死出山怪奇譚集番外編 現世の死神
剣崎の名を授かった死神の一族は現世に降り立った。陰陽師の一族であり、死神と同等の力を持つ風見家を見張り、魂の循環の要となる死出山を管理する為だった。風見家の方はそんな事は全く意識していなかったが、冥界の方はそれに必死だった。
剣崎廉は死出山に住み、子供の頃から死出山の魂を冥界に導くという仕事をしていた。風見家の一員である守とも出会い、共に人々を守っていた。廉の両親は意識もしていなかったが、廉は人々どの関わり合いの中でこんな事を考えていた。
「人を助けるのもまた、死神の役目だ」
死出山の麓の町が滅んでも、廉はその近くに住み死出山の事を守っていた。
しばらく経ったある日の事、廉は岩石の死神であるクリス、現世で改名して晶子と結婚した。剣崎家は先祖である紅姫の影響で、代々火の死神だった。
そして、一人の子供をもうけた。
死神の子供は産まれる時に、自分の属性の力に包まれる。その子供も、廉と同じように火属性だった。それは晶子にとってはかなり負担だったらしく、産んでしばらくは石化し、力も弱まっていた。
子供は身体を燃やしながらそれを紫色に光らせた目で見た後、産声を上げた。
廉はそれを抱き抱えた。黒い髪の毛と黒いつり目は廉譲りだった。
「火は人間の叡智だって言われてるな、叡智の智…、そうだ、この子の名前は智にしよう」
廉は智の誕生を喜んでいた。晶子も起き上がってその子を大事に育てようと思った。
智は泣き虫で、恥ずかしがり屋だが寂しがり屋で、甘えん坊だった。晶子にずっとくっついていて、たまに噛み付く程だった。廉は最初は余りそれを問題にしなかったが、幼稚園に入れる前に智を冥界に連れて行った。
廉自身は仕事の関係上、しょっちゅう冥界に行っていたが、智は産まれる時以外はずっと現世に居た。
そこに行って智は、自分が死神である事の自覚を持った。
それを感じた廉は、智に死神の鎌をあげた。
「さあ、俺とやり合おうか」
智は早速、鎌を持って廉の所に突進し、お互い鎌をぶつけ合った。
「初めての割には中々やるな」
重たい鎌を持つのは大変だったが、智にとっては貴重な経験だった。
それから廉は、冥界について話しだした。他の死神が冥界で暮らす中で、自分達だけ現世で暮らすのに智は疑問を抱いた。
「父さん、どうして俺達だけ他の死神と違って現世で暮らしてるの?」
廉は優しい口調でこう返した。
「智、生と死っていうのは隣り合わせなものなんだ。だけど、どちらかの状態でしか居られない。俺達はな、死んでるものを相手にしている。だが、それにはまず生きてるものを相手にしなければならない。俺はずっと冥界の死神には、まず現世に降り立って生きているものの様子を見ろって教えてるんだ。だから、智にもそれを知ってもらわないとな」
それは本当の理由とは異なるものだったが、とても大事なことだった。だが、智はまだ疑問を持っていた。
「俺達の仕事は死んだものを送る事なのになんで生きているものの相手をしなければならないんだ…?」
それから智は幼稚園、小学校と人間と関わる日々が続いた。恥ずかしがり屋の部分は収まったが、それ以上に人前で感情を出さなくなった。自分が死神である事を意識したせいで、人間を密かに見下すようになったのだ。そして関わり合いをしない余りに孤立してしまった。智には人間を裁く能力があった、それもあって人間に感情的にはならないと思ったのもあるだろう。
その一方で、自らが死神である事を知られるのを恐れていた。そのせいで死神が馬鹿にされるか、周囲から人々が離れていくからだった。智は両親の前でも感情を出す事が少なくなり、偽りの自分で生きていた。
本当はそんな日々は嫌だった。智自身は自分が死神である事に誇りを持っていた。それなのにそれをずっと抑えて生きていく事が辛かった。
一人の時、智は泣いていた。お気に入りの黒い抱き枕がそれでぐっしょりになる程だった。廉のように良き理解者も出来ず、孤立していた。智はそれで良いと思っていたが、寂しいのは確かだった。
そんなある日、智の所に近づいて来た少年が居た。名前は魚崎貫太、同じクラスで智と同じくらい背が低かった。
貫太は人懐っこいが友達が少なかった、それで智が話し相手になっていたのだ。
「へぇ、そういう事があったんだ」
「うん!僕の話を聞いてくてありがとう、智君」
智は自分の話をしようとして躊躇った。話だそうとすると、どうしても死神の話が出てしまう。結局智は、自分の事を貫太に明かせなかった。
そしてある日の事、廉がこんな事を話しだした。
「智、実は引っ越す事にしたんだ」
「えっ?どうして?」
「死出山の力が弱まってるからな、後はここ以外にも魂が集まる場所があるから」
「そうなんだ…」
五年生の五月の頭、智は引っ越しの準備で忙しかった。そして、町をでようとしたその時、貫太が走ってやって来た。
「智君、行っちゃうの?」
智はチラッと貫太の方を見た。
「うん、もうここには居られない…またね」
智を乗せた車は走って行く、貫太は必死に追いかけ、手を振っていた。
そして、智は青波台にやって来た。前住んでいた場所よりも都会で、人も多かった。智はその中である人を見つけた。それは前世の恋人である岡本香澄だった。生前、智は一人の人間だった。その時好きだったのが生前の香澄だった。その時に誤解を招くような事になり、それが解けないまま死んでしまった。何かを感じた智は近付こうとした。だが、死神の書を開くと香澄は近いうちに死ぬと書かれてあった。これを止めようとしたが、死神はこれには干渉出来ない。そこで智はある人を利用してそれを何とか止めようとした。それは、怪奇小説家の渡辺茂の孫娘である渡辺玲奈だった。玲奈が小学校にいる事や、茂の事は知っていた。智は玲奈に見込みを感じで死神の書を拾わせ、探偵団を結成することを聞いた時に合流し、密かに見張っていたのだ。
玲奈は能力こそ無いが霊力持ちだった。死神の書は霊力で青色の石が填められた黒くて分厚い本から、茶色くて和綴じの本に変わった。茂の場合は妖に憑かれていた事から狂気の力が目覚めたが、玲奈の場合はそれが生まれつきあった。
霊力を持つ人間は稀に死神の存在を認知する場合がある。智はそれを恐れていた。それで死神の姿になって三人に近づき脅した。だが、智は玲奈や勤の事を気にする余り、強力な力を持つ梨乃については余り意識出来ず、先に手を打つ事も出来なかった。戦った結果負け、正体が暴かれる寸前までいってしまう。
玲奈の方は狂気に陥りながら死神の存在を認知していた。
智は香澄の事が終わったら三人の事は捨てるつもりだった。だが、助けた香澄に振られてしまい、智は一度三人の前から消え、再び死神の姿で現れ、玲奈から死神の書を取った。そして去ろうとした時、狂気に陥った玲奈に後ろ指を指され、自分が死神である事を暴かれてしまう。
智は鎌で玲奈を斬りつけ、狂気を断ち切った。
そしてそのまま去ろうとした。どうしようも無くなっていた。自分が思った通りに物事が進まず、挙げ句の果には目的も果たされなかった。
利用した立場のはずなのに探偵団の玲奈と勤と梨乃に情が移っていたのも確かだった。
その時だった、起き上がった玲奈に感謝されてしまった。今までずっと抑えつけていた感情が溢れて止まらなり、智は玲奈の胸元で泣きじゃくった。
それから、智は見違える程に変わった。良き理解者を得た事で本当の自分を見せれるようになり、廉が言っていた事も理解出来るようになった。それからは人の心に寄り添える死神になり、玲奈との日々も順調だった。
そして、玲奈との間に子供が産まれた。玲奈は霊力持ちだったが、それでも生身の人間である事には変わりなかった。智に狂気を断ち切られ、更には霊力を吸収され、子供が産まれる時には力は全く残っていなかった。
智の娘も例に漏れず火の死神だった。産まれるときは燃えながら産まれ、玲奈は火傷を負っていた。
そんな母親を娘はあの時と同じような狂気に満ちた赤い目で見た後、産声を上げた。
智はその子を抱え上げた。
「お前は…、そうだな、真莉奈、お前は今日から剣崎真莉奈だ」
真莉奈は人間と死神の間の子であるはずだが、死神以上に強い力を持っていた。真莉奈も父親と同じように現世で育った。遠慮ない性格だったのか、自分が死神である事を隠す気がなかった。
智は真莉奈の見本となる父として、また死神としてあり続けた。それから孫である昴も産まれ、智は冥界と現世を行き来していた。
玲奈が亡くなってある日の事、智はある人の迎えに来た。その人は大往生で、未練も何も無いと言っていた。だが、一つだけ心残りがあった。
智はフードと仮面を着け、その人に近づいた。仮面からその人の顔を覗くとどこか見覚えがあり、思わず声を上げた。
「君は…、」
それはもう会えないと思っていた貫太だった。智は思わず仮面とフードを取り、声を掛けた。
「久し振り…!覚えてない?」
貫太はしばらく考えた後、あっ、と声を上げた。
「まさか…、智君?!こんな形で会えるなんて…、何で死神みたいな事を…」
「俺は死神なんだよ、ずっと隠してて…何も言わずに消えて、ごめん」
それから二人は、歩きながらお互いが消えた後の事を話しだした。
「そっか…、そんな事があったんだね」
「俺の方から話した事なかったよな」
「って、言うか智君、昔は自分の事を僕って言ってたのに俺って言うんだね」
「あの時は…、自分が自分でいられなかったから」
「そうなんだ」
もうすぐ冥界と言う時に目の前に怪が現れた。
「あっ…!」
怪は禍々しい気を纏った手で貫太に襲いかかってくる。
「待ってろよ…『風集の鎌』!」
智は鎌を取り出して怪に斬りかかると、あっという間に浄化されていった。
「凄い!」
「貫太、もうすぐ冥界だよ」
そして、二人は三途の川までやって来た。ウォルが漕ぐ舟が近付いて来る。
「後の事は任せたよ、ウォル」
「へぇ…、智の知り合いか、任せとけ」
貫太は智に顔を向けた。
「今まで本当にありがとう、智君」
「貫太、こちらこそ、ありがとな」
貫太は舟に乗り、あの頃と同じように手を振っていた。
そして、その舟が見えなくなった後、頬に何かが伝ったのを感じた智は腕でそれを拭い、前を向いた。
「また泣いてたのか、智?」
シェイルがまた智の所に近付いて来る。
「うるさい、俺が泣こうと勝手だろ?」
智は腕を組んでそっぽ向いたが、シェイルは笑っていた。
「お前は本当に良くも悪くも人間らしいよな?」
「シェイルこそ、そろそろ情けって奴が出てきたんじゃないか?」
智はシェイルに向かって舌を出した。
「まぁ、智は人間らしいというか…子供っぽいというか…」
「別にいいだろ?同級生の前だからそれくらい関係ないだろ?」
「ハァ…、寂しいんだな智は」
「なっ…!」
核心を突かれて智はこれ以上返す事は出来なくなった。
「この前も言ったろ?僕達が居るから心配するなって」
「うっ…シェイル、ありがとう…」
智は現世から離れ、今は冥界で暮らしている。だが、仕事はずっと現世だ。現世の事を、生きているものを知っているからこそ出来ることがあるのだと智は思っている。
そして、不条理な怪や妖、悪霊などから人々を守り、死んだ者は少しでも楽になるようにするのがこれからもしなければならない事だ。
死神の寿命は長い、これからも智が飛び回る日々は続いていく。