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放屁拳  作者: 山目 広介
2/20

02 大会予選初日 対 羞恥赤面拳 5307


『勝者、(ナラ) 月賦(がっぷ)選手』


 初戦では勝者しか名前を呼ばれない。

 なかなかの強者だったのに惜しいとガップは思うのだった。


「すごいすごい! 瞬殺だったね。これほど強いとは思わなかったよー」


 ガップへケイが近寄って捲し立てて喜ぶ。

 満更でもないガップ。


「いや~、でも相手選手も強かったよ。蹴りで吹き飛ばされたし」

「それでもだよ。勝ったんだから自分を卑下しないの。相手選手も評価が下がっちゃうんだから」

「ああ、そっか。分かったよ」


 それから受付で勝ったことの報告をして選手募集の受付終了までは試合は決まらないそうだから観客席へと二人で向かうことにしたガップとケイ。

 その途中に出会(でくわ)したのは、またしてもケイとぶつかった男だった。


「また会ったな。どうやらそちらも勝ったようだな。ならばどこかで闘うこともあるだろうから名乗っておく。オレは鯨井(くじらい) 梨玖(りく)だ。お前の名は?」

(ナラ) 月賦(がっぷ)だ」

「オレの前まで勝ち残ってたら負けを教えよう」

「ふんっ」


 鼻息で返事をするガップ。

 鯨井は取り巻きとともに歩み去った。

 気障(きざ)ったらしい言い草にガップは反吐(へど)が出そうだった。




 観客席に到着して試合を見ることにした二人。軽く摘まめる物を購入して食べながらだ。


「それにしてもガップが『龍の息吹』の人だったとは知らなかったよ」

「ん~、関係者というか、流れを汲んでいると言った方が良いのかな? 放屁拳というのが身につけている武術の名前なんだけどね」

「ほーひけん、ほーひけ。……包茎?」

「違うから!? 放屁拳だよ」

「大丈夫よ、剥けば」

「いやいやいや。遊んでない、俺で?」

「ふふふ、分かる? でも聞かない名ね」

「そりゃね。育ての親が創始したんだから」

「ほーひ軒。なんかラーメン屋みたいね」

「いやいや、ケンってのはコブシだから。○○軒とかじゃないから」

「ふふふ、分かってる分かってる」

「やっぱり俺を揶揄(からか)って遊んでる~」


 組み合わせも分からず、有力選手なのかも知らず、試合を見ているため強い選手でなければそれほど試合に意識が向かずに話に夢中になっているガップとケイ。


 周りの、野郎ばかりの集団から浮いているため非常に目立っていた。

 さらにいうと「リア充爆発しろ」と殺意を向けられている。

 ただし、状況が違えばこの中の誰かが同じことになっていた可能性もある。

 ガップも女性と一緒になんて初めてだ。逆の立場なら同じように殺意を向けていただろう。

 だから殺意に気づいてはいても、黙ってやり過ごしていた。


 そのうち選手募集の受付時間も過ぎ、次の試合も組み合わせが決まったと放送される。

 ガップたちも次の組み合わせを見に、掲示されたと言われた場所へと向かった。

 もちろん他にも向かう人がいるため、会場が分かれていても人が多い事には変わらない。

 手分けしてどこで次があるのか探す二人。


「ガップ、あったよ」

「どこ?」

「あそこ。右上から9番目」

「あ、ほんとだ」

「放屁拳ってあんな字なんだね」


 選手名の隣に武術の名前も載っていた。名前を売ることが目的のところもいるからの配慮だった。


「相手は『羞恥赤面拳』か。ケイ、聞いたことある?」

「えっと『龍の息吹』の系統ではあったはずだよ」

「そうなの?」

「修業が辛いって有名らしいよ」

「へぇ~。どんなものなんだろう」

「もう行った方が良くない? あの場所での第二試合みたいだよ」

「えっ、ホントだ。じゃあもう行くか」


 目的の武台へ行くと第二試合の対戦者も来ていた。


「「あっ」」


 それは鯨井の仲間だった。動きを見る限りにおいて、あの猿田だとかいう捕まった人物とどっこいという程度の実力に見える。

 よく勝てたな、そうガップは考えていた。対戦相手に恵まれたのか、そう結論付けた。

 第一試合は鯨井の仲間よりは強そうだった。

 試合の選手よりも二段は格がが落ちる、そう見たし、受付終了までの試合と比べても一段下がる程度だったので、もしかしたら何か特別なことでもあるのか、と考え直して警戒だけはしていた。


 第一試合は両選手の力量が拮抗していてなかなかに迫力がある面白い試合だったが、その分決着まで時間が掛かって第二試合を始める際に急かされたガップ。

 武台に上がり、対戦者と向かい合う。

 審判が両者の確認をして、掛け声。


『両者、構えて! ……それでは、始めっ!』


 ガップは先ほどと同じく左拳を前に出した構えだった。

 相手は両足を開き、両手を合わせ、目を瞑っていた。次第に皮膚の色が赤く染まっていく。

 そういえば赤面拳とか書いてあったと思い出す。

 様子を窺うと対戦者は目をゆっくり開き、こちらを眺める。

 準備が整ったようだ。

 ガップは思った、初戦を勝ち進んだ秘密が早々に見られるらしい、と。


 ガシッ!


 ガップの左の回し蹴り。それを右腕で防ぐ相手。

 そのまま腕を振るって弾かれるガップ。そこを相手はそのままストレート。

 頭を横にずらして躱す。


 ボッ!


 空気を引き裂く勢い。速い!

 続けて連打が襲う。

 捌き、流し、受け、防ぐ。

 ガップの予想よりも速く、そして力強い。

 にもかかわらず、その腕前は技の冴えがなく、前動作が丸わかり。

 技術に特に素晴らしいものはなく、反面その身体能力が恐ろしい。

 それがガップの評価だった。

 同じことがあのアニキと言われた鯨井にも当て嵌まるのだとしたら、厄介な強敵だと理解する。


「あはははは、これがあの辛い、恥ずかしい修行の成果だ!」

「ほほぅ、どんな修行だったの?」

「聞きたいか! 教えてやろう。皆の前でな、過去の黒歴史を暴露されたり、好きな人をバラされたり、裸に剥かれたり、その上それらを(なじ)られたり、羞恥で赤面するまで続けられるんだぁあああ」

「ああ、うん。大変だな……」


 拳打の応酬の最中(さなか)、そんな暢気(のんき)な会話をしながら気を窺うガップ。

 辛い修行って意味が、精神的にだとは思ってなく、だからこそ技術がそこまでないけど多分その修行で身体能力が向上するんだろうなぁ、とちぐはぐな実力の原因に思いを馳せ、のんびり考えてこいつらは脅威ではないと判断し、そろそろ決着を付けようと決意する。


 飛退き離れて、呼吸と整える。

 そして、また中央へ。

 それは一撃だった。


 ブゥ~

 ドンッ!


「放屁剛力拳」


 武台の外まで相手は放り出されていた。吹き飛んだ。

 ガップのオナラとともに繰り出された拳によって、赤面することで強さを得ていた相手を、それを上回る力で打ちのめしたのだ。

 審判が相手選手を確認しに行く。

 仰向けの選手を調べ、担架を呼び、戻って宣言する。


『勝者 楢 月賦 選手』


 ガップは一礼をして武台から降りるとケイはお腹を抱えていた。


「あははは、なんで攻撃するときにオナラ出してるのよー、あはははは」

「いや~、だから放屁拳って言ってるだろ」

「放屁ってオナラのことだったのね、あはははは」


 ケイは笑い転げて苦しそうなので、担いで受付に勝ちの報告へ行く。


 ガップが受付で報告している間、横のベンチに荷物のごとく置かれたケイは笑いすぎて地面へ落ち、それでも笑いを止められずに受付からすごく可哀そうなものを見る目で見られていた。

 荒い息をして落ち着かせようとしているケイはガップをまともに見ることは出来ない。

 見るとまた笑い出すから、視線を合わせずに持ってきてもらった飲み物を口へと運ぶ。


「一生分笑った気がする」

「気がするだけでたぶんまた笑うようになるから安心して」

「えっ!?」


 ケイの顔は青褪めた。ガップについて、これからも試合を応援していれば、また放屁拳が炸裂する。

 やばい、爆笑必死だ!?

 別のことに気を取られて、漸くガップを見ても噴出さないようになったケイ。


 ガップの意図は、別に普通に暮らしていればまた笑うこともある、程度のことだった。

 そのすれ違いはケイの笑いを止める役には立ったので、問題なく次の試合までまた観客席で待つ二人。


 そして対戦者の発表と掲示。見に行くとその対戦者は鯨井だった。


「『羞恥赤面拳』って修業が辛い理由、精神的なものだったんだね」

「ああ、そうらしいね。どこで知ったの?」

「さっきの試合中、相手が教えてくれたよ」

「そっか。あの鯨井って人も恥ずかしい思いをしながらと考えるとちょっとおかしいね」

「精神的に辛いからあんなに団結してるんだろうね」

「あのいちゃもん付けてきた人を庇うような感じだったしね」

「庇いきれないと思うけど精神的な繋がりが強いんだろうな、きっと」


 そんな話をしながら次の試合までの時間を潰す二人。

 今回は時間が多少開いたので、ゆっくり移動していた。

 目的の武台に着くともう鯨井の方は来ていたようだった。


『……始めっ!』


 ドンッ!!


 目の前に選手が転がってくる。一撃だった。

 ここまで来てるからそこそこ強いはずなのに、強い選手もいるもんだ。

 審判が来て選手の容体を確認。


『担架ー、こっち頼む』


 そう言って戻り勝ちを宣言する。


『勝者 馬淵(まぶち) 紅葉(こうよう) 選手』


 その馬淵が武台を降りるときに鯨井に声を掛けていた。


「よう、鯨井。そろそろお前とも勝負着けとかないといけないよな」

「オレの勝ちだろ」

「バカ言うなよ。ワシと当たるまで負けるんじゃないぞ」

「お前こそな」


 そんなドラマが展開しているが、ガップにはこの後当たる鯨井が負ける前提で可哀そうに、と思っていた。


 武台ではまた別の試合が始まっていた。


 目の前にいるため、実力を推し量りやすかった。鯨井はガップがさっき闘ったやつより通常で強い。にもかかわらず、あの赤面状態になればもっと強くなる。

 ガップは温存とかも考えていたが、到底そんなこと言える状況ではないと判断した。

 そのため、準備をしておこうと大きく息を吸い、食らう。それを繰り返していた。


「何してるの?」

「準備さ」


 ケイの疑問に応えるガップ。だがそれはケイの期待した答えではなかった。


「どういうこと?」

「次の試合で必要になるからね。補給しておかないと、ね」

「だから分からないよー」


 ちゃんとは答えず、また空気を食らっていく行為を繰り返していた。


 そしてまた試合に呼ばれる。

 武台に上がる鯨井とガップ。

 審判が確認して開始を宣言する。


『……始めっ!』


 不用意に飛び込まずに呼吸を整えるガップ。

 鯨井も左半身を前にする構えのまま顔、首筋、耳、両手など見えるところが赤く染まっていく。

 やはり一試合前の相手と違って準備に時間が掛からないらしい。

 前の相手なら開始直後は隙があった。だが目の前の鯨井にそんな隙があるわけがなかった。

 両者の呼吸が合い、気が、緊張が高まり次第に頂点に達する。


 ガシィイイイイイイイ!!!!


 ガップは右回し蹴りを。

 鯨井は右正拳突きを。

 同時に放ったが、蹴りの方が強い、にもかかわらず吹き飛んだのはガップの方だった。

 前の試合と違い、本気の蹴りだったが通用しなかった。


 ぷっ、ぷっ、ぷっ、ぷっ。


 異様な速さを見せる鯨井。だがガップの方も負けていない。その速度は拮抗している。


「放屁瞬歩法」


 ガップが動くたびに気が抜ける音が聞こえている。

 おならの勢いと共に加速し、反転するときは反動をおならの力と共に強化する。


 しかしその攻撃は速くても鯨井に凌がれていた。

 攻撃力が足らないのだ。

 ガップが上段右回し蹴りに、中段の左回し蹴り。肘で受ける鯨井。

 ガップは上がった左のガードの隙へと右正拳突き。即座に反応して鯨井は肘を下げる。

 反撃の右正拳突きを鯨井が放つもそこにはもうガップいない。

 回り込んでまたしても攻撃を続ける。

 脚への下段蹴り、顔面への攻撃、上がったガードを抜けてのボディ。

 それでも鯨井を崩せるほどの攻撃力が足らない。

 ヒットがあってもダメージに繋がっていない。


 このままでは鯨井が勝つ、そんな予想が立ち始めたときだった。


「放屁剛力拳」


 ぶぅうううう!!

 ドンッ!!


 それはガードの上からだった。だが初めてガップの攻撃で鯨井が後退(あとずさ)った。

 大きなオナラと共に放った拳が鯨井を弾き飛ばしたのだ。


 鯨井の反撃が減る。防御により力を入れ始めたからだ。

 ガップの攻撃で崩されたガードに先ほどの攻撃を食らうわけにはいかない、という思いから攻撃よりも防御へと行動が変化したのだろう。

 ガップの攻撃も何度か、あのオナラと一緒に放つもそれらはすべて鯨井にガードされていた。


 それは何度目かの呼吸を整える、間の時だった。


「そろそろ頃合いだ」


 ガップの言葉だった。

 今まで確かに押していたが、それでも決定打はなかった。なのにこの発言。


 気が充実し、また中央でぶつかり合う両者。


 ガップがいきなり大技を繰り出す。

 それを悟って、防御に回る鯨井。


「放屁剛力拳」


 ブゥウウウウ!!

 ドンッ!!


「放屁続連弾」


 プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


 今までと違って移動に使わずに攻撃に使用するオナラ。

 鯨井は凌ぐ。だが、次第に防ぎきれず、攻撃が当たっていく。

 剛力拳よりも威力は弱い。しかし弾けない。捌けない。

 崩され、攻撃を受けていく鯨井。

 そして、鯨井の腕が上がらず、ガップ攻撃態勢になる。


「放屁剛力拳」


 Bоооооо!!

 ドンッ!!!


『勝者 楢 月賦 選手』


 審判が鯨井の確認もせず、ガップの勝利を宣言する。

 担架が来て倒れている鯨井を運んでいった。


次回 ケイは笑いすぎてお腹が痛い。ガップは気遣い声を掛ける「大丈」ブー

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