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放屁拳  作者: 山目 広介
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08 師匠の過去と第一回大会 4246


 その情報は『龍の息吹』の関係者に瞬く間に広がった。そのため皆が武術大会に向けて稽古に励むようになる。もちろん杉もその一人だった。

 しかし杉は初級者への指導はしっかり続けている。皆から心配されて、組手の時間の短縮を求められてもいつも通りに指導を行った。

 初級者たちは揶揄い過ぎたと反省しながら、自分たちへのしごきが変わらなかったことに涙した。

 だが初級者たちはあることに気づく。

 指導中にはときどきやってくる人物がいることに。


「きっと目的は指導ではない」

「そうだね」

「間違いない」

「お嬢さんが来るからだろうなぁ」

「他が自身の稽古に夢中な中、自分はお嬢さんとの仲を深めるとは。なかなかの策士だな」

「お前、ナカナカってうるさいぞ」

「武術大会の優勝を狙っている人たちは本末転倒だよね」

「先にお嬢さんの心を奪うというのは卑怯じゃない?」

「段取りがおかしいよね」

「でもちゃんと稽古もしているみたいだよ」

「これで優勝まで掻っ攫っていくのは無性に腹が立つ」

「しかし実力は本物だよ」

「ロック先生も強いよ」

「ロックは嫌いだよ。それなら辰巳が勝った方がいい」

「杉も嫌だよ」

「俺は杉でもいいと思うけど」

「藤堂さんも良くないか」

「巨漢なだけだよ。馬淵のおっさんは?」

「あの速いのな。見えないから分からないよ」


 初級者たちがこんな会話をしているのは組手の休憩中だからだ。

 休憩中は解説やら話をしていることが多い杉だが、今は人と会話中だ。

 涼香がまたやってきて指導者が稽古にかまけて初級者や中級者の指導を放り出していることの愚痴をしているらしい。

 杉は武術大会に出場するのにちゃんと指導をしているから、同僚たちへ忠告してと言いに来るのが日課になっていた。

 初級者たちはそれは杉に会いに来る口実だと見抜き、リア充爆発しろをいう思いがあるのだ。

 さっさと口説かないから、優勝賞品にされるんだとせっつくも一度決まったことと頑として曲げない困った人物が杉なのだった。

 ついでに涼香も同様に決定したことだから、とやはり頑固になっている。

 似た者同士だと思い、休憩時間は愚痴に近いものになっていた。






 そうこうするうちに武術大会の日程も近づいてくる。

 杉と涼香の仲も深まっていく。

 そうなると逆に優勝できなかったら、と心配にもなる。

 初級者たちは気を揉んでいた。

 一方、杉は涼香にも心配され始めた。

 そこで伝えることにした。


「安心してください。絶対優勝してみせます。ですからそのときはオレの思いを聞いてください」

「はぃ……」


 当然周りに初級者たちが見ていた。


「あれ、これって……」

「死亡フラグだ」

「いやいや、負けフラグだろ」

「やっちまったなぁ」

「たぶんロックあたりが卑怯な真似して勝ちを攫っていくとみた」

「あり得そうだな」

「賭けはロックだな、これは」

「ああ、本命が敗れた方が儲かるぞ」

「だがロックも人気だからなぁ」


 随分と勝手なことを言われていた。






 武術大会当日。

 『龍の息吹』の者たちも優勝目指し頑張っていた。

 招待した他所の武術家たちも自身の所属団体に懸けて負けられない。

 ある程度のブロック分けの段階で有力選手同士がぶつかり合わないようには調整されているらしく、強者が敗れるような逆転劇などはなかったようだが、それでも盛り上がりを見せていた。


 そこでは大柄なレスラーに殴り掛かる選手がいた。

 いろんな攻撃を受けて受けて、受け切ってからレスラーはラリアットをする。

 相手は両腕でガードするも後ろに飛ばされて、床に叩きつけられる。

 畳とかとは違うため、殴られるよりもダメージは大きいだろう。投げが決まるよりは少ないとは言っても充分に痛いことは間違いない。

 そこへレスラーが足を取り、極めに行く。対戦者は仰向けから俯せへひっくり返された。

 逆エビぞりに固めて、しばらくするとワザと放し、距離を開けるレスラー。

 対戦相手は『龍の息吹』の者だったのだろう。レスラーの技から逃れてから呼吸を整え始める。

 つづいて気が充溢したらまた攻撃を開始する。

 レスラーの後ろに回り込んで近寄ると、そこへ打ち下ろし気味の裏拳が振るわれる。

 それを躱し、体当たり気味に肘打ちを仕掛ける。レスラーはそれを受けるが、その体を捕まえる。

 さらに持ち上げて、パワーボム。

 リングの上ではないため、その衝撃に気を失う対戦者。


 また別のところでも闘いが行われていた。

 対戦者の攻撃を捌き、その腕を取る。

 ついで巻き込むように捻り、投げ飛ばす。

 そしてそのまま腕の関節を極めて俯せにさせて、その背中に片膝をついて取り押さえる。

 ウォーミングアップを兼ねているのか、しばらくすると離れて、『龍の息吹』の呼吸を待つ。

 気が充溢して、攻めてきたところをまた投げ、極め、放し、それを繰り返して、相手にギブアップを言わせる。

 なんともいやらしい闘い方をする人物だった。


 意外と投げや極め技のようなものが多いのか、打撃戦というような闘いが招待選手には少ないという印象を杉は残した。

 だがやはり打撃戦はあるようだった。

 目の前では空手家のような道着姿の人物が登場するところだ。

 対戦者はいきなり吹き飛ぶ。

 回し蹴りだ。防御はしていた。しかし即座に追撃が来たのだ。蹴り足の膝を曲げ、同じ場所への攻撃。

 二撃目の方が威力は弱いはず。身体の捻り、脚や腰、腕の振り、それだけで追撃があれほどの威力。化け物の様だった。

 吹き飛んだ選手の前へと行き、今度は左の回し蹴り。またも膝を曲げて今度は正面から蹴り抜く。

 相手の防御などお構いなし。上から叩き伏せるような攻撃だった。

 再度相手が立ち上がる前へと行き、顔面へ攻撃、受けた相手。しかし上がったガードの下へとボディが決まっている。

 蹴りの威力で押すのとは対照的に殴り合いは相手の隙を衝く構成のようだ。

 下へ意識を持って行けば、左右のフックが放たれる。

 左右に意識をさせてから、空いた正面を下から飛び膝が襲う。無防備に顎へと強打を喰らう相手。

 それで気を失ったらしい。

 空手家の勝利だった。

 さすがにもう少し粘ってもらわないと実力がいまいち判断しかねる杉である。




 見学していた杉にも試合が回ってくる。

 相手は同門。しかも格下。

 それで先ほど見たものを再現してみることにした杉。

 まずは回し蹴り。相手にガードされる。それを膝を曲げ、足首から捻り、腰もクイッと捩じり、回転を伝え、腕を振りながら同じ場所へ追撃。

 相手はよろめき、僅かに体勢が崩れるが、吹き飛ぶほどではない。

 ならばと逆の足でもう一度回し蹴り。膝を曲げ、身体に引き寄せてから正面から叩きつける蹴り。

 これは力の向きが変わったために体勢が上手く制御できずによろめくのか、と分析する。

 先ほどのは耐えた後、同じ方向からの追撃で体勢を整えていないからバランスを崩したということか、と思考を巡らす。

 前へと踏み込み、顔面を狙う一撃。相手に受けさせて、ガードが上がった隙にボディへ攻撃。

 上下に意識を向けさせてから左右のフック。左、右と意識が横方向へと分かれたと見ると開いたガードの下から膝蹴りを飛びつきながら放つと綺麗に顎へと吸い込まれるように叩き込まれる。

 後ろへ倒れ込み、審判が様子を調べて杉の勝利が告げられる。




 気持ち悪い。

 そう杉は思った。攻撃をパターンとして組み込まれているかのようになって嫌な勝ち方だと思ったのだ。

 まあ格下だから出来たことではあると考えるとあまり意味のないものだから気にせずにおこうとも考える杉。

 同格の相手に同じことが通用するとは思えなかったからだ。

 反撃がその流れの前に来る。

 そうでなければ、苦労はしない。


 あと闘いながらだと杉には無理だったが、闘ってみて理解したこともある。

 あの空手家は崩すために蹴りを放っていたということだ。

 倒すための蹴りではなく、押すような蹴り。

 ダメージを与えるために鋭い蹴り、加速させてスピードに乗った蹴りではなく、余力を持ってガードに当ててから押し込むように力を加えて蹴ったのだ。もちろん重心なども把握してるだろうし、向きも重要だろうが。

 フェイントだけでなくあんな蹴り方があるという事実に興味を覚えた杉。


 次の試合で杉はダメージを与えるような鋭い突きを意識して放ったり、また押すような感じで崩す意図で突いたりした。

 それは杉の攻撃に多彩さが増したことを意味した。

 攻撃の幅が広がったことを自覚する杉。


 試合の中で実力がいきなり上がっている杉だった。

 周りも格下との試合で実力が上がってるとは気づく者はいなかった。

 杉は同格と闘う時、全力だった。これまでは。

 力を込めて、その上で相手を上回る。だが相手に力を出させないという方法もあることは知っていた。

 格下ならば、簡単だ。だがもしかしたら同格にも通用するかも知れない。

 そんな手応えを得ていた。






 武術大会も予選が終わり本戦が始まっていた。

 杉は対戦前、昨日のことを思い出す。

 全力でないわけではないのだが、タイミングが違うというべきか。

 最大の威力を出すという意味での全力ではない方法。

 今までとは違う闘い方。

 同格の者との闘いでどうなるか、今日の本戦で確かめようと企む杉。

 対戦は藤堂という同門の猛者。

 残念ながら招待選手とは今回当たらなかった。

 本戦まで来た招待選手は三人。レスラーと柔術家、あとは空手家。

 本戦八枠に分散され、杉は外れてしまった。

 勝ち上がって来れば、杉にも招待選手との試合にチャンスがあるのだが。

 もちろん杉は最初の相手、藤堂に勝つつもりだ。


 杉は本戦の最初の試合だった。

 理由は当然『龍の息吹』同士の同門対決だからで、CМのためにこの武術大会が開かれたからだ。

 順番的には最後の試合のはずだったが、それでは良くないのではという意見になって順番を先にしたのだという。


 試合が始まって、両者が呼吸を整える間の睨み合いが開始。

 杉の対戦相手の藤堂は巨漢だった。

 だからと言って杉は負けるつもりは毛頭ない。

 気が充溢していく。緊張が高まり、頂点を迎える。

 両者が同時に踏み込む。

 巨漢の藤堂の間合いの方が遠く、先に右拳が杉の顔面へ放たれる。

 それを身を屈めて躱し、さらに踏み込み、空いた右脇腹に左の拳を捻じ込む。

 反撃に杉の顎へとショートアッパーを打つ藤堂。

 なんとか回避し離れる杉の頬には今の攻撃の名残が一筋赤く流れる。

 藤堂も伊達に本戦まで上げって来てはいない猛者だ。

 流血に気づき、指先で拭って血を舐めとる杉。

 再度踏み込み、左の突きを躱しガードの上から左を叩きつける。

 さらに頭部へ右回し蹴り。防いで反撃の右を放つ藤堂。だが押し込まれる蹴りに体勢を崩し当らない。

 流れた顎へと左の突き!!


次回 因縁の相手も勝ち進む。「09 師匠の因縁と過去の大会」

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