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放屁拳  作者: 山目 広介
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05 大会予選二日目午後 対 赫怒赤面拳 4953

 大会予選二日目午後。

 冬の肌寒い日でもこの人々の熱気でやわらぎ、さらに試合後の火照(ほて)った体には心地よい風が気持ちいい。そんなガップの感想。

 しかし動いてないケイにはちょっと寒いかも知れない。


「心地いいね。いやー笑いすぎて身体が熱いよー」


 そんな心配するまでもなかったと思い直すガップ。次の試合会場まで向かっている最中のことだった。

 彼女は腹筋が筋肉痛になるまで、笑い転げるような人物だった。


「腹筋は大丈夫?」

「あははは、まだ痛いけど、マシにはなっているから」

「極力、次はダメージ受けずに倒さないとな」

「次も強いのに、大丈夫?」

「本来の闘い方にすれば、だけどね。でも対策練られるとちょっと困るかな、と言った問題があるけど」

「本来? 対策があるの?」

「ああ、放屁拳って対『龍の息吹』の拳法なんだよ。対策は至って単純。我慢すれば良いってこと」

「何故に!? 嫌いなんだね『龍の息吹』が」

「師匠、というか育ての親がさ。ライバルに蹴落とされたから恨みがあるらしいよ。仇だと」

「へー。誰? 誰?」

「楢 鹿九(ろっく)。 俺の親父だってさ」

「おおー、ミステリアス」

「それで今大会の優勝者には『龍の息吹』武闘派のトップ楢 鹿九との対戦が組まれてて、つまりは修行を積ませてくれるらしいんだ」

「なるほど。それが狙いなんだ」

「そうだね。師匠である杉 辰巳を陥れた父を許せないからな」

「だから対『龍の息吹』の拳法?」

「うん、やられたことを返すって言っていたよ、師匠は」

「父親なんでしょ。父親の言い分は聞かなかったの?」

「一緒に暮らしてなかったんだ。それに事実らしいからね。詳しくはないけど」


 話している間に会場に到着してしまう。

 医務室にいたからか意外と間隔がなく、今の試合の次がガップの対戦だった。

 ガップは屈伸したりして準備する。

 前の試合が決着し、審判に呼ばれて武台に上がる。




『両者、構えて! ……それでは、始めっ! コーホー』


 対戦相手は小木(おぎ) 熊太(くまた)

 『龍の息吹』の強者といわれる猛者(もさ)だ。

 体格も名前通りによく、しかし杷木とは違って骨太(ほねぶと)という感じだ。

 縦ではなく横。だが太っているという感じはしない。筋肉を纏っているからだろう。


 試合開始直後、様子見なのか、気の充溢を計ってか呼吸を整え始める両者。

 緊張が膨らみ、破裂する。


 ガッ!


 ガップの打ち込みに合わせ、迎撃を行う小木。左のボディブロウを掌で受け、同じく左のボディブロウをガップの右肘に防がれる。

 次の攻撃、ガップの中段蹴りに合わせ、軸足を狙って鋭く力の逃げ場がないように上から叩きつける蹴り。

 右ストレートを打ち上げながら捌き、懐へ飛び込み右肘をその胸部へと叩き込む小木。


 小木の戦闘スタイルは迎撃(カウンター)に特化しているようだった。

 攻防一体。

 蹴りを捌き、同時に踏み込んでの死角からの背中への一撃。

 体格的にも威力が低いわけではない。

 速度は遅く見えるが、カウンターで相手に合わせることで打撃力は向上している。

 速度が遅く見えるのは無駄な動きがないためというのもあろう。

 捌き、流し、崩し、そして攻め。

 あまりにも洗練された、流麗な攻撃。技として昇華している迎撃。


 ここで、オナラの音が軽快に鳴り響く。


 小木にはちょっとした癖があった。

 連撃には捌いて迎撃を繰り出すのに、激突の初撃には必ず防いで迎撃する。

 そのためガップは防げない、捌けない連撃のパターンを模索し始めたのだ。

 回し蹴りから後ろ回し蹴りなどは最初と同じく軸足を狙われる。だが最初ほどの鋭さはなくなる。

 ガップにとっての右側、小木からは左に対する攻撃は迎撃が強くても、逆側小木の右側からの攻撃の迎撃に僅かに力が弱いこと。

 上段蹴りは防ぐ。顔面への攻撃は避け、踵落としも避けた。小木の頭部への攻撃は迎撃しない。


 分析するなら、小木は右利きで、頭付近の攻撃は対処が甘い。

 外部からでも頭への対処が甘いのは分かるかも知れない。しかし左の攻撃が弱いのは対戦者であるガップだからこその分析だった。


 その左からの迎撃が甘い隙を衝き、ガップは小木の右肩の上に片手で登る、曲芸じみたことを仕出かした。


 片手倒立とかではない。なぜなら脚は折りたたまれて体を丸めていたからだ。

 皆が唖然とする中、小木も困惑した。

 右肩の上。右腕では力が弱くなる。

 左の攻撃も重心の移動が妨げられてより威力がなくなる。

 そもそもそれが攻撃態勢だということに気づいていなかった。



杭墜放屁撃(パイルドライバー)


 ボッ!!

 ドンッ!!


「ぐはぁっ」


 小木は倒れ、ガップは今度こそ片手倒立をしていた。


 ガップが離れて、審判が小木の様子を窺う。

 そして……


『勝者 楢 月賦 選手 コーホー』


 そう宣言し、慌てて担架を呼ぶ。


『骨折している! 気を付けて。コーホー』


 ガップは一礼し、武台からゆっくりと降りるのだった。

 そこへいつものようにケイが声を掛けてくる。


「あはは、ボッ、だって。ぐはぁって言っていたよー」


 そう言ってガップの背中をバシッバシッと叩く。


「それであの技の解説は?」

「う~ん、剛力拳が横へ放つじゃない」

「うんうん。それで」

「だから、縦にして地面でもって逃げ場をなくして、力を充分に伝播ってことで威力が倍増かな」

「ああ、だから一撃だったんだね」

「そうそう。明らかに今までよりも耐久力ありそうだったからね。カウンターも上手いし、でもあんな技のカウンターの取り方なんて知らないと思うから」

「確かに分かんないね。でも力が入れにくそうだったけど」

「そうだね。始め体を丸めて一気に伸ばしてその力を下へとぶつけるんだけど、バランスがシビアだよ」

「へー。そんな技なんだ。頭部への攻撃が弱そうだったから変なことを始めたんだと思っていたよ」

「よく見てるね。あと右利きだから左からの攻撃にちょっと力が弱い部分があってね」

「ほへー。さすがに見ててもそれは分かんなかったよ」

「だから隙を窺えたんだ。普通、拳法などでは左右平等になるように鍛えるんだけど、極度の右利きだったんだろうね。左右のアンバランスが隙へと繋がっていたんだよ」


 報告を済ませ、次の対戦相手を見る二人。


「またまた『赤面拳』の人だよー」

「でも『赫怒』になってるね。『羞恥』とは別なのかな?」

「ごめんねー。そこまでは調べてないや」

「いや、いいよ。今までも助かったし」

「そう。じゃあ気を取り直して次の会場へ行こうか」






 今度はちょっと時間に余裕があったので、トイレに行ったりし試合を観戦もする時間があった。


「う~ん。もしかして強い人がいるブロックにいたんじゃない?」

「でも試合ごとの抽選だし」

「あっ! それだ! 早く終わると早く終わった人物と当たるから、その分強い人と当たる割合が大きくなっていたんじゃない?」

「えっ、そうなの?」

「たぶん、だけど……」


 言われてガップも考える。対戦数が同じ人が当たるわけだが、時間が早く終わればそれだけ対戦数は増える。実力がある人ならば瞬殺もしているだろう。

 早く終わればダメージも受けていないかも知れないし。

 これって、瞬殺出来ても時間を掛けた方が有利なのか?

 いや! よく見ると本戦出場枠は先着順のはず。つまりは遅れてそれが埋まってしまえば、それでお仕舞いになってしまう。

 弱い相手と時間稼ぎしたら、出られなくなる。

 お祭りだから試合は常にあるけど、遅ければ足切りされちゃう。

 まだ、予選からの出場枠は一つも埋まってはいないが、埋まり始めたらすぐになくなるかも知れない。

 瞬殺はしなくても良いだろうけど、遅すぎないようには倒さなければいけない。

 そうやって見ると、時間稼ぎをしているような選手もいる。

 それは有力選手の足止めだったのかも知れない。

 同門で複数の出場をしている理由の一つが分かった気がしたガップだった。


「……さっきさ。父親と暮らしていないって言っていたけど、不仲なの?」

「ん? いや、そもそも会ったことないから。師匠が育ての親だしね」

「……複雑な家庭の事情?」

「複雑……、どうかな? そんなでもないと思うけど」

「確かに、聞いてるだけだとあっけらかんとしてるけど。ごめんね、ちょっと気になっちゃって」

「いやいや。別にいいよ。なんなら夕食時にでも詳しく話すよ」

「ん。分かったー」




 対戦相手は鮫島(さめじま) 大樹(たいじゅ)

 『赫怒赤面拳』という『羞恥赤面拳』と似た名前。

 たぶん関連はあるのだろう。


 一個前の試合はなかなか終わらない。

 片方のボディブロウを受けて膝を衝く。

 そこへ追撃の蹴りを転がって回避。立ち上がって両者睨み合う。


 『龍の息吹』の人たちなのか、呼吸を整え気を練り始める。


 それが頂点を迎えて、弾け飛ぶ。


 両者が中央へ駆け出す。


 片方が飛び上がる。飛び蹴り。他方も腕を交差して耐える。

 更なる追撃。空中に居ながら回し蹴り。それもガード。

 が、逆側から逆の脚での回し蹴り。

 防御も出来ずに頭部へ受けて崩れ落ちるしかない攻撃。


 空中での三連脚。この勝者の必殺技なのかも知れない。






 漸く出番となったガップ。

 武台へと上がり、鮫島と向かい合う。

 審判の号令で試合が始まる。

 始まるとすぐに鮫島は顔色が変わる。真っ赤に。

 様子見ではなく、一気に攻めてくる鮫島。

 近づき左右の回し蹴りを放つ。先ほどの試合のように片方の蹴りに気を取られていたら後頭部へと蹴りを貰って沈んでいてもおかしくはない。

 しかも最初の蹴りに飛んで威力を減らそうとすれば逆からくる蹴りに向かっていくためにカウンターのように威力が激増する。


 しゃがみ込んでの足払い。ガップは跳んで躱す。そこへ回転をそのままに後ろ回し蹴りを放つ鮫島。

 ガップは防いでも足場がないため、吹き飛ばされる。


 鮫島は足技が得意なようだ。もしくは油断を誘う罠。

 ガップがそんな鮫島へ声を掛ける


「あんたは鯨井たちと関係があるのか?」

「あると言えばあるんじゃないか。修行法が違うってだけだが」


 それに応じる鮫島。

 接近し蹴りを放ちながら続ける。


「向こうは恥かきながらだが、うちらは違う。怒り。それによって力を得る」

「『赤面拳』には違いはないんだ」

「だが怒ったりできないから辱めにあうやつらと違って、殴られ蹴られて腹が立ってやり返す。だからやつらよりも技術が高いんだよ、俺らはぁあああ」


 前蹴りから踵落とし。それを防いで前に出るガップ。だがその腕のガードを踏み台に飛び上がる鮫島は、そこから逆の脚でガードの上から蹴りを叩きつける。吹き飛ぶガップ。


 距離が離れ、だが瞬歩法で一気に飛び込み顔面へストレートを放つ。それが弾かれる。蹴りだ。弾いた返しにガップの顔面へと蹴りが飛ぶ。

 弾けたように大きく躱す。

 顔面を狙って視野狭窄を起こし、下からの蹴りに気づかなかったガップ。

 それより上半身を動かさずに懐へ潜りこんんだ者へと蹴りを繰り出せる柔軟さも鮫島の脅威に映る。


 体勢の崩れているガップへ鮫島が急接近。

 だが口を大きく開いただけのガップに大きく後退する鮫島。


「逆流放屁臭」


 腸内で発生したガスを口へと逆流させて放つという技だった。

 そこへ追撃を放つガップの剛力拳。


 吹き飛ぶ鮫島。武台の上で踏みとどまるも腹を押さえて苦悶の表情を見せる。

 しかし攻めを止めずにガップへと再度突撃する鮫島。

 ここで初めて鮫島が殴りにかかる。

 回避するガップ。

 鮫島がガップの方向へ振り向くと、またも表情が苦悶に彩られる。


「異常放屁臭」


 鮫島が攻めてきたときに無音で罠として仕掛けられていた異臭攻撃。そこに飛び込む鮫島。

 そこへガップが追撃の剛力拳。


 ガップは対『龍の息吹』の戦術を取り始めていた。

 呼吸が上手く出来ないような状況での攻撃は身体強化系の鮫島でも充分に脅威だった。

 赤面拳とはもう闘ったため、あまり対戦のメリットがないからだ。


 再度仕掛けた鮫島の攻撃をまた凌ぎ、離れようとしたところへ一気呵成と攻撃をするガップ。

 そして飛び込み体を反転させる。鮫島は後ろ回し蹴りを警戒。

 だが反転したまま近づくガップを怪訝に思う。

 そしてケツが顔面へと近づきこれが攻撃だと気づく。だが気づくのが遅かった。蹴り主体であったため、そんな攻撃があるなんて思ってもいなかった鮫島。

 ヒップアタック。


 ブフッ


「窒息放屁臭」


 即座に離れるガップ。

 鮫島は仰向けになって倒れていた。


 起き上がる気配がないため、審判がそっと近づき様子を確かめる。

 鮫島は気を失っていた。気絶である。


次回 相手はなかなか倒れない。そこでガップは奥義を使う。ブリィイイイイイッ


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