13 セージ、姉の秘密を量子力学で語る
新たな温泉の湧出に喜ぶ技術者一家と別れ、ピピンとヤンは、姉弟の自宅に案内された。
サイの村は山々に囲まれた小さな盆地であるが、住人はさほど多くないらしく、家々の間は離れている。
テンとセージの家は、集落からさらに外れた処にポツンとあって、沿道にはなかなか立派な果樹の林がある。
手入れをしている様子は無く、信じ難いがどうやら自生したもののようだ。
「ほぼ姉さんのせいなんですよ」
果樹林をキョロキョロ見回すふたりに気付いたのか、セージが話し始めた。
「姉さんが小さい頃に食べた果実の種が、悉く育って実を付けるんですよ。ホントに悉くなんです――例えばほら、アレ」
セージが指差した先に、トンデモない木が生えていた。
「あれは、まさか……」
「そのまさか。ヤシの木です」
山間の盆地に、熱帯地方の木が大きな葉を広げている。
「これでも冬は、雪が積もるんですよ? 温泉の地熱があるとは言え、よくまあ枯れないもんです」
「ねえねえ、ヤン」
天真爛漫な笑顔で、テンが袖を引っ張っている。
「あの桃、とって? 食べ頃だと思う」
見事な桃が、鳥にも食われずに瑞々しい実を成らせている。
奇跡的にもよっつあったので、その場に腰を下ろし食べる事にする。
「いただき」
「ます」
かぷり。
「――これは……」
「ええ。こんな美味しい桃食べたの、生まれて初めてです」
長旅で疲れた身体に、果実の水分が沁み渡っていった。
「姉さんはですね。運がもの凄く良いんです」
桃を囓りながら、セージが解説してくれた。
「崖から落ちても、ヤシの実が頭を直撃しても傷ひとつ負わない。遊びに出掛けると必ず、生活必需品やらレアアイテムやらを見つけて帰って来る。僕に言わせると姉さんは、量子レベルで運が良いんです」
「ええと――つまり説明出来るのかい? テンの運の良さを」
テンは桃でベトベトになった手を服で拭いてしまい、その汚れを取ろうとして、さらに汚している。
「仮説ですし、総ての説明はつかないですね――ただ僕らの身体を通過するだけの素粒子が、どういうわけか姉さんの身体に近づくとわずかに電荷を帯び、それが姉さんの無意識領域下で統制を受けるようなんです……つまりニュートリノ発電所のヒントは、実は姉さんなんですよ。微弱な電荷を帯びた素粒子がバリアとなって、熱や力学のエネルギーをかなりの範囲まで干渉させるようなんです」
「ほえ……」
「ふぬう……」
「いきなり出現するレアアイテムですが、量子テレポートが関連している可能性があります――もっともこれは、仮説の域を出ません。というのもサタンさんとの情報交換で得た知識なんですが、サタンさんの世界で成功したテレポーテーションは、三次元情報までのテレポートで、量子そのものが完全に移動するわけじゃないんですね。実験機器が皆無なので、僕は理論で考えるのみなんですが、それでも僕の仮説に依れば……」
途中からセージの言葉が、耳の右から左へ流れて行くようになった。
ああ、桃が美味しいなあ……
ヤンが手拭いを取り出し、テンのベトベトになった顔と手と服を拭いてあげている。
「ただ、ひとつ問題があって――」
セージがふっ、とため息を吐く。
あ、ようやく話が終わりそうだ。
「姉さんが転んだり、火だるまになったりする度、世界の摩擦係数や重力公式が微妙に変わっちゃうんですよ……お蔭で姉さんが転ぶ度に、いちから計算し直さなくちゃならなくって……」
それだと世界は大混乱に陥りそうなものだが、何故か大丈夫らしい。
きっと世界も鍛えてあるのだろう、とピピンは思った。
量子テレポーテーションは、ガチで成功しています。
念のため。




