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5 転生しました

壁]ω・)

 森林浴を経験した事があるだろうか? もしくは、似たような経験でもいい。


 静寂の中に聞こえる、木々の揺れる音。木の葉が風に舞って、擦れ合う音。安心すら感じる、水の流れる音。遠くから聞こえる鳥のさえずり。森閑しんかんかと思えば、獣の気配を感じさせる生命の躍動やくどうの音。はたまた、昆虫などの羽音。

 そんな森の静寂という音に身体を任せて、力を抜いてみれば、自身の呼吸や心音などが聞こえてくる。

 人の居ない森は思っている以上に、音にあふれている。


 そんな経験が俺にはある。もうだいぶ昔の、それこそ俺がまだ年端のいかない子供だった時の事。家族が皆まだ居た時に、父が割と乗り気で行ったキャンプの時の記憶だ。

 小さい頃だったので森がとてつもなく大きく感じて、今思えば、少し恐怖をしていたのだろう。

 そんな俺を姉は可笑おかしそうに笑いながら、いつもの様に手を引いて一歩を踏み出させてくれた。


 「ゆうは強がりだけど、怖がりなんだから。前に言ったでしょ? 裕は私が守ってあげるって。ほら、手を出して? お姉ちゃんが居るから大丈夫。探検しに行こう?」

 

 まぁ、姉の言う探検とはキャンプ場の近くにある森林公園までだったが、当時の俺にとっては途轍とてつもない冒険だった。

 その時に感じた普段とは違う、澄んだ空気や輝く陽光、姉の手の温かさや、こっちまで楽しくなるような笑い声。

 そんな昔の、森を探検した経験がよみがえるような音が、少しずつ聞こえてきている気がした。


 その懐かしさの所為(せい)なのか分からないが、徐々に意識が浮上していく。




「――ッ」


 意識の浮上と共に感じる身体の不調。胸がモヤモヤして、何か詰まってる様に気持ちが悪い。加えて、高熱を出した時の様な重さが、体にまとわりついている。

 一番酷く感じたのは頭痛だ。片頭痛と二日酔の様な頭痛を足して、物凄く悪化させたみたいな感覚でキツイ。


「――っ痛。気持ち悪い……」


 耐え難い不調を身体の外に絞り出すかの様につぶやく。周りを見回したりなど出来ないまま、もだえながら耐え続けた。


 それからどれ位の時間が経ったのだろうか? 体のだるさと胸のモヤモヤ、それと、頭痛に近いような感覚はだいぶ収まってきた。


「うぅ……。まだ気持ち悪い。水。とりあえず、水が飲みたい」


 痛みを耐えている時に無意識に力んでしまったりしていた様で、その所為か先程とは別の疲れとだるさが、重く圧し掛かってきている。

 まだ少し残る頭痛を(こら)えながら、上手く動かない体を動かし、飲める物が無いか辺りを見回す。


「森? というか、何処ここ? なんで俺は森に?」


 飲み物を求めて辺りを見回した結果、今いる場所が自分の知らない場所。しかも、人工物のない未知の森。

 それに、着ている服も亜麻(あま)色の古代ギリシャのキトンに似た物と、その下に七分丈位のズボン。何というか、歴史の授業で見た事があるような物で、俺が持っていた服には無い物だった。

 今更ながら自分の置かれている状況を理解する為、必死に記憶を思い出し始める。

 その結果思い出した記憶を反芻はんすうし飲み込むが、また信じられなくなり反芻はんすうするという事を何度か繰り返した。

 けれど、周りの景色を目に収めて確認する度に、現実感が不安と恐怖となって押し寄せてきた。


「ほんとに転生してる? 夢じゃない? いやいや、そんな……。――ッ」

 

 周りは見通しが良いとは言えず、名前も知らない割りと大きな草が生い茂って揺れ動いてる。

 

「仮に本当に転生したとして、異世界転生でいきなり森スタートは良く在るかもだけど……。チュートリアルは? お助けキャラは? そうだ、女神様っ! ――っじゃない! おねぇちゃん! おねぇちゃん! ここ何処!? なんで返事してくれないんですか!? 護るとか言ってくれてたじゃん! せめてどっちに行けば良いとか、(しめ)してくださいよぉ……」


 不安や恐怖が綯い交ぜ(ないまぜ)になり、呼ぶ事が恥ずかしいなんて思いはなかった。一人で知らない状況に置き去りにされる恐怖は、そうそう克服できない。

 直近で頼れる唯一の存在を思い、すがる思いで呼ぶ声は空を切るばかりで、返事は返ってこない。


「どこだよここ。どうするんだよ、これ。アフターフォロー無しの、試練乗り越える転生パターンとか、俺がやれるわけないじゃん……」


恐怖から不安になったのか、不安が恐怖につながったのかはわからないが、体が自然と震え始めた瞬間。


 ――ガサッ! 

 

 異常に敏感になっていた感覚が、明らかに草木ではないモノが動いた音をとらえた。聴覚が反応した方向へ、即座に視線を向ける。

 だが、それらしきモノは姿が見えない。


「あははははは。さっきの音からして絶対に小動物だよ。きっとそうだ。さすがにラノベみたいに、いきなり強敵エンカウントは無いよ、うん。――ッ」


 無理やりに引き攣った笑いを上げ、言葉では強がって虚勢きょせいを張ってみる。だが、体の震えが(おさ)まらない。

 そんな体を抱きかかえながら、心が、体が自然とその場を離れるよう強要する。その要請に抵抗する気さえおこさず、音がした方向の反対側へ駆け出した。

 とにかく走った。足が踏み出す方へ。方角なんて、遭難時の理論的経路選択なんて関係ない。とにかく、とにかく遠くへ。全力で、全霊で、全神経を集中して。


 無我夢中で走って、どれ位離れたかも、どれ程の時間が経ったかも分からなくなって、恐怖と精神的疲労で集中力が低下していた為だろう。普段なら絶対につまずかない様な木の根に、足を引っかけてしまった。

 何とか転倒は()(こら)えたが、膝がガクついて次の一歩が踏み出せない。呼吸が定まらない。

 それでも無理矢理体を動かして体ごと振り返り、後方を確認する。


「はぁはぁ、んっ。た……ぶんっ、はぁ、追って、きてなッ……、いか……なっ」


 後ろを確認して得た希望的観測だが、追って来てはいないと思った瞬間、一気に体の力が抜ける。その脱力に身を任せ、地面に手を着きそのまま倒れこむ。それから息を整えようと仰向けになり、酸素を寄越せと訴える体の欲求に任せるままに、送り込んでいった。

 そして、ある程度呼吸と動悸どうきが整って来たところで、ある事に気が付いた。


「水の音がするっ! ……みず!」


 状況の変化に対応しきれず忘れていた、“水が飲みたい”という欲求。水の音を聞いた事により思い出したその欲求が、精神的負荷のかかった逃走でさらに高まっている。

 その上、水が近くにあるかもしれない、という希望が拍車をかける。灼けた喉が、体が、水を求めて音のする方へ引き寄せられていく。先程までの恐怖や不安など脇目もふらず、音のする方へ駆け出した。


 駆け出してすぐに、木々が開けた場所に出た。よく写真なんかで見る様な、それこそ秘境の中の絶景みたいな、日の光に輝くような清流だ。

 すぐ近くには木々の揺らめきの隙間を縫って、日の光が木漏れ日になっている場所も見える。

 止まれなかった。清流の周囲を確認して安全か確かめるとか、服が濡れるから水際で止まるなんて事は、一切いっさい頭をよぎらなかった。走っている勢いそのままに飛び込み、水を体で感じ、手ですくい、口へ、そして喉へ、身体へ注ぎ込んでいく。


「んっぐっ。んっぐっ。ごく、んっ。はぁはぁっ。美味しい。……生きてるっ! グスッ……。ごくっ。……グスッ。今生きてるんだ……」


 泣きながら飲んだ。この体で初めての水分の嚥下えんげで、さらに、泣きながらなので上手く飲み込めない。水が口の横から(あふ)れて頬をつたい、首へと流れ、鎖骨を濡らし、胸元へと(こぼ)れ落ちていく。

 それでも水を口へと送り込み続ける。生の実感を噛みしめる様に、今が現実であると言い聞かせる様に、無理矢理飲み込む。


 女神様と話していた時は、不思議と自然に理解出来た“前世での自分の死”。その後の“転生”の話も、何故かそういうモノとフワッと受け入れていた。

 だけど多分、現実としてしっかりと受け止め、噛み砕いて、心で理解していた訳ではなかったのだろう。


 今初めて、“俺として、生きている”と実感した。


 水を満足いくまで飲み込んだら、今度は手で掬った水を顔に掛けた。その後はもう頭から被った。

 腰まで水に浸かる所まで移動し、体ごと水に浸かる。火照った体を、流れ出た汗を、恐怖からの涙を、不安からの焦りを水で洗い流していく。




「ふぅぅ。ちょっとは落ち着いたかな。あはは。年甲斐もなく、みっともなく泣いたなぁ、俺」


 いろいろな事をまとめて洗い流して、一息吐(ひといきつ)けたタイミングでそんな事をつぶやきながら、浅瀬のちょうど良さそうな岩に腰をおろす。

 一息吐けた為か、自分自身で落ち着いたという言葉を使ったからか、取り敢えずは少し冷静になれた。

 まだ不安は完全にはぬぐえていない。だけど、みっともなく慌てふためき、がっつりテンパって、めっちゃ不安になって、かなり恐怖して、全力で走って、水に生きてる事を感じたお陰で少しだけ落ち着いた。……と思いたい。

 

 「今は現実なんだ。……いや、俺が見てきた全部が現実なんだ。俺……転生したんだな」


 “転生”した事を改めて口にして、ふと転生する直前の事を思い出した。

 そう、自身の事をお姉ちゃんと呼ぶ様に迫ってきた、女神さま(お姉ちゃん)との会話だ。


「そもそも、あれだけ姉と呼ぶ様にかまってきたくせに、目が覚めたら放置とかひどすぎないか? というか、転生直前のあの説明だけでは、力の使い方とかは全く分からないんだけど。 ……。 ――ふむ。あー、あー、あー。……あぁぁぁぁぁぁぁぁ、何となく気付いてはいたけれどぉ、やっぱり女性の声になってるぅぅ」


 少し前から気が付いてはいた。だけど、いざ自分の声だと思うと受け入れがたくて、気付かない振りをしていた。正直に言うと、気付かない振りをしていたのは声だけじゃない。


 光の当たり方でほんの少しだけ紫がかる、視覚が吸い込まれる様な艶のある黒が、少しの風でサラサラと流れる様に揺れているのが見えていた。

 その髪に恐る恐る触れようと近づけた手を見て、また何とも言えない自分じゃないような感覚になってしまった。


 透き通るような白。けれど、決して作り物めいた白ではなく、健康さを感じさせる瑞々しい白い肌。

 その白い肌がしなやかに動く、ほっそりとしているが柔らかそうなスベスベの腕。

 手は男だった時と比べると小さいが、長くて綺麗なバランスのいい指。爪は形も綺麗で滑らかで、自然なピンクの艶のある輝きをしている。

 そのきめ細かく輝く肌をした手を見つめる。


「ゴツゴツしていた、見慣れた俺の手じゃない。もう男の体じゃないんだな。やっぱり本当に女神様(お姉ちゃん)に女に変えられたのか……」


 会話の勢いだけで一方的に伝えられた、転生直前の言葉を思い出す。

 

「というか、妹に甘えられたいからって理由で女に変えられたのかよ……。しかも、俺から反対されない内に強制的に転生させたな、女神様(お姉ちゃん)


 転生させようとした時の、言葉を告げる女神様を思いだしながら悪態をつく。

 

「すでに女として転生している以上、もうどうしよもないか。……いや、もう一度女神様(お姉ちゃん)を説得すればチャンスはあるか? はぁ、でも結局女神様(お姉ちゃん)と会えないと、今すぐどうこう出来る問題じゃないから後回しだな。あと出来る事と言えば……」


 わざと口に出して今出来る事と、今後の目標を纏めてみる。


「まず周囲の安全の確認と、食料の確保。それから自分の使える力の把握っと。あとは……。もし出来れば、人が居そうな方向の目処を付けられたら上出来か。当面の目標は、ある程度文明がしっかりした所で、生活基盤を確立させる事だな」


 いざ、しっかりと目標を決めて行動しようと思ったら、あんなに不安になっていたのが不思議なくらい、自然体になれた。やっぱり、未知の状況に挑む時の指標は、精神的に大事だな。

 ただ、違和感が少しだけある。


「さっきまであんなに不安だったのに、今はそんなに不安に感じない? そう言えば、体調の悪さもなくなってるな。いや、一人なのに対する心細さはあるんだけど……。自分が死んでしまうんじゃないか、とかの不安はなくなった? ん~、なんとなく自分に脅威が有るか無いかわかる感じか?」


 うん、この感じが一番しっくりくる言い方だ。どうしてかは確証がないけれど、何となく今は危なくないって分かる。


「もしかして、お姉ちゃん特典の一つ? と、そう言えば、自分の能力とかって見れるのか? どうやって自分が使える魔法とか、アビリティとか確認するんだろう?」


 転生直後とギャップがありすぎると自分でも思うくらいのほほんと、今までワクワクしながら読んでいた物語を楽しむように、自分の能力の確認をする方法を模索もさくする。


「ん~、定番はやっぱり、『ステータス!』――ちがうかぁ。じゃあ、『オープン!』……も違うと。なら……、周りに誰もいないよな? 『我が力を示せ!能力開示!』……ハッズ!」


 今まで読んできた物語の真似をしながら、試行錯誤していく。しかも、気恥ずかしさと楽しさが合わさった様な、にやけ顔で。


推敲が満足できない……。要するに、何回も見直して確認しても不安です。

どうも、紬 いとです。


過酷な休みでした。

知らないおばぁちゃんを助け、痴漢を捕まえ、目の前で交通事故を目撃。そんな中でも週末連日投稿をするべく、睡眠時間を削って何とかストックを貯めました。


さて、上記の出来事は全部嘘ですが、なんとか少しストックを作る事は出来ましたので、明日も投稿する予定としています。

文字数が多くなりすぎて二部に分けた部分ですので、朝と夜の二回投稿を考えています。投稿時間は私の予定次第になってしまいますので、ご理解の程お願いいたします。


今回も長くなってしましましたが、最後に。


ここまで目を通して頂いた、心優しい皆様に感謝を。


紬 いと

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