09 師匠の因縁と過去の大会 5204
周りは騒然としていた。
もっと激戦になると予想していたからだ。
まさか頭部への一撃で藤堂が立ち上がれないなどとは誰も思わなかった。
杉があっさりと勝利したのだ。
続いて一回戦の第二戦が行われていた。
柔術家と『龍の息吹』の者の対戦だ。
杉はあまり気にしていなかったため、気づいていなかったが試合が始まって素早い動きで柔術家を翻弄する姿からそれが馬淵青葉という者だと理解した。
体温を上昇させる技を会得し、強くなった者だ。
柔術家に投げさせる以前に捕まえさせもしない。
相手がノーガードで捕まえようとしても、先に腕を捌いてから殴っている。
一方的にサンドバッグにする馬淵。
柔術家は意地で殴られた拍子に近づいた袖に噛みつき、腕を引こうにも動きが止まったその一瞬の隙に腕を取る。
全身で腕を極めようとしたのだろう。柔術家は飛びつこうとした。
それを察したのか馬淵は先に足を払う。
同時に柔術家は手首を極めていたのか、馬淵は投げられる。
それでも自分から飛んでいたのか俯せとなる馬淵。
寝技の要領なのか、背中を付けた体勢から両足を突き出し、腕を巧みに絡め捕ろうとする柔術家。
馬淵は片手でその両の足を捌く。異常な速度は腕の捌きにも顕著に見て取れる。
その間に膝立ちだったのが片膝だけになり、次いで両の足で立ち上がる馬淵。
立ち上がり有利な体勢となった馬淵は柔術家の上を飛び跳ね、逆に腕を痛めつけようとする。
かてて加えて捻り、引き、押し、引き剥がそうと、繰り返し翻弄する。
だが繰り返すことでパターンを作り、それが馬淵の隙となった。
柔術家は馬淵の着地の瞬間、腕を捻り、体勢を崩しにかかる。
並びに足払いも仕掛けた。
それは柔術家が馬淵に腹部を曝け出す結果となり、そこを馬淵が狙わないわけもない。
体重をかけた肘打ちに悶絶する柔術家。
馬淵はその隙に腕にも肘打ちをし、それでも放さない片手を引き、寝ている柔術家に蹴りを放ち捲る。亀のように丸まり防御する柔術家。
だがその攻防もしばらくすると様相が変化する。
意外と器用に片手と両足が使えるという寝ている体勢の利点を用いて防御を固める柔術家。
そればかりか蹴りを防ぎながら足払い。回避に飛んだら投げを放とうと関節を極めに行く。
一見すると立っている馬淵の方が有利だと思われた。しかし寝ている柔術家は次第にその有利を自分の方へと傾けにかかる。
そして気が付くと何故か主導権が柔術家に移っている。
不味いと理解した馬淵は次の手を打つ。強引に柔術家を引きずって回り始める。
そして遠心力で持ち上がった柔術家の身体を床へと叩きつける。
柔術家は遠心力で攻撃を加えられない。
しかし肩や腕にかなりの負担がかかっているだろう攻撃だ。
叩きつけ、跳ね上がったらそのまま回転。地面に付けて置かずに時たま叩きつける。地面に付けて置けばまた主導権を握られることを恐れた馬淵の策だ。
これで主導権を取られることはない、強引な戦法だった。
ついには腕を握りしめ続けられずに吹き飛ばされる柔術家。片手で自身の体重を支えるには限度がある。
それからは顔面を狙わずにサンドバッグにする馬淵の戦法。二度と袖を噛まれることが無いように隙を見せない。
馬淵は素早く、柔術家は手も足も出ない。掴めなければ、攻撃できない。柔術家の腕では殴りに行っても当たらない。
つまりは勝負もそれまでだった。柔術家は敗れた。
第三試合。その試合の対戦はレスラーとロックだった。
レスラーは受けに回っている。
多分、相手の攻撃を受け切ってからの逆転劇を演出しようと思っているのだろう。
ロックの上段右回し蹴り。頭部をガードするレスラー。
すかさず、上がったガードの隙間の腹部に中段蹴り。しかも連打。しかしガードは下がらない。
ならばとロックは中段蹴りの連打を雨のごとく降らせる。
堪らずガードが下がるレスラー。そこへまたしても上段蹴り。
逆の腕でもガードするレスラーを見て、左側へと踏み込み竜巻のような捻りの利いた左フックがガードが空いたボディを狙い、喰らい付く。
レスラーは受け切れないからか、それともある程度受けたからか、反撃を開始する。
ロックの突きを躱し、袖を取り、投げに転ずる。
しかし、ロックはその腕を切り、逃れる。
その体勢の崩れた所にレスラーのタックル。身長のわりに厚みのあるガタイのレスラーから繰り出されるタックルは迫力がある。
もちろん威力も充分。ロックは堪らず吹き飛ぶ。
ロックは呼吸を整えようとするも、レスラーはそれをさせじと追撃の手を休めない。
仕方なく、受けに転じながら呼吸を整えるロック。
レスラーの攻撃は派手で動作も大きくて分かりやすいため、ロックが受けて捌き躱すことに問題はなかった。
斯くして気の充溢に時間を割いて反撃に備えるロック。
それは攻守の反転のように見えるのだった。
こうしてレスラーの望む逆転劇の準備が整えられてしまう。主役が反転してしまっているけれども。
ロックはレスラーの大雑把な突きの攻撃を両手を交差して上へと捌くと、気が充溢し頂点に達していたためそれを爆発させる。
「うぉおおおおお!!!」
大きな声を出し、吠えるように叫ぶロック。
同時に踏み込み、レスラーの無防備な腹部へ拳を炸裂させる。
一撃では当然終わらず、重ねて逆側の拳も放つ。右に左に、上に下に、乱れ飛ぶ正拳突き。
取り押さえようと体を曲げて覆いかぶさるように動くレスラーに、逃げずに向かってくるのはちょうどいいとばかりに下から拳の散弾が弾け飛ぶ。
それだけの猛攻を受けても倒れないレスラーの頑丈さはさすがとしか言いようがない。
ロックの拳の弾幕は壁のように隙間なく、手が出ないレスラー。
だからこそ蹴りで払いのける。大きな動作。当然ロックも気づく。
ロックはその蹴りを上回る跳躍で空へと逃れると跳び蹴りの二連蹴りをレスラーの顔面へ打ち付ける。
堪らず下がるレスラー。
体重が後ろに行き、身体も逸らして上半身が遠退いたため、前にある脚へとロックはローキックの嵐を起こす。
レスラーは下がりかけた身体を堪え、逃げそうになる心を震わし、上からハンマーのごとく腕を振り下ろす。
ロックはそれを踏み込んで躱し、身体を反転。
腕を取り、珍しく投げ飛ばす。一本背負い。
そこに更なる追撃。まだ空中にあるレスラーの体に飛び膝蹴りを打ち付ける。
反動で落ちるロックは打ち上がったレスラーにまたしても追撃の回し蹴りを脇腹に喰らわす。
吹き飛ぶレスラー。支えもない空中ではどうしようもない。
上下逆さまなので先に手を突いて姿勢を立て直す、意外に器用なレスラー。
しかし両足で着地したレスラーの前にはすでにロックが構えている。
ロックの拳がレスラーの顔面を強打し、弾ける血飛沫。
再度逆からも顔面を捉えるが、レスラーもクロスカウンターを放っていた。
体格差からロックが弾ける。
ロックの逆転劇かと思われたが、レスラーのタフさは想像を超えるものだった。
あれだけの攻撃に曝されて、未だに反撃まで繰り広げられる耐久力。
たった一撃でロックの口から血が滴っている。
その破壊力も脅威だろう。
レスラーも呼吸が乱れたのか、即座に攻撃には移らない。
その隙にロックは呼吸を整え始める。気の充溢を計り、緊張が高まっていく。
破裂するに合わせ、両者は踏み込み拳の語らいを再開する。
暴風のごとき一撃を潜り抜けながらロックは至近から昇竜のようなアッパー。
レスラーはその一撃を顎に直撃されながらも動きの止まったロック目掛けて打ち下ろされる鉄槌。
レスラーは自身の耐久力を誇って当たらない攻撃ではなく、動きの止まった攻撃直後を狙い撃つ算段だ。
ガードもせず、ロックの回し蹴りを喰らいながら、殴りつけるレスラー。
防御を捨てた相打ち戦法。
汗が舞い、血が飛び散る。
それに合わせて声援も飛び交う。
分かりやすい構図になったからだ。
ロックの方はちゃんと防御をしている。だが体重をかけた攻撃姿勢では吹き飛ばされると床に叩きつけられる。投げられているのと同じくダメージの蓄積が残る。
それも長くは続かない。
ロックは更なる踏み込みで鳩尾に肘を叩き込む。
近すぎて攻撃が出来ず、抱き着くようにするレスラー。
その顔面へロックの頭突きが決まり、手が緩む。
腕から逃れるロック。
左右の回し蹴りを頭部に叩き込み、一気呵成と攻撃する。
まずは胸部へと両手での掌打。心臓透し。
レスラーの膝が落ち、動きが固まる。
顎へと左右の拳が飛び、脳を揺らす。
追撃は終わらない。
頭を抱えて、膝蹴り。
体が反ったら腹部へと前蹴り。
先の連打に倍する拳も放ち続ける。
アッパー気味の右フックで上体を上げさせ、落ちてくるところに左のストレート。
最後の意地かそれにカウンターを合わせたレスラー。
だがそれで力尽きた。
膝から崩れ落ちる。
ロックの勝利だった。
本戦一回戦最終試合は空手家と『龍の息吹』の者との対戦だ。
『龍の息吹』の方は桑井 鷹雄とかなんとか。杉は名前を覚えようとは思っていない。
善戦はしているようだったが空手家が圧倒していた。
桑井は噛まれた。
桑井の回し蹴りを空手家はその肘と膝で喰らい付いた。
交差法と言われる物だったろう。
折れたのか、はたまた罅ぐらいで凌いだのか、どちらにしろその脚は使い物にならない。
さらには空手家が回し蹴りを放てば、ガードした腕に穴を穿つ。
空手家は裸足だった。
その蹴りは途中までは甲で蹴る様相にしか見えないもの。
しかし途中から足首を立てて親指一本でガードしたその腕に突き入れた。
足の指先まで鍛えていないと、とても出来ない芸当。
そして空手家の貫き手が桑井の首筋を切り裂き、出血がひどく、桑井は棄権したのだった。
準決勝はしばらく時間をおいてからの開始だった。
杉は馬淵と当たることになる。
その時間を使って回復に努めた馬淵はダメージを負っている様子は見られなかった。
『龍の息吹』の特徴である呼吸法は身体能力向上だけではない。
ただでさえ馬淵はその身体能力向上のため、体温を上昇させる術を会得している。
それを用いて身体のダメージをも回復するようにしたのだろう。
準決勝第一試合が幕を開ける。
馬淵はまるでアウトボクサーのようにステップを踏み、軽快なリズムを奏でる。
一般的には間でもって静と動という動きをする『龍の息吹』の拳法。
それからすると、かなり変わったスタイルではあった。
杉はそれを見ても構えたまま。
馬淵は何かの音楽のようにリズムでもって攻撃のタイミングを計っているようだった。
その異常な速度で接近し、回し蹴り。右の二連打。次は左の二連打。
上段と中段。
その後回転して後ろ回し蹴り。上段へ向かう。
杉はガードを上げる。その蹴りは脇腹へと突き刺さっている。途中で中段へと変更していた。
気をそちらに向けた隙に馬淵は逆回転で杉の頭部へと反対の脚で後ろ回し蹴りを決めていた。
僅かに早く気づき、身体を反らして回避するも額が切れて血が流れる杉。
まるで武闘ではなく舞踏のように舞う馬淵。
また回し蹴りの二連打。今度は両方上段。
次の攻撃として逆側を警戒する杉。
しかしそれは下段、脚への二連撃。
回転して裏拳を放つ馬淵。ジャブのようなものはグローブがなければ、腰の入っていない一撃だと見切りガードを閉じて踏み込む杉。
だが閉じたガードが開かれ拳が杉の顔面へ到達する。
即座に離れる杉。
馬淵は腕を捻り、大胸筋の力を腕に伝えるようにすることでガードの隙間に捻じ込んだのだ。
三度、馬淵は右回し蹴りの二連打。一回目と同じく上段と中段。
音楽を模した攻撃リズムならそれを知っていれば反撃できたかも知れない。
左の回し蹴りも二連撃。こちらも上段中段。
二回目のように違う動きを警戒するあまり、精神的に辛い攻撃になっている。
またもや回転して後ろ回し蹴り。
変化を見逃さないようにするため、反撃にまで手が回らない杉。同じ動きが変化するかもという予測に囚われ、動きを拘束する。
今度は上段だった。ちゃんとガードする。
馬淵は逆回転し、身を屈めて足払い。飛んで避ける杉。
空中にいる杉に左の回し蹴りの二連打を放つ馬淵。
支えがない杉はそのまま弾かれる。
床に着地した瞬間、馬淵の右回し蹴りの二連撃。
二撃目が中段から上段に変化。杉の顔が弾かれる。
また回転するという予想を外し馬淵はそのまま左ストレートを顔面へ放つ。
左右を警戒していた杉はそれをまともに受ける。
同時にその腕を両手で捕まえる杉。
鬼ごっこの鬼の様だった。にやりと笑う杉。
蹴りを放ち、連打する。右、左。それを防がれるのを見ると馬淵の前の試合のように振り回す。
馬淵と違い、片腕を両手で振り回している。
馬淵も杉へと攻撃できない。柔術家同様遠心力に囚われる馬淵。
柔術家同様に杉は馬淵を地面へ叩きつける。手足で突っ張る馬淵に追撃の蹴りを喰らわす杉。防御できずに喰らうしかない馬淵。
幾度も行い、ボコボコにする。逃げることも倒れることも許されない攻撃。
審判が止めに入り、杉の勝利となった。
次回 杉は勝負に勝って試合に負けた。「10 師匠の因縁と家出」
そしてケイの腹筋がまたもや壊される。