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第十話 争乱の気配

 ブレードベアとの激闘を終えた俺達は、適当に狩ったゴブリンの魔石を今日の成果だと偽ることにして、そのまま村に戻った。

 せっかく仕留めた大物だ、長に取られたくない。


 幸いというべきか、たった二匹の子供ゴブリンで大物が狩れるなんて誰もが考えてすらいないんだろう、特に疑われることはなく、すんなりと帰って来ることが出来た。

 レイを伴い、誰もいない建物を見繕って中に入ると、早速俺は用件を切り出す。


「レイ、ひとまず、今日使ったあの魔法、村の中ではまだ使うなよ」


「……? どうして?」


「流石に、ゴブリンの魔石だけであれだけ強くなるのは不自然だからな」


 レイはあまり意識していないようだが、狩りの中で得た成果の内、最も質の良いものは長に渡す決まりだ。

 俺達はこれまで、ゴブリンの魔石しか長に渡していない。戦士の下で戦っていた時と違って、今は“戦士を頼らず雌を使って狩りに行く変わり者”としてそれなりに有名になってしまっていることだし、決まりを破っていることを知られるリスクは避けたい。


 その点、レイの土魔法は、完全に抑え込むことは出来なかったとはいえ、あれだけ強力な魔物にさえ通用したんだ。見付かったら、魔石の横領に勘付く奴が出るかもしれない。


 もしそうなれば、俺達に待っているのは身の破滅だ。いくら強くなったとはいえ、ビッグボアクラスの魔石をいくつも喰ってる長には、まだ勝てるわけがない。

 そして、よしんば殺されなかったとしても、生活基盤であるこの村を失えば、味方のいない森の中でいずれ野垂れ死ぬだけだ。


「まあ、俺にも同じことが言えるけどな」


 そう呟き、俺は掌に力を込め――小さなつむじ風を起こす。


 ブレードベアから剥ぎ取った魔石は、帰るまでの間に俺が喰った。

 結果として、益々全身に力が漲り、俺もまた魔法が使えるようになったのだ。

 どういう魔法なのか、俺自身まだ把握出来てないけど、多分風を操るような力……なんだと思う。まあ、風魔法だな。


 ブレードベアがそれに似た力を使っていたから、その魔石を喰ったことで同じ力が宿ったのか。

 それとも、最初からそういう適正みたいなものがあったのか。


 分からないことが多いけど、新しい力が手に入ったことに違いはない。

 これを使いこなせれば、今後の狩りで間違いなく役に立つ。

 出来ることなら、今すぐにでも練習したいところだけど、その様子を村の連中に見られるわけにはいかない。


「森の中で実験……要するに、ぶっつけ本番か」


 はあ、と、溜息一つ。

 何事も、事前にある程度試して、どういう効果があるのか、どこまで出来るのか、把握してから実行するもんなんだけどな。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 でも現実は、敵どころか自分のことさえよく分からないまま、戦う必要に迫られる。

 何とも、ままならない。


「カイト、大丈夫?」


「ああ、悪い、平気だよ」


 心配そうに声をかけてくるレイにそう答えつつ、俺は風を発生させていた手をぐっと握る。


 ともあれ、やることに代わりはないんだ。

 この力で魔物を狩って、狩って、強くなる。


 命大事に、な。


「さて、今日のところは飯喰って休もう。明日からは、また一段と魔物を狩るぞ」


「んっ!」


 勢いよく頷くレイの様子に、自然と表情を緩めながら、俺は飯の準備に取りかかる。


 この時俺は、予想だにしなかった。

 己を知ることも出来ないままの、唐突な実戦。

 それが、すぐ目前にまで迫っていることに。






「おい、お前」


 今日も狩りに出ようと準備を進めていた俺は、唐突に声をかけてきたそいつ――長に次ぐこの村のリーダー、戦士の姿に面食らった。

 ご自慢の槍がベットリと血で汚れている……それはいいとしても、彼自身もまた返り血や、何より彼自身の血で薄汚れ、細かい怪我をいくつも負っていたのだ。


 長の詳しい実力のほどを知らない俺にとって、越えるべき一番の目標であるはずの戦士が、こんな姿で村に戻ってきた。

 並々ならぬ事態の予感に薄ら寒いものを覚えていると、戦士は実に簡潔な命令を俺に下す。


「ついてこい、狩りに出る」


「……わざわざ俺を名指しなんて珍しい。何かあったんですか?」


「いいから、来い」


 詳しく説明するつもりはないらしい。

 何とも不安を煽る態度だけど、ここで逆らっても面倒事にしかならないのは分かりきってることだし、素直についていくしかないだろう。


「カイト……」


「大丈夫、すぐ終わるよ。悪いけど、レイは昨日仕掛けた罠の確認だけしといてくれ。魔物と出くわしても戦うなよ?」


「ん……」


 こくりと頷くレイの頭を撫でると、俺は戦士について森の中へ。

 いつも通り、十匹近いゴブリンのお供を連れているけど、そいつらの表情にどこか陰りが見えるのは、俺の気のせいだろうか?


「お前、ここ数日でどれだけのゴブリンを殺した?」


 そんなことを考えていると、戦士から唐突にそんな問いを投げ掛けられる。

 ……俺が魔石を横領していることに気付いてるのか?


「さて、どうでしょうね。数えてないから分からないですよ」


 内心冷や汗を流しながら、ひとまず当たり障りない言葉で適当に誤魔化す。

 そんな俺の態度を見て、戦士は「そうか」と呟き、言葉を重ねる。


「数えられないほど、多く殺したということだな」


「……何か、問題でも?」


 否定も出来ず、俺は出来るだけ冷静を保ちながら問い掛ける。


 こいつ、ゴブリンの癖に言葉の裏まで読みやがって。

 親方もそういうところがあるけど、長く生きたゴブリンは中々バカにならないくらい頭が回るな。


 益々警戒を募らせるも、結果として俺の心配は杞憂だった。

 戦士が警戒しているのは、俺とは別のことだったのだ。


「それ自体は好きにすればいい。オレも、ここ数日だけで相当に殺した。問題はオレとお前で散々にゴブリンを狩っているにも拘わらず、一向に減る様子がないということだ」


「……近くにあるのは、それだけ大規模な群れってことですか」


 ようやく言いたいことを察して舌打ちを漏らすと、戦士は肯定するように一つ頷く。


 ゴブリンは、ゴブリンが狩る魔物としては一番手頃だ。

 それは何も、俺達にとっての話ばかりではなく、相手にとっても同じこと。

 産めよ増やせよでドンドンと数を増したゴブリンの群れが、他のゴブリンの群れを襲い、大規模な争乱によって両者共に大量の死者を出す。

 そうして手に入った大量の魔石を、勝ち残ったゴブリン達が喰らうことで、頭数を減らしながらも、群れとしての強さはむしろ一段と増すのだ。


 そんな戦いを延々と繰り返すことで、ゴブリン達は自らの魔物としての“格”を上げ、他の魔物との生存競争に打ち勝って来たのだと、戦士は語る。


 つまり、十や二十、仲間のゴブリンが死んだところで痛くも痒くもない、そんな規模の群れが、近々俺達の村を襲う可能性が高いということだ。


「以前の争乱は、長の活躍で勝つことが出来た。オレも、その時に喰った魔石で力を得た身だ。だが……長は既に老齢、いくら魔石を喰って命を繋いでいても、もうあの時ほどの力を振るうことは出来まい」


 淡々と語る戦士の目は、話の最中であっても油断なく周囲へと注がれており、何を考えているのかいまいち判然としない。

 その真意はどこにあるのかと、一字一句聞き逃さぬよう注意を向け続けていた俺に対し、戦士は初めて真っ直ぐ目を合わせた。


「お前は、未だ子種を残すほどにも生きていない。にも拘わらず、ゴブリンを狩ってみせた。……そのおかしな武器のお陰か?」


 値踏みするように注がれる視線の先、俺の腕に収まっているのは、レイに作って貰ったクロスボウ。

 こればっかりは、隠し立てなんて出来るはずもない。素直に認めて頷きを返す。


「ああ、そうだよ。素人の子供だろうと、少し訓練すればゴブリンくらいは一撃で、一方的に殺せる武器だ」


 これまでぎこちなく使っていた敬語を投げ捨て、クロスボウを掲げてみせる。

 俺の発言は、誇張でも何でもない。

 何せ、ビッグボアの体すら貫く矢を放つことが出来る武器だ。何の盾も防具も持たないゴブリン相手なら、簡単に仕留められる。


 その気になれば、お前だって殺せる。

 そんな意図を込めた俺の言葉に、戦士は動じることなく顎をしゃくることで森の奥を指し示した。


「なら、あいつらを仕留めてみせろ」


 そこにいたのは、三匹のゴブリン。

 手にした武器もただの石斧で、ビッグボアやブレードベアに比べれば、何と楽な獲物だろうか。


 ……それでも、レイがいてくれた方が安心出来るんだけどな。


 クロスボウは、威力と取り回しは良好だが、連射が遅い。

 あまり、単独で複数の敵を相手にするには向いていないのだ。


「どうした、やらないのか?」


 俺の力を試そうとしているのか、戦士が容赦なく煽って来る。


 ……まあ、やるしかないか。

 覚悟を決め、その場で目標に照準。風向きの関係か、まだこっちに気付いてない様子のゴブリンの一匹に対し、容赦なく引き金を引いた。


「ギャッ!?」


 短い悲鳴と共に、倒れ伏すゴブリン。

 突然の事態に他の二匹が慌てふためく内に、更に一発。

 これで、残り一匹。


「ガアァ!!」


 ようやく、敵である俺の存在に気付いたらしい。

 一直線に突っ込んでくるも、既に何度も行った再装填作業は淀みなく進み、懐に飛び込まれるよりも早く完了する。


「遅い」


 フェイントも何もなく、正面から走ってくるゴブリンなんて、単独じゃあもはや脅威にはなり得ない。

 頭を撃ち抜かれ、あっさりと倒れ伏すゴブリンが絶命していることを確認し、俺は息を吐いた。


「……なるほど、悪くない武器だな」


 敵を排除し終えた俺に対し、戦士が近付いてくる。

 俺ならクロスボウにも対処出来ると、そう言いたげな口振りが気になったが、それよりも問題は、わざわざ俺一人に戦わせた理由だ。


「この分なら、()()()()()()()使()()()()()()()()()()


「……どういう意味だ?」


 戦士の言葉にろくでもない予感を覚えながらも、聞かざるを得ない。

 出来れば違ってくれという俺の願いはしかし、「決まっているだろう?」という戦士の言葉によって打ち砕かれた。


「オレ達の村が襲撃される前に、先手を打つ。敵の群れ……そこの戦士を潰しに行くぞ」

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