20 セージ、瘴気についての新事実を解明する
「これが俺の、渾身の突きなんだ――どうだった?」
「そうですね。殴られた筈なのに、まったく痛くありません」
「そう――なんだよねえ……」
自分の力量は痛いくらいに知っている筈なのに、改めてダメを押されると、さすがのピピンもガックリくる。
「でも、ピピンさんの拳、思った通りでした。これは確信に近いです」
「えっ? 何が?」
「今から、ご説明いたしましょう」
セージがスタスタッ、と舞台中央に進み出ると、照明が変わってスポットライトが当たる。
「えーと……ここ、普通のコテージ室内ですよね?」
「ひとつ分かってるのは――ここからの話が異常に長い、てことだよな……」
「さて皆様方に、始めに言っておかなくてはならない事が、あります」
ピピンとヤンに尻を向けて、蕩々と話し出すセージ。
だからいったい、誰に向かって喋ってるんだっ。
「それは他でもありません、魔族の呼吸から排出され、全身に纏っている瘴気ですが、それ自体は炭素化合物が複雑に結合したモノで、毒性は無いんです」
「えーっ!」
「まさかーーっ!」
演出の都合上、条件反射的に驚いてしまった師弟であったが、実はこの世界では解明されてなかった新事実であった事を、ピピンもヤンも知らない。
「たった今、イメージではっきり浮かびました――要するに僕たちが日頃吸っている空気の一部と、根本的にはそんな変わらないんですね」
「でも……あんな紫色の気体って見たことないし、僕たちが触ると、皮膚がただれますよね?」
またも演出の都合上、ヤンが的確な質問を仕掛けてくる。インテリツッコミの面目躍如だ。
相変わらずセージは、ピピンたちに尻を向けたままだ。
真っ直ぐ突っ立ったまま、短い腕をカッコ良く振り回しながら、蕩々と解説する。
「考えてもみて下さい――地上に放たれた瘴気はしばらくソコに留まっていますが、徐々に分解されて無毒化されてるでしょ? では、瘴気の毒は何処に行ったのか? そもそも毒などは存在してないんです」
「なるほどぉ」
あっさりとヤンが納得するのは、演出の都合で以下省略。
「瘴気は、地上のあらゆる有機化合物への親和性が高く、細胞内外の受容体に付着し、イオンチャンネルによって結合分解を行うんです。つまり触れた組織は分解によって溶けてしまうので、肺や皮膚にびらんを生じるんですね」
「うんうん、なるほど」
「――肯いてるけど、ヤン、理解出来てるのか?」
「いやなんか、そうしなくちゃいけないらしいんです」
「ええっと――物が腐ってるように見えるのも、実際には分解されてるだけなんですか?」
「さすがヤン、その通りです。僕らにとっては、反応時の色がソレっぽいから、腐っていくように見えるんですね」
セージがあっち向いたまま、大仰にヤンを指差す――他人を指差すって、あまり行儀良くないぞ。
「そうして分解された瘴気化合物がどうして優秀な堆肥になるか、なんですが――その化合物が、土壌を豊かにする微生物の餌になる、って事はご存知でしたか?」
「いや、ご存知では、なかかったな」
せっかくの台詞なのに、噛んでしまうピピン。
「そして、瘴気が無毒な炭素化合物の集合体であるという事実が、まさにピピンさんの『瘴気吹き飛ばし拳』の秘密へと、繋がるのです」
「――いいからセージ、こっち来て座りなよ」
「そうそう、いつまでもアサッテ向いて喋るの、やめましょ」
「そうですね――お待たせしました」
セージが腰掛けると、コテージ内の照明は室内灯に切り替わった。




