33 魔族の街の入り口でおばあちゃんに逢う
魔族の街に近付くにつれ、空の色も瘴気の紫色にだんだん変わっていく。
「あそこに見えるのが社宅群ですね」
「だからその、社宅ってのはいったい何なんだってば」
「おばあちゃーん、テンが来たよぉ」
「ぶもっ、ぶもっ」
「ぷもぷもっ」
会話が微妙に噛み合わないまま、一行は元気に――というか、おっ母さんがだいぶ張り切って、ズドドドドッと勢いよく、街へと近付いていった。
街側からの視点では、小山のように大きな魔獣が、凄い勢いでこっちに攻めて来るようにしか見えない。
住人の魔族たちは慌てふためき、熊手やらスリコギやらで武装しながらこっちへ駆けつけた。
「あっ、みんなぁ。やっほー」
おっ母さんの背から、テンが立ち上がって手を振ろう――として尻もちを着き、そのままおっ母さんの鼻面向かって、滑り台よろしくツルーッと滑っていく。
そして鼻面のカーブでくるんと一回転すると、赤鬼さんの太い腕の中にすっぽり収まった。
「おっとっと――なんだ、テンじゃねえか」
「はぁーい」
「はぁーい、じゃねえよ、まったく……驚かせやがって」
「それにしてもテン、魔獣を手なずけるなんて、凄いじゃないか」
とは、長身でイケメンの青鬼さん。
「ううん、ちがうよぉ。ピピンなの」
そして魔族の鬼たちは、おっ母さんの背中から降りてきたピピンと、初めましての挨拶を交わした。
「こちら、ピピンさん。まぞくをほろぼしに来たの」
「なにっ」
条件反射的に、赤鬼さんの鉄槌打ち(※)がピピンの脳天を直撃する。
ガゴーン。一瞬、辺りいちめん地響きが轟いた。
鍛えてあるから大丈夫だが、その衝撃でドゴン、とピピンの身体の半分くらいが地面にめり込んだ。
「痛ててて……テン、ヒドいこと言うなよ、俺は勇者さま一行を助けに来ただけなんだから、魔族と事を起こそうとは思わんさ……ところで勇者さまたちは今、どちらかな?」
勇者さま、と聞いて、両鬼さんの瞳が明らかに輝いた。
「ああ――あいつら、サイコーにクールだよな」
「故郷の魔界を思い出すよなあ……勇者のライブには、毎回行ってるんだ」
鬼たちの話では、勇者らは魔王の城に囚われの身であるらしい。
「悪かったな、つい……それにしてもピピンお前、なかなかやるじゃないか。俺のグーパン食らって平気なヤツって、魔族でもそうそう居ないぜ」
「いや、平気じゃないさ……地面に埋まっちまって身動きが取れん」
赤鬼さんと青鬼さんがよっこらしょ、とピピンを地面から引き上げている最中に、テンらのおばあちゃんがトコトコとやって来た。
「テンに、セージや、お帰り」
ニコニコと微笑むおばあちゃんは、年を取って縮んだのか、姉弟よりもさらに背が低い。
「わーいっ、おばあちゃあん」
「ただいま……おばあちゃん」
「はい、よく来たね」
おばあちゃんは駆け寄って抱きつくテンの頭を撫で撫でしながら、もう片方の手で少し離れたセージを手招きし、肩をポンポン叩く。
師匠、今頃どこ彷徨いてるのかな……
ピピンは長らく親代わりだった師匠の事を、少し思い出していた。
「そちらの方は? テンの息子かね?」
おばあちゃんのひと言に、ピピンの目が点になる。
「いやいやっ、俺はテンより年上ですよっ」
「そうかそうか。そしたらセージの息子かね」
おばあちゃんの表情からは、冗談で言っているのか本気でボケているのか、まったく見当がつかない。
「そうか……曾孫ができたかと思ったんだがのお……」
そう言ってテンの頭を撫で回すおばあちゃんは、やはり表情をまったく変えず、にこやかに微笑んでいた。
ピピンの用向きをうん、うん、と聞いていたおばあちゃんは、テンから手を離し、深々とお辞儀をした。
「そうかね。それはわざわざ遠くから、ようこそいらっしゃった」
「はっ、恐縮至極です」
おばあちゃんに合わせて深々とお辞儀をするピピンであったが、おばあちゃんがいつまでも頭を上げないので、ぴょこん、ぴょこんと何度も首を上げ下げする羽目になった。
ようやく頭を上げたおばあちゃんは、相変わらずにこやかなままだった。
「ようこそ。ここは魔界の地上出張所だよ。魔王さまのとこまで、ご案内しよう」
※鉄槌打ち:拳骨の小指側の平面部分で、さながら金槌のように相手を打つ打ち方。頭上から振り下ろすと、いわゆる脳天くい打ちになる。




