03 大会予選二日目午前 『龍の息吹』 4528
大会予選二日目。
今日も天気が良い。
ガップは食堂の前に来て待ち合わせていたケイを待っていた。
「あ、おはようケイ」
「おはよ……」
腹を擦って現れたケイ。顔色も優れない。
「ど、どうしたの?」
「ちょっとお腹が、ね」
「胃腸薬貰ってこようか?」
「あ、そういうんじゃないから」
「あ~、もしかして月のモノ?」
「ああ~、ちゃうちゃう。昨日笑い転げていたでしょ」
「周りが引きまくっていたね」
「……えっ。そんなに!?」
「美人さんが笑い転げていたら不気味だって思ったんじゃないかな」
「ま、まあ仕方がない。忘れましょう。それで、ね。笑いすぎて、ね。腹筋が、その……」
だんだんとケイの言葉が小さく聞き取れなくなる。
「ん? 腹筋がどうしたの?」
「……痛」
「なに? 聞こえなかった。もう一度言って」
「筋肉痛だって言ったの!」
「えっ!? 笑いすぎて? マジで! ぷっ、くくく、あはははは」
「ちょ、笑いすぎよ」
「いいじゃん。筋肉痛にはならないからさ」
「もう」
そういって膨れっ面になるケイ。
「なら朝食は食べられるんだよね」
「まあね。さっさと入りましょ」
そうして朝食を頂く二人だった。
「そういや、昨日のどうやって勝ったの?」
「ん? 鯨井にってこと?」
「うん。ガードされてたのに最後大技じゃなさそうなのに段々と防げなくなってボコボコにしてぶっ飛ばしたじゃない。どうしてなのかなって」
「へぇ~」
「なぜに、感心顔なの? 見に来るんだから武術にちょっとは詳しいわよ」
「いや、そうじゃなくって、あれだけ笑い転げていたのにちゃんと見ていたことに驚いて、ね」
「忘れてよ、それは。で、どうなの?」
「ああ、簡単だよ。鯨井は同じ攻撃に対して全く同じ防御をしていたんだ」
「どういうことよ」
「剛力拳を放ったら、毎回同じ場所で受けていたんだ」
「防がれていたんでしょ」
「そうだよ。でも彼は強力な攻撃に耐性がなかったんだよ。同じ攻撃を何度も同じ場所で受けていたら、そこが壊れてしまう。あの赤面拳使っていると多分感覚も鈍っているんだと思う。それで腕が壊れたのに気づかず、そのまま戦っていたから腕が上がらなくなってしまったんだよ」
「なるほどねぇ。でもガップの拳は大丈夫なの?」
「これでも鍛えているからね。大丈夫なんだ」
昨日の試合のことを話しながら朝食を食べ、今日の試合の会場へと移動を開始する、ガップとケイ。
今日の対戦相手についてケイが情報を持っていた。
「昨日鯨井と会話していた馬淵って人、覚えてる?」
「一応」
「あの人と同門みたい。『熱鬼昇神拳』ってのだね」
「へ~、どんなのなの?」
「修業が厳しいらしいよ」
「それ昨日と同じだよ」
「じゃあ訂正。風邪を引くまで冬場に水掛けて半裸で待機とかそういう修行らしいよ」
「何故に!?」
「なんか普通は平熱が37.0℃までしか上がらないらいいけど、その修行で限界を突破するためだとか」
「うわぁ、虐待とは言われないの、それ」
「うん、言われてる。だから本人や親が許してないと直ぐに止めるから人が集まらないんだって」
「そりゃ、そうでしょう。というかよく潰れないね」
「一応結果出したり、大人になってから風邪ひかないらしいし、そういう事情で残っているとか」
「ふ~ん、それで強いの?」
「段階にもよるっていうけど37度まで体温を上げれる人が下っ端で、38度で中級、39度で上級、40度で特級という判断らしいよ。武術の腕は別で」
「昨日の鯨井の仲間たちも武術の腕は大したことなかったが生き残ってたりしたからね。そういうものか」
「うん、『赤面拳』と同じで身体能力強化というものみたい」
「あれ? 昨日はそんなに詳しくなかったのに?」
「調べたんだよ、当然でしょ」
「へー、すごいね」
「へへ~んだ」
そして時間が進み、試合が始まった。
右前蹴り。死角と思われる下からの攻撃を横に華麗に躱す。
すかさず踵落とし。僧帽筋に食い込む。だがそれを予期していたように腕をその脚に絡め関節を極める。
腰を落とし、逆の脚で胸元を蹴り、体を捻って関節技から辛くも抜け出す。
拳法の試合なのに関節技が飛び出すのは何でもありのルールだからだ。
ガップの試合ではないが、面白い試合が行われているので二人で観戦しているのだった。
タックルしたり、寝技に持ち込もうとしたり。
異種格闘技戦というものを見せてくれる面白い試合だった。
今回は関節技使いが、相手の正拳突きを投げ飛ばして、腕を取って関節極めて試合が終わってしまった。
試合観戦を楽しんだがいよいよガップの試合だった。
呼ばれて武台に立つガップ。
『……始めっ!』
ガッ!!
開始早々、ぶつかり合う両者。
回し蹴りが交差する。
続けてガップの下段蹴り。相手は飛んで回避。
それだけではなく、回転して後ろ回し蹴りが飛ぶ。ガップが防ぐ。
その間に着地して踏み込み、顔面に右フック。左ボディ。防戦一方のガップ。
『熱鬼昇神拳』は身体強化系。その速度が思っていた以上に速く、ガップは凌ぐので精一杯だった。
だが、ある程度防ぐと攻めの癖が分かるようになった。
そして相手の左アッパーを躱して、左ストレートを喰らわす。
そこでいつものように間合いを開け、両者が呼吸を整え始める。
ガップは出し惜しみは出来ないと空気を喰らい始める。
気の充溢が頂点に達して再度ぶつかり合う二人。
ぷっぷっぷっぷっ。
ドッドッドッドッ。
続連弾、瞬歩法、など駆使して闘うガップ。
にもかかわらず、相手はそれに対応してくる。
ガップの攻撃には緩急があった。放屁拳と普通の攻撃だ。
それは相手も認識していた。放屁拳のときは歯を食いしばって耐えていたのだから。
その緩急。あると分かれば、常に全力で防ぐという行為は一方的に疲労をさせられる。
ならば、通常の攻撃にはそこまで力を出す必要なない、と判断することは悪いことではない。
だからこそだった。その一撃には音がなかった。そのために対戦者は油断した。だが責められないだろう、ガードはしていたのだ。しかし……。
ズドンッ!
「脱・無音放屁」
対戦選手は場外で気絶していた。
『勝者 楢 月賦 選手!』
審判の宣言により試合が終わる。
「あははは。まさかすかしっぺとは、さすがだね、ガップ」
「今日は笑い転げないんだね」
「さすがに慣れたよ。じゃあ報告に行こ」
「ああ」
受付への報告も慣れか、スムーズに終わる。
次の試合も受付の順番だったりするのかサクサク決まって次の会場へと行く。
今日は昨日よりも試合の間隔が短いために急かされている気分に陥るガップ。
すぐにまた試合が始まった。
『……はじめっ! くふぅ』
……。
何故か審判が対毒ガス用のガスマスクをしていた……。
とりあえず、ガップは無視して試合に集中する。
対戦相手は牛田 藤二というらしい。
ケイの情報だ。
正真正銘の『龍の息吹』の人のようだ。
しかも今までのような力押しタイプではない。
試合巧者という感じだ。
試合中にそのように分析していたガップ。
巧者。
それはやり難い、そう感じる、相手に力を出させないようにするタイプだった。
例えば、殴られたら防ぐ。次、同じ攻撃が来たら防ぐと見せて、捌いて流す。そして体勢が崩れたところに攻撃をしてくる、といった具合だ。攻めれば、躱し、引けば、押す。潮の満ち引きの様だった。
兵法で言えば、相手に実力を出させずに勝つのは良いことだろう。
だが対戦するとなれば、やり難く試合では嫌われやすい。
その上で弱いわけではないのだから、力の温存をして闘っているのだろう。
ガップも力押しの方が好きだった。この暖簾に腕押し状態は力が出し切れずに終わってしまうと危惧させるに充分な巧みさだった。
そこでガップは崩しにかかる。
試合中、相手の右袖を右手で掴む。相手も対応できるようにだろう、同じく右袖を掴む。
両者の動きが止まり、固まる。
『龍の息吹』に投げ技がないわけではない。拳法だが総合格闘技でもある大会を開いているのだ。投げも関節も教えている。それでも通常で使わないのは拳法と謳っているからだ。
次の瞬間、投げるように右腕を巻き込みながら持ち上げるガップ。
相手の右腕で作った死角を衝いて左の中段回し蹴り。だが左の掌で受けていた相手。
今度は相手が投げるように反転して腕を肩に担ぐ。
だがそれこそがガップの待ち望んだ隙だった。自らで死角を作ってしまったのだ。
相手へ一歩踏み込み、左拳を背中へと据えて、放つ。
「放屁剛力拳」
ぼふっ!
ズドンッ!!
場外に飛ばされる牛田。
審判が倒れている牛田に近寄り状態を尋ねるも拒否して立ち上がる。
ゆっくり歩きながら武台へと上がってくる。呼吸を整えながら。
牛田は眼つきが変わっていた。ガップを睨んでいる。鬼の形相と呼べるかも知れない。
消化試合とでも考えていたようだが、実力を出さなければ負けると自覚したようだった。
そして試合が再開される。
「「うぉおおおおおおお」」
ガシィイイイイイイイイイ!!!!!
今度はガップの攻めに対応が同じ力押し。
そこからの打撃の応酬。拳が舞う。
牛田はさらに踏み込み、肘打ち。躱すガップ。
次はガップの膝が牛田を襲う。間に掌底を叩き込み防ぐ牛田。
そして同時に左の上段回し蹴り。もちろん右腕でガードする両者。
またしても同時に左正拳突きを放つ。
しかし変化がおこる。牛田は右腕で受け、ガップは半身になって躱す。
ここでガップの右拳が牛田を捉える。受けず、躱したため一手先んじた。
「放屁剛力拳」
ブハッ!
ドゴンッ!
再度場外へと飛ばされる牛田。
苦鳴を漏らし、倒れていたが顔を上げる。
床に手を突き立ち上がろうとする牛田。
だが無情にも意識が切れたように倒れていく……。
『勝者 楢 月賦 選手! くほー』
……。
審判の格好でテンションが下がるガップ。マスクの下にマイクも付けているんだろうがヒドイ。
ガップは一礼をして武台を去る。
「あははは。ぶはっ、だって。ぶはっ」
「応援ありがとうケイ」
「牛田、強かったねー」
「そうだね。まさか二度もまともに剛力拳を受けて立とうとするとは思わなかったよ」
「そうだねー。最後熱かったねー。それと最初の渋い、いやらしい攻撃も良かったよねー」
「あ、ああ。あれは嫌な攻撃だったな」
担架が牛田を運んでいく。それを眺めながら、先ほどの試合を思い返す二人。
「さぁ、次々。報告に行こう」
「そうだね、行こうケイ」
杷木 虎次郎。
それが次の対戦相手だという。
この人も『龍の息吹』のどこぞの支部の強者らしい。先ほどの牛田と同格ぐらいの腕だという。
一度試合を見ていた。昨日のどこかで見たのだろう。
相手が弱すぎて直ぐに終わってしまったため、詳しくは分からない。
だが長身で動きが速いことは分かっていた。
武台の上で見るとガップの身長よりも頭一つは大きい。
早速試合が始まろうとしていた。
『……始めっ! コーホー』
……。またしても審判はガスマスクをしていた。流行っているんだろう。そういうことにする。
ガップは試合に集中することにした。
試合は気の充溢から始まった。
普通に試合をする人物なのだろうか、この杷木という男は?
いや。普通に闘ってもあの手足の長さ。先に攻撃が届くという有利。だからこそ、力で押し切るつもりなのだろう。
そして……。
次回 ガップのオナラで皆が笑うと対戦相手も吹き出した。ぷっ くはは