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放屁拳  作者: 山目 広介
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01 大会予選初日 出会いと初戦 4693

 良く晴れた日であった。本来なら冬なので肌寒い日。

 それでも朝早くからあちらこちらで人が(うごめ)いている。通りには人で溢れていた。

 陽射し同様に、肌寒さを感じさせない熱気に湧いている。

 これから開かれる武術の大会があるからだ。それもかなりの規模のものだった。

 また予選では飛び入りも受け付ける程、募集して更に参加人数は膨れ上がっているそうだ。

 主催者が『龍の息吹』と言う団体で格闘系ではもう聞かない日はないぐらいに有名なところだった。

 身内だけではない、他所の団体からも招待しての大規模な物。

 だからこそ自分たちもと無名な団体からの飛び入りが後から押しかけてきていた。


 そしてここにもその飛び入り参加をしようと野心を抱えた若者がやって来ていた。

 その顔は右に左に移動する。田舎者丸出しといった風情があった。

 ドンとその若者を押す人物がいた。

 当然その人物はこの人混みに押されて()つかってきたのだ。


「すみません」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 田舎者の若者はそんなことで腹を立てたりはしなかった。逆に相手が女性であったため、鼻の下が伸びている。

 その女性が離れていくことを立ち止まりながら見ていると、またもや別の人物に打つかってしまう。この人混みだ、多少は仕方がない部分もあるだろう。

 しかし今度は相手が悪かったようだ。若者の時とは違い、体格差から弾かれて転んでしまう女性。

 若者の時は、若者が一歩引いて衝撃を受け止めたことも大きいだろう。

 その道着姿の人物の後ろから同じ道着の者が現れて、女性を恫喝する。


「おいてめぇ、うちのアニキになんてことしてくれるんだッ!!」


 女性は転倒していたのに素早く立ち上がって頭を下げた。


「すみません」


 女性は先ほどと同じく素直に謝った。だが相手は若者とは違っていた。


「謝って済むんじゃないんだよ。慰謝料だせやっ!」


 そう言って女性の襟元を掴みわずかに持ち上げる。


「なんなら体で支払ってくれてもいいだぜッ、へっへっへ」


 男はいやらしく女性の体を嘗め回すように見渡す。

 女性はなかなかのスタイルの持ち主だった。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 周囲はいつの間にか人が囲むように離れていた。触らぬ神に祟りなし、ということだろう。

 それでも興味深そうに事の経緯を観察はしている。野次馬根性丸出しだ。誰も止めようとはしない。


「ちょっと待ちなよ。謝ってるんだから許してやれよ。それともアニキと呼ばれている、その体の筋肉は張りぼてで女性に打つかっただけで怪我してしまうものなのかい?」


 一人いた。先ほどの田舎者だ。だからこそ怖いもの知らずで声を上げられるのだろう。


「行くぞ」

「ですがアニキッ」

「置いていく。先に会場に行っているからな」

「分かりましたッ。直ぐに追いつきますッ」


 アニキと呼ばれた男は他の取り巻きを連れて行ってしまう。

 残されたのはいちゃもんを付けた一人の男だけだった。


「それで嬢ちゃん、体で払う気になったのかいッ」

「まだ言ってるのか。アニキとやらは行ってしまったぞ」

「うるせぇ、引っ込んでろッ」


 男は若者に殴り掛かる。今日のここは武術大会が開かれる予選がある場所だ。血の気の多い者が集まるから当然喧嘩もある。

 周囲の野次馬はやれやれーと囃し立てて煽ろうとした。

 だが若者は男の拳を鮮やかに首を逸らして回避する。

 そこで男もムキになって逆の拳で打ちかかる。

 しかし当たらない。手を使って払ってしまう。

 更なる追い打ち。右に左に拳が放たれるが若者には当たらない。

 仕舞いに息を切らせてしまう。


「キサマッ! 素直に殴らせろッ」

「嫌だよ。当然だろ」


 そこへ騒ぎを聞きつけた警備がやってくる。


「警備の者だ。何をやっている。誰か説明できる者はいるか!」


 そして警備が見たのは若者の隣で横になって倒れている男だった。


「女の人にいちゃもんつけて倒れちゃったんですよ」 


 そう言う若者に女性も同意し、周囲の者たちもそうだというため、警備が男を連れていった。


「ありがとうございました」

「いえいえどういたしまして」

「あの、お名前聞いてもよろしいですか?」

「ああ、名乗ってませんでしたね。いいですよ」


 若者は女の子と仲良くなるチャンスに飛びついた。


「オレは(ナラ) 月賦(がっぷ)。ガップと呼んでくれ」

「ゲップ!?」

「ちっがーう! ガップだよガップ」

「ああ、ガップね。分かったわ。私は(くすのき) (ケイ)。ケイでいいわよ」


 名乗り合うとかなり砕けたようすになった女性、いやケイ。


「それにしても変わった名前ね。何か由来でも?」

「いやー、なんか生まれたときにちょうど月賦の支払いが終わったとかで何故か名付けられたらしいよ」

「え、へぇ~」


 ガップの名前の由来に、ちょっと引き気味のケイ。


「まあ、名付け親は別だけど読みは母がその日に月虹(がっこう)を見たからそこから月から授かったと言う意味と聞いたんだけどね。月虹とは夜、月の光で出来る虹のことね」

「あら、いいじゃないの。素敵なお母さまね」

「ははは、ありがとね」


 話題を変えようとしていたケイに、下げてから上げることでいい印象を与えることができたとほくそ笑むガップ。


「あ、そうだ。大会の選手の募集がどこでやっているのか知らないかい、ケイ?」

「ああ、大会に参加希望の選手だったのね。だからあんなに避けられたのね、パンチを。知ってはいるけど行くまでが大変よ、この混みようだからね」

「そう、良かった。人混みは仕方ないさ。教えてくれるかい、ケイ?」

「分かったわ、ガップ」


 ガップとケイは一緒に募集受付へと先ほどの男たちも並んでいた。

 仕方がなく、後ろに並ぶガップとケイ。


「あれ、ケイは並ばなくても良くない?」

「ガップと並ぶよ、付き添い付き添い」

「そっか。ありがとな、ケイ」

「どういたしまして」


 そんなやり取りをしていると、前から声が掛かる。


「猿田はどうした?」

「ん?」


 人間、突然話しかけられるとどうしても反応が遅れるのは普通だ。


「猿田だよ猿田。さっきいちゃもん付けてただろ、お前たちに」

「ああ、やっぱりあれ、いちゃもんだったんだ。警備に捕まってましたよ」


 ワザとらしく言質をとってから答えを教えてやるガップ。


「てめぇ」「やめろっ!!」

「アニキぃ~」

「お前たち、こんなところで恥を掻かせるなっ!」

「でもうちらの技は……」

「いいから黙ってろっ!!」


 そう言ってアニキは頭を下げる。


「すまなかったな、あいつもバカなだけでな。許してほしい」

「ああ、いや、こちらこそどうも」


 と下手(したて)に出られてガップは軽く同じようにお辞儀をする。


「次の方どうぞ」


 そう受付から声が掛かり、アニキと呼ばれた人は行ってしまう。


「アニキはああ言ったが、ここにいるなら試合に出るんだろ。そこで会ったら叩きのめしてやるからな」


 と他の取り巻きに言われながらもガップは無視(スルー)した。


「次の方~」


 受付には何人かいて、空いたところで受付をするために取り巻きとは離れていた。


「名前をお願いしますね。会場は13会場へ行ってください」


 受付を済ませて、言われた13会場へと行こうとするガップ。


「ケイはどうするんだ? 誰かの試合を見に来ていたのか?」

「ううん、違うよ。一人で見に来ただけだから応援するよー」

「ホント。うれしいな。じゃあ一緒に行こうか」


 二人連れだって13会場へと向かうのだった。




 13会場は予選をする会場のようだった。

 ガップはここの受付でさっきところで貰った登録証を渡し、選手登録する。

 受付終了まではとりあえず、一試合行って勝たないといけないらしい。早速試合が組まれている。


「準備に時間はかかりますか?」

「すぐに出れます」

「じゃあ、付いて来てください。早速試合です」

「はーい。じゃあ、ケイ。後でな」

「そう言って負けないでよ」

「あはは。応援してくれるんだろ、負けないさ」




 武台。それは試合場所だ。

 アスファルトやコンクリートとは違う、床の上に木の板で出来たものだ。

 50㎝ほどに持ち上げられたすべてが板で出来ている。

 畳とかではないし、空間もないから投げられたら充分に痛いだろう。

 それでも材質が木であるため、コンクリートとかよりはマシなのかもしれない。


 その上に二人の選手が向かい合う。

 審判が近づき問題はないか確認する。

 両者に問題がないことを確認すると審判は(おもむろ)に発言する。


『両者構えてっ! ……ではっ、はじめっ!!』


 マイクで音量が大きくなってよく聞き取れる審判の声。審判は即座に武台から降りて行った。

 そして始まった試合。

 ガップの初戦はなかなかに体格の良い大柄な人物だった。

 様子見なのか、動きがない。こういう初顔合わせにはよくあることだった。

 相手がどれだけ強いのか、どのような技があるのか、油断をしないものならば当然観察しようとするだろう。

 玄人ならば、僅かに移動していることに気づいているだろう。

 裸足ではないため、指で詰め寄っているわけではない。足首を回転させて僅かづつ移動していた。

 両者とも右利きなのか、左手を前に出す構えを見せている。

 その拳はしっかりとは握りこまず、少し空間がある掌。投げや関節技などもあり、というルールだからだろう。

 沈黙が緊張を高めているのか、周りの騒音は両者からは隔絶されたかのように見える。

 だがその緊張が頂点に達したのか、両者が一気に衝突する。


 ガシィイイイイイ!!


 互いの顔へ右拳(みぎこぶし)を叩き込もうとして、左腕でガードされている。

 やや身長差があって、低いガップの方が不利と周りは評価する。

 速度が同じなら体格が大きい相手選手の方が有利と考えるのが自然だ。

 両者が(こぶし)を引くと同時に更なる攻撃に出る。


 ガツゥウウウウンン!!


 演舞でもしているのか、と疑問に思うほどの同時攻撃。頭部への右回し蹴りだ。

 これも両者ともに左肘で受けたが、体重差だろうか、ガップだけが吹き飛び、離れて着地する。


「「うぉおおおおおおおお」」


 両者雄叫びを上げながら駆け寄る。

 ガップが相手選手の右正拳突きを(ふところ)に飛び込み回避すると、()かさずボディに右フック。

 だが相手も左のガードを下げて肘で受ける。


 しかし、ガップの攻撃はそれだけではなかった。

 左の回し蹴りも繰り出していた。

 右脇腹を蹴られて、飛退(とびの)く相手選手。

 体勢的に追撃ができずにガップも軸にしている右足で床を蹴って下がる。

 

 そしてまた静寂が訪れる。

 これは『龍の息吹』の流れを汲む武術には特徴的な風景だった。

 呼吸を整え、一気に攻める。そして離れてまた呼吸を整える。

 溜めてから放出ということを繰り返すことで間合いを計っていく。

 溜められる量でもって攻撃時間が伸びる訳だが、一気に放出することで威力を増すこともあるため一概には言い切れない。


 両者の気合が満ちるとまた中央で向かい合う。まるで示し合わせたかのように。

 それだけ両者が『龍の息吹』の流れを身体に沁み込ませているいる証拠だろう。

 ガップへの左回し蹴り。

 それを死角となろう右へ体を屈めて回避するガップ。

 相手選手がそれを見越してか、そのまま体を回転させて右の後ろ回し蹴りをガップの下から放つ。

 死角とも言える下からの攻撃を予期していたのか、頭を起こして回避すると上体を起こした勢いで右足を蹴り上げるガップ。

 相手選手も完全に空中にいて逃げ場もないのに、とっさの反応か、左手を床に突き体を(かが)めて回避する。

 だが体勢の無理が(たた)ったのか、左手を床に突いた状態の姿勢。脚は空中にまだあった。

 そこへガップの上げた右足が落とされる。

 ガードしようと右腕を上げるも間に合わずに右側頭部に踵落としが決まる。そのまま床へと叩き落された。


 決着だった。


※月虹は「げっこう」と普通に読みます。

しかしガップの母親はその話を聞いた時、月光と月虹で紛らわしいからと説明で、月虹を「がっこう」というように読み替えられたのだが、その説明はされなかったので誤解をしたという裏設定があります。

過去編で語る予定でしたが、予定が狂ったためにここで捕捉説明。

挿入忘れ。申し訳ありません。


次回 放屁拳の真価が炸裂する。ぷぅ~

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短い文章で小刻みに書かれていて、読みやすいです。 スパスパ進むので、テンポがいいですね。
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