いつかないみたいだった。
やっぱり、カレンでも全く新しいのを考え出すのは難しいのかな。
でも、だったらどうすれば……。
「あ、そういえば」
「! 何か思いついた?」
困り果てていた時、ふと声を上げたカレンの下ににじり寄る。
そんな私に苦笑しながら、カレンは「参考になるかは知らないけど」と言って話し始めた。
「敵の戦士とやり合った時、この武器に魔法を乗せても通じなかったから、もっと威力を引き上げるにはどうするか、みたいなことをカイトが悩んでたねえ」
「威力……」
言われて、クロスボウに視線を落とす。
カイトの考えたこの武器はすごい威力で、連続して撃てないことが弱点だって言ってた。でも、今度の相手にはその肝心の“威力”が足りてない。
今あるこれより、もっと強い矢を撃つには……。
「……ん、分かった。ありがとうカレン、早速作ってみる」
「今ので参考になったのかい? それなら良かったけど……一体何を作るんだい?」
「内緒」
そう言って踵を返し、そのまま作業場を後にしようとする私に、カレンは「どこへ行くんだい?」と声をかけて来た。
材料を取りに、と答えると、「ここにある材料なら好きに使っていいんだよ?」と言ってくれたけど、それじゃあダメ。
多分、もっとしっかりしたやつじゃないと、形にならない。
「そうかい、まあ、何を作るつもりか知らないけど、気を付けるんだよ」
「ん、分かった」
カレンに軽く手を振りつつ、向かう先は森の中。
いい素材、見付かればいいんだけど。




