26 いざ、魔王領へ
魔王領への近道を目指して、セージの案内を先頭に歩き続ける四人。
昼前の穏やかな木漏れ日が森には降り注ぎ、テンの元気な歌声が響き渡る。
♪おーれたちゃ ゆうしゃで だいあくにーん♪
♪すこうし おばかで 足がくさーい♪
♪ようこそ ここはじごくの ひがしあおやまよんちょおめ♪
♪いざ いざなおう めくるめくハイファイの ずんどこへーとー♪
♪あーいーをー こーめーてー♪
――何でも勇者一行の、兄ちゃんに教わった歌だそうだ。
「なんて歌?」
「なんか、カッコいいライトルだったよ?」
「タイトルですね、『堕ちていく君を抱きしめて』だったかな。最後の『愛を込めて』しか、歌詞が合ってないような気がするんですけどね」
セージがボソッと呟いた。
一行は北の森を抜け、小川を横切り、人間界と魔王領を隔てている、北の山脈へと向かっていた。
「セージ、近道がある、て言ってましたよね?」
「はい」
「――まさか、この山脈を真っ直ぐ突っ切るわけじゃないですよね? どんな原理ですか?」
ヤンが、当然と言えば当然の疑問を口にする。
「そのまさか、なんですよ。乗り場まで一緒に行きましょう」
「ここです」
そこは小さな洞窟の入り口だった。
ピピンたちの背丈なら普通に歩ける大きさだが、長身のヤンは、かなり身を曲げなければ入れず、窮屈そうだ。
セージの掲げる携帯ライトは、洞窟の中でも驚くほど明るく、松明やランプの比ではなかった。
明らかに人の手が加えられていて、壁も天井も滑らかで、邪魔になる石筍も突起も少ない。
「この洞窟は山脈の向こう、魔王領まで繋がっててですね、ついこないだまでは、ここをトロッコ軌道車で往復してたんです。片道で丸一日かかりましたよ」
それでも山脈をぐるりと回って数ヵ月かかる事を考えると、大した近道ではある。
「ついたよぉ」
テンの元気な声が洞窟に反響して――めっちゃ喧しい。
「テン。叫ばなくても分かるから、もちっと声を抑えて、だな……」
「うん、わかったぁ」
――わかったぁ、わかったぁ、わかったぁ……テンの声が洞窟に谺しまくる。ちっとも声を抑えてくれない。
着いた処は、少し広い空間になっていた。
とは言えども、ヤンはまだ少し身を屈めても、天井に頭が付きそうな高さだ。
少し複雑そうな装置の傍らに、小振りなドーム状の乗り物らしき物体が鎮座している。
その先には、さっき言っていたトロッコ軌道の名残だろう、磨かれた石のレールが小さな入り口へと伸びていた。
「これだと10分の半日(註・半日つまり12時間の10分の1。1時間12分相当になる)足らずで、向こうに到達します」
「――で、いったいこれは、何ですか?」
「電磁石の力で進む軌道車です」
セージの説明が続く――と言うより、またもや長くなりそうな気配だ。
ヤンという、難しい話を理解可能な友が出来た事は、セージを元気にしたらしい。
「この洞窟は磁鉱石の宝庫でしてね、壁の磨き方でN極とS極を変えられる事に気づいたんです。で、洞窟内に小型のニュートリノ発電所を作って電気を通し、乗り物内に搭載した電磁石のNS極を目まぐるしく変えれば、磁鉱石同士の引力と反発する力で地上から浮き、もの凄いスピードで前に進んでいくんですね――」
分かり易く言えば、地球世界で言うリニアモーターカーである。
「へえ……空間移動の魔方陣でもあるのかと、思いましたよ……」
「あれは量子テレポートの原理で造っても、膨大なエネルギーが必要ですからね。こっちの方がまだ、経済的ですよ」
セージとヤンが小難しい会話をしている間に、ピピンとテンはリニアの乗り物を覗き込んでいる。
「へへへー、いいでしょ。『おばあちゃんち一号』だよ」
「変な名前だな……どうせテンが名付けたんだろ」
「せいかーい。おばあちゃんちに行くんだから、おばあちゃんち一号」
一行が『おばあちゃんち一号』に乗り込むに到って、ヤンが魔王領への旅に同行出来ない理由が、もうひとつ判明した。
「結構狭いんですね、中は」
「スピードを考えると車体の強度が必要ですし、電磁石を搭載するスペースも必要ですから……」
小さなピピン、テン、セージが入ってぎゅうぎゅうの状態である。
ヤンの乗れるスペースは、どこにもなかった。
「それじゃあ、ヤン。行ってくるぞ――鍛錬に励め」
「はい、お師さん」
「それじゃあ、行ってきます」
「おばあちゃんち一号、はっしーん!」
テンの元気な掛け声とともに『おばあちゃんち一号』のフードが閉まり、やがて低いモーター音が響いたかと思うと、車体がゆっくりと浮き上がった。
そしてもの凄い勢いで、石のレールの上をすっ飛んで行った。
「お師さん……」
ヤンはその姿をいつまでも見届けたかったが、気づいた時にはとっくの昔に見えなくなっていた。




