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25 『じゃあ、行ってきまぁ―す』


「え? ヤンはいっしょに行かないの? どーして?」

 今までの遣り取りをまーったく理解してないテンが、本気で哀しそうな顔になる。

 ぐるぐるにふん縛られて床に転がらされていたので、無理もないと言えば、そうであるが。


「そぉ……かなしいなあ」

 セージが丁寧かつ詳細な説明を三回繰り返した後に、事情をようやく飲み込んだテンは、両手を伸ばしてヤンの手を取った。

 小さく、そして温かい。


「ヤン。みじかいあいだだったけど、ありがとお。もおちょっと、いっしょにあそびたかったな」

 瞳を潤ませて語りかけるテン。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 ヤンの表情が優しく緩み、テンの手を握り返す。


 そうした遣り取りを見つつ、ピピンは秘かに瞠目した。

 ヤンを見つめるテンの無邪気で優しい眼差し、そしてテンの振る舞いそのものが、まるで聖女のそれだったからだ。

 日頃の言動があまりに突拍子もなく、お馬鹿すぎる気がしないでも無いが、神様の妹とやらがテンを聖女と呼称したのも、あながち間違いではないな、と感じられた。


「やさしくしてくれて、たくさんありがとお。かんしゃしてるの」

 テンの言う通り、ヤンは献身的にテンの世話をずいぶん焼いていた。

「ヤンはね、やさしくて、かわいくて、まるであたしの弟みたいだった……」

「はは、そうですか」

 雰囲気的には、ヤンが年の離れた妹の面倒をみている感じだったが。






 だがこの微笑ましい別れの光景は、次のテンのひと言で、一瞬にして凍りつく事となる。

「あのね、あたしね、ずっとずっと、弟がほしいとおもってたの。だって、今までいなかったから……」

「ちょっと待ってください、姉さん」

 口を挟んだセージの顔が、かなり青褪めている。

「姉さんは僕のこと、いったい何だと思ってたんですかっ?!」


「ほえ? なにって?」

 テンの素できょとんとした顔に、セージの手がわなわなと震えているのが分かった。

「僕が姉さんにとって、どーゆう間柄……関係なのか、とゆーより僕は姉さんの、何にあたるんですかっ?!」


「ええと、ええっと、ね……」

 可愛らしく考え込むテンだが、考えている内容が内容だけに、ピピンもヤンも、表情がどんどんドンヨリげんなりしてくる。

「ええと、しんせきの……」

 がくっ。セージが音を立てて首を垂れた。

「おとお、さん……じゃないよね、セージは年下だもんねえ……」

 がくっ、がくっ。セージの首が、不自然なほどに折れ曲がっていく。


「あれっ? 弟だぁ。セージ、あたしの弟だよねー」

 いや、そこでのテヘペロは逆効果だと思う。

「ああっったりまえでっしょおおおおぉ」

 セージが叫びながら、とうとう涙をぼろぼろ零し始めた。


「わーい。あたし、弟いたんだぁ」

「そんなの……生まれた時から、そーと決まってるでしょーよっ!」

 もはや地団駄を踏みながら号泣するセージからは、日頃難しい事ばかり言っている天才少年の欠片も感じられなかった。


「セージ、だいすき。ぴとっ」

 テンがセージをぎゅっと抱きしめる。

 その慈愛に満ちた立ち居振る舞いは、まるで聖女のよう――いやいや、もう騙されないぞっ。

 ピピンがブンブンッ、と首を激しく左右に振る。


「弟だって分かったから……好きなんですか……」

 嗚咽混じりのセージの声に、テンがすっと瞳を閉じてセージに頬擦りし、頭を優しく撫でていった。

「ううん、だいすき。弟でも、そうでなくても」






「じゃあ、行ってきまぁーす」

 旅立ちは、セージが泣きやんだ直後だった。

 ヤンはサイに残って拳法の修行をしながら師匠の帰りを待つ事にしたが、それでも途中までは、行ける処まで同行するつもりだった。

「それにしても――いいんですか? テンもセージも、そんな軽装で」


 セージは小さめの背負い袋に、いつぞや見かけたヤギの膀胱袋を二、三個、腰にぶら下げただけ。

 テンに到っては、掌サイズのバッグと水筒を肩に掛けているだけで、手ぶらに等しい。

 魔王の元に乗り込んで勇者を救出する――というミッションには程遠い装備だった。


「ええ。魔王領までは頑張れば日帰りで往復可能なんですよ、近道を使えば」

「その近道、てのも興味ありますが……僕らは拳法家だから武器は不要ですが、身を護る道具、何も持ってませんよね?」

 テンとセージは顔を見合わせ、余裕の笑みを浮かべる。


「だいじょぶだよ。マオちゃんはおともだちだから」

「マオちゃん? ああ、魔王のこと、ですね……」

「それとね。それとね」

 もの問いたげなヤンの表情をまったく意に介さず、テンは話し続ける。


「マオちゃんとこは、おばあちゃんちなの」

『――――は?』

 ピピンとヤンが、思わず目を剥いてテンを見つめる。


「そりゃいったい、どーいうこったい?」

「姉さんの言う通りなんですよ。魔王さんのお城で、僕らの祖母が住み込みの家政婦やってるんです」


 かくて、緊張感の欠片もない、勇者救出の旅は再開した。



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