7 ピピンとヤン、旅立つ
「それって、信用していいんですか? 神様の妹なんて、メチャクチャ胡散臭いじゃないですかっ」
珍しく語気を強めて、ヤンがピピンに詰め寄っている。
「それが、王も宰相も仰るには、その娘が宙に浮いててキラキラーンとしてたので、神様系のような存在だと信じるしか無い的な、そういう推測をせざるを得ない、というか……」
「はぁ……何すか、それ……」
ヤンが深いため息を吐いた。
「それに、な」
ピピンは荷作りする手を、休めようとしない。
「異世界からわざわざ来て下さった勇者たちを、放っとくわけにはいかんだろ。救えるものなら、救って差し上げたい。それは俺もおふたりも、同じ考えだった」
「だからって、ですねえ――どうしてお師さんが、そんな危険なことを……」
「なに、鍛えてあるから、ちょっとやそっとじゃ死にゃあしないさ」
そう言ってニカッと笑うピピンだが、それでヤンの心配は治まりはしなかった。
「それにですね、以前神様の言うこと聞いて、王国はヒドい目に遭ったばかりじゃ、ないですかっ。今度また魔王の怒りを買ったら、王国は滅亡しちゃいますよ? いいんですかホントに、言うこと聞いちゃって」
ずっと下を向いて荷作りをしていたピピンが、ようやく顔を上げて目を泳がせた。
「ヤンの言う通りなんだ。そこが一番の問題なんだよな」
「神様の妹とやらのお告げでは、サイの村に行けば、何かが分かるらしい。完全にヤバそうな話だったら、そこで引き返すよう、ヤンの父君からは言われたよ」
ピピンの出立の噂は、王都フンの隅々にまで行き渡ったらしく、見送りやら別れを惜しむ人々が、魔獣対策本部の掘っ立て小屋をひっきりなしに訪れた。
喫緊の課題としては、ピピンが不在中の魔獣対策であった。
この一年間、魔獣による被害がほぼゼロだったのは、ひとえにピピンの瘴気吹き飛ばし拳のお蔭である。
「魔獣の対策なんだけど、さ……叩き台のサンプルを作ってもらった」
ピピンがよっこいせ、と持って来たのは、大きめの石の壁だった。
「何ですか? これ」
「ほら、ここに秘密があるんだ」
指し示した壁の側面には、洗濯板や卸し金も真っ青の、なかなか凶暴な溝が多数、ギザギザに彫られてあった。
「これがヤンの大箒の代わりになるんだ」
ピピンが言うには、フンの外れや境界の、魔獣出現多発地点の目立つところに、四方をギザギザに彫った石壁を、何個も建てておく。
それを見つけた魔獣が、石壁に身体を擦り付ければ、ブラッシングとほぼ同じ効果が得られるだろう、そうして魔獣に落ち着いてもらおうと、そういうわけだ。
「石なら瘴気の腐食には耐えられるし……後は壁の強度と、設置場所の厳選だな」
「そんな、上手くいくでしょうか?」
「やんないより、やってみる事だよ。それに瘴気の上からじゃ、どうせヤンの箒は効いてくれないし。今夜中に職人に頼んで、明日の朝にフンを出るから、留守を頼む」
「お師さん、何言ってんですか。僕も行きますよ」
「ほへっ?」
「目を点にしてもダメです。僕も一緒に勇者さまを助けに行こう、て言ってるんです」
「いや、可愛い弟子をそんな危険があぶない旅に――」
「お師さんの方がよっぽど危険ですよ、戦闘力ゼロなんですから。こんなとこで弟子を見捨てないで下さい――それにお師さんの脚で七日間なら、パイセンに乗っていけば一昼夜で着きますよ。お師さん、馬に乗れないでしょ? 僕も行きます、ってば」
パカラン、パカラン。
かくてピピンとヤンは、馬上の人となった。
「キュウちゃん、泣いてましたねえ……」
「ああ、長い付き合いだからな、キュウちゃんとは」
ピピンとの別れを惜しんだのは、人だけではなかった。
キュウちゃんも付いて行きたがったが、魔王領はおそらく、瘴気立ちこめる前人未踏の地。
空気の悪いところでは、鳥のキュウちゃんはきっと窒息してしまうだろう。
「やっぱりパイセンは、速いなあ」
「ええ。この分ですと日が暮れるまでに、かなり近くまで行けるんじゃないですか?」
「ぶひひひん」
パイセンが得意げに一声、嘶いた。
しかし、順調な旅は昼過ぎに早くも終わってしまった。
「うわあ……」
「こりゃ『歩いて』七日て言われた意味が、やっと分かったな……」
一行の眼前にあるのは、いちめんの湿地帯。
その向こうには、峻険な山がそびえ立っている。
「山ひとつ越えたとこだな、サイの村は」
「これじゃあ、馬はもう無理ですね……ここからは歩いて行きましょう。パイセン、鞍に手紙を挟んでおくから、フンに戻って下さい。後のことはは頼みましたよ」
「ひひん、ひひん」
パイセンが珍しくか細い声で、哀しそうに泣いた。