29 ピピン、魔猪の母仔に再会する
鬱蒼とした、どこか不気味な魔王の森に、テンの元気な歌声が響き渡る。
♪わーははっはっはっはっ いーみもなくー♪
♪たーかわらいーして あーらわっれるー あいつはー あいつはー♪
♪すごくわるーいー わーるもーのーだー♪
「――なあ、セージ。訊きたいことが、あるんだが……」
「はいはいっ、なんでしょう」
明らかに手ぐすね引いて質問を待ってたセージの様子にたじろぐピピンだったが、唾をグッと飲み込んで訊いてみた。
「さっきからテンが歌ってる『わるもの』て、どーいう意味だ?」
「――――え…………?」
セージの説明を聞いたピピンは、絶句した。
「人が人を殺したり、支配しようとする……? いったい、何のために??」
「さあ」
さすがのセージも、お手上げといった感じで肩を竦める。
「なんでもデーモンさんたちの世界って、僕らの世界の百倍くらい、人が住んでるそうなんです、多分同じくらいの広さの土地に。だから食糧や水などの物資が足りなくて、奪い合ってるんじゃないかと……」
「足りなかったら、分け合わんか? 普通」
人は、弱い。
魔獣はおろか、野生動物のほとんどに、人は敵わない。
馬に蹴られたり、牛に踏まれたり、雷に撃たれたり、いきなり土砂崩れがあったり、箪笥に足の小指をぶつけたり、世界に危険はいっぱいだ。
おまけにどういうわけか、定期的に魔王が魔獣を連れて、街々を襲ってくる。
それらから身を護るための武器であり、ピピンが長年積み重ねた修行であった筈だ。
「俺の拳が……人を殺す、だと?」
「ピピンさんの拳は物理エネルギーがゼロですから、誰も殺せませんよ――それにそういう事をしないよう、向こうの世界では法律ってヤツで人を縛ってるそうなんです。その法律に従わない人が『悪者』の定義らしいですね。しかし『戦争』とか『粛清』とか、国が法を凌駕して、むしろ殺人を肯定するような行為が存在するそうで……」
「もういいよ、なんだか胸が悪くなってきた」
ピピンがセージの言葉を制止する。
「言葉だけ聞いてると、勇者さまの世界って、この世の地獄だな」
「ちょっと、想像できないですよね」
少し暗澹たる気分が、魔獣を呼び寄せてしまったのかも知れない。
昔からの言い伝えで『ネガティブなエモは魔獣をカミングさせるぜベイベー』てのがあるが、あながち嘘ではなさそうだった。
遠くからズドドドドドーッと、猛るような足音が、どんどんこっちへ近付いてくる。
「――魔獣だ。俺に任せてくれ」
ピピンはふたりを庇うように、テンとセージの前に立ちはだかった。
ぶもーーっ。
荒々しい鳴き声が、魔の森にこだまする。
「魔猪、か……」
「わーい、魔猪さんだぁ」
身構えるピピンの後ろで、テンが手を振って喜んでいる。
ずどどどどっ。
少し距離を置いて魔猪が停止し、ピピンをぎろり、と睨んだ。
「ぶもっ?」
「お?」
ピピンと魔猪が互いに顔を見合わせ、目を瞠る。
巨大魔猪の足元では、仔魔猪が二頭、ぷもっ、ぷもっと跳ね回っていた。
「ぶもーっ」
少し嬉しそうな様子で一声吠える、母魔猪。
「なんだ、お前かぁ」
肩の力を抜き、ピピンが構えを解いた。
「お知り――合いですか? ピピンさん」
おずおずと訊ねるセージに、ピピンがニカッと笑った。
「ああ、ついこないだ、王都フンの近くに迷い込んできた母仔だ――ずいぶん遠くから来てたんだなあ、お前たち」
「そう言えばピピンさんて、動植物と意思疎通が出来るんでしたっけ」
「ああ、多少な。でも魔獣とは瘴気が邪魔して、コミュニケーションとれないんだ」
そう言いいながらもピピンは、母魔猪にゆっくり近付いていった。
ピピンたちの『悪者談義』はお花畑思考に見えます(実際そうでしょうね)が、一応理由はあります。
それは後ほど明らかにするつもりですが、それをどうにか理系で説明しようと、頭をひねっている最中であります。精神が絡むと、一気に超科学になっちゃうんですよね、現在世界の科学力ですと。




