10 サイの村でテンとセージに出会う
山小屋で一泊し、早朝に老夫婦と一緒に、サイに向かう。
ピピンとヤンはスープをご馳走になったお礼に、夫婦の採った野草の籠をよっこいせ、と背負った。
「いやぁ、楽さしてもらうわぁ」
「小っこい兄さんは、大丈夫かね?」
夫婦の言う通り、背の低いピピンは、籠と大きさがほとんど変わらない。
背中からみると籠が歩いているようなモノだった。
「いえ、鍛えてあるので、大丈夫ですよ」
ピピンはニカッと笑うと、すたすたと峠を越える道を歩いて行った。
峠を越え、緩やかなアップダウンをふたつ繰り返すと、すり鉢にも似た小さな盆地が見えてきた。
サイの村だ。ここからは急峻な下り坂になる。
眼下に広がるサイの村は、こぢんまりした普通の集落に見える。
「畑もあるんですね――何が採れるんですか?」
「土地が痩せてっからな。芋とかソバとか、そんなもんよ」
「はぁ、あそこが客用のコテージさぁ」
爺さんの指差した先に、小さいがしっかりした造りの小屋が見える。
「お。テンもセージも、おるよ。行って話を聞いてみると、ええ」
籠を老夫婦に返して礼を言い別れると、ピピンとヤンは、指し示された客用コテージに向かった。
コテージ近くの広場では、種族も風体も異なった三人が、何やら面妖な機械を弄くり回していた。
ひとりは黒髭の立派な、がっちりした男性で、ドワーフとはっきり分かる。
寄り添うように作業をしているのは色白のほっそりした女性で、絶世の美女と言っても良い顔立ちである。耳は尖ってないが、ハーフエルフだろうか。
ドワーフとエルフの仲睦まじい姿というのも珍しいが、作業の中心になっている青年の姿が、見た事もないほど奇異であった。
長身で細マッチョぽい背格好と、尖った耳はエルフを思わせる。
しかしその耳からは猫の髭みたいに、耳毛の剛毛がボワッと生えていた。
浅黒い肌はダークエルフのソレとも違っていて、何より髪からアゴヒゲから、腕まくりしてる腕まで、何もかもが毛深い。しかもその剛毛が全部、青みがかった銀色ときた。
ピピンもヤンも、彼がどの種族に当たるのか、皆目見当もつかなかった。
三人が作業をしている傍らでは、小さな可愛い女の子が、チョウチョを追っては転び、トンボを追っては転び、している。
近くの地べたでは男の子が座り込んで、地面に何か書きながら、難しい顔で考え込んでいる風であった。
「そう言えば、誰がテンさんで誰がセージさんか、訊くの忘れちゃいましたね」
ピピンとヤンが顔を見合わせ、苦笑いする。
折しもドワーフとハーフエルフと思しき女性が、近付いてくる彼らに気付き、手を止めてこちらを見た。
銀髪剛毛の青年は、脇目も振らず作業に勤しんでいる。
「こんにちは、フンから来ました。私は拳闘士のピピン。コレは弟子の、ヤンです」
ピピンたちの挨拶に合わせ、無言で会釈をするふたり。女性は感情の分かりにくい笑みを浮かべ、ドワーフは無表情。そして青年は聞いてる素振りすら見せない。
「はい――フンからわざわざ、こんなとこまで……?」
「如何様な、用向きかね?!」
応対してくれた女性を太い腕で制しつつ、ドワーフが野太い声でこちらを睨みつけた。
「はい」
一流の拳闘士たるモノ、こんな事でビビる筈がない――戦闘になったら、ぶっ飛ばされるのは必至だが。
ピピンはドワーフの目をキッと見つめ返す。
「行方不明の勇者一行を救出するのに、テンさんとセージさんのお力を借りたいのです――テンさんと、セージさんですね?」
ピピンの視線は、ハーフエルフの女性に移った。
女性の表情が一気に和むのが分かった。
「はっはっはあ。勇者たちの、お知り合いかねっ! そいつぁ失礼した」
ドワーフも愉快そうに呵々大笑する。
「おーいっ! テン、セージ! お客さんだぞぉ」
『はぁーいっ』
ドワーフの呼びかけに応えたのは何と、作業に加わってなかったふたりの子どもたちの方だった。
天真爛漫な笑顔で駆け寄ってきたテンが、ピピンの手前でビタン、と転ぶ。
「あーあ、また計算し直さなくちゃ……」
それを見たセージが、目を覆って嘆息した。
「テンだよ」
「セージです」
テンの服のあちこちに付きまくった泥を払いながら、子どもたちは次々に名乗った。