30 ピピン、またも魔猪にぶっ飛ばされる
「ぶもっ、ぶもっ」
魔猪はその巨体を軽やかに弾ませながら、前脚で前掻きして地面を削っている。
「何か、おねだりしてるようですね……」
もちろんピピンは、母魔猪が何をしてもらいたがってるのか、分かっていた。
瘴気を吹き飛ばして、背中を掻いてもらいたいのだ。
「しっかし、困ったなあ……ここにはヤンの大箒はないし――ま、出来ることをやって、後で考えればいいか」
ピピンは正拳突きの構えを取り、気合いを込めた。
「はーーあっ」
「とりゃあああああああっ!!」
ピピンの必殺技『瘴気吹き飛ばし拳』が炸裂する。
あっという間に、魔猪の身体を覆っていた瘴気が霧散した。
ご存知のとおり、体表の瘴気は魔獣にとって、鎧や服の役目を果たしている。
すなわち母魔猪は、子どもたちの前でまたも全裸にされたのと同じだった。
魔獣といえども女性、つまり淑女である。
母魔猪はポッと頬を赤らめ、恥じらいの仕草を取った。
「ぶも~ん(いや~ん)」
そう吠えると、ピピンの横っ面を前脚で軽くド突いた――いや結果的には、張っ倒した。
人間同士ならきっと、微笑ましい光景だっただろう。
例えば昼下がりの教室、他愛ない悪戯にちょっと怒ってみせた、少し好意を持ち合ってる女子が『んもう』とか言いながら、膨れっ面の笑顔で軽くビンタを……じゃなかった、肩をポーン、とか叩いてじゃれ合ったりして……ああもう、甘酸っぱいったらありゃしない。
しかしポーン、した方が巨大な魔獣、された方が最弱の名をほしいままにするピピンでは、まったく事情が違ってしまった。
「ぐはっ」
横っ面を張り倒されたピピンは、鼻血を線状に飛ばしながら、トンデモない勢いでぶっ飛ばされた。
前回は平原でのぶっ飛ばされだったが、今回は障害物の多い森の中である。
ピピンは森の木に激突しては、ピンボールさながらに角度を変えて跳ね返り、再び激突しては、また跳ね返された。
ピピンの修めた拳法には、障害物を利用した三角飛び蹴りという技が存在するが、それを数倍凌駕した、多角ぶっ飛びであった。
ぴこん、ぴこんと激突と跳ね返りを繰り返したピピンは、ひときわ大きな木にドゴーンと大の字に埋まり、その根元に尻もちを着いた。
その反動で、盛大に成っていた大振りの木の実が、ピピンの頭目がけてドゴドゴドゴン、と次から次へ落ちてくる。
木の実はピピンの石頭に負ける事なく、次々と命中してはピピンの頭を激しく上下に揺らした。
「きゅう」
さすがのピピンも白目を剥いてベロを出し、頭の上でお星さまキーラキラ状態になってしまった。
「ぶもー、ぶもーぅ」
これまた申し訳なさそうに、母魔猪がピピンの元へ歩み寄っていく。
しかし――やっぱり猪、目の前に転がっている木の実の方に意識を取られてしまった。
くんくん、と鼻をひくつかせ、木の実の匂いを嗅ぐ母魔猪。
ぱくっ。
木の実を頬張り、ごおり、ごおりとなかなか凄い音を立てて吟味する。
「ぶもっ? ぶも~~~っ」
母魔猪が恍惚の表情になり、凶暴な魔獣にあるまじきお目々うるるん状態になる。
どうやら、美味しかったらしい。
「ぶもっ、ぶもっ、ぶもっ」
次から次へと木の実を食べていく母魔猪。
それに釣られて仔魔猪らも、母の元に駆け寄っていく。
「ぷもっ、ぷもっ」
仔魔猪らにねだられ、母は牙で木の実を半割して仔らに与える。
「ぷもぷもぷも~~ん」
一心不乱に木の実に囓りつく仔魔猪ら。
こっちはべらぼうに可愛らしい。
この段になって、ようやくピピンがフラフラしながらも起き上がった。
「あー、いてててっ」
「ぶもん?」
ピピンに気付き、母魔猪が軽く顎を上げる。
「ああ、鍛えてあるから大丈夫なんだが……なんだその木の実、そんなに美味いのか?」
「ぶもーーっ」
「そうか、俺たちに合うかは分からんが……ありがとう、遠慮なくひとついただくよ」
そう言ってピピンは、木の実をひとつ両手に抱えた。




