結成
は?
無意識に出た声は女の顔を鮮明に捉える
『何言って…』
『だからバンドを組むんですよ!』
目を輝かせながら女は言う
こいつはまぎれもない
先程の自己紹介で弾き語りを披露した
黒木 葉音だ。
『なんで俺なんだ』
『それは…その…なんて言うかー 適当!』
はぁ、やめていただきたい
それにこいつは同じ中学。
俺ら軽音部に起きた事は知っている筈だ。
『お前は俺と同じ中学だよな』
『はい!』
『だったら知ってる筈だ俺がどう言う人間か
俺たちがどうなったか』
『あー明確に言うと"だから"なんですよ!』
本当にこいつはおかしい
あんな事があった俺に"だから"だと?
『とにかく俺はもうバンドはやらない』
そう言って彼女が塞いだ道の脇をすり抜ける様にして追い越す。
彼女は追いかけてこなかった。
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翌日。
今日は部活動紹介がある日である
部活生はここで基本的なメンバーをかき集めるだろう。
だが、これは新入生にとっても
大事な行事である。
この部活動紹介という少ない資料の中でどれだけ自分に見合った部活を見いだせるか、
がポイントである。
ここを失敗すれば
恐らくこの高校生活下手したら3年間
を棒に振る事になる。
まぁ帰宅部一択の俺には関係ないが…
『部活動紹介は六時間目最後だから!』
朝のホームルームで教卓に立った担任は
やけに高らかな声で言い放つ
『すいませーん!
都城くーん、お話があるよー!』
朝のホームルームが終わり
淡々と一人で席に座っていた俺の目の前に
来て輝いた目で見つめる、キラキラした笑顔のままこう言った
『一緒にバンド組みましょ!』
昨日の事を忘れたのか…
シカトを決め込んでいると、
『そんなに嫌なんですか!私とバンド組むの
大丈夫ですよー!バンドは楽しいし、メンバーは集まらなくっても二人でやっていけますってきっと!』
『はぁーだから言ったろ、
お前はあの事を知ってる筈だ』
そうだ、俺にはあれがある、あれが。
だから無理だ、俺には出来るわけない。
『それは、知ってますけど…』
『だったらとっとと行け、俺に構ってたら
お前友達出来なくなるぞ』
現に俺は今ぼっちです。
『そんなに貴方が言うなら私も合わせて貰います!』
突然激しい口調になり、顔がこわばり
彼女は続ける
『なんだよ』
『中学のあの一件の後、私は都城くんが
そうやって言って、もうバンドは辞めたって言い回ってたのをよく覚えています。』
そうだ、俺はあの事件を境にもう
自分の生きる意味を失った
『でも私はそれを見てふと思ったんです』
『あなたはそうやって自分から逃げてるだけなんじゃないかって』
その瞬間敗北の感情にも似た
激しい物が胸に突き刺さった
それはあまりに知能の低そうな見た目からは
想像できない発言をされたからなのか
それとも他に何か辛辣な感覚があったのか
かすれる様な声で俺は言う
『もう、あっちに言ってくれ』
彼女はまた抵抗する事なく一言言った。
『六時間目、グラウンドに来てください』
そう言い残し消えた。
男子達は次々と俺の周りに群がってくる
『え?何君もしかしてあの子友達?』
『いいなー!今度紹介してよ』
『いや、もしかして彼女か笑笑』
衝撃を受けたままの俺は愛想笑いしか
出来なかった。
『ごめん、俺ちょっとトイレ行くわ』
ここで上手く話していたら
友達は出来ただろうか…
とにかくその日はその事しか考えられず
六時間目がやってきた。
『テニス部、お願いしますー!』
『サッカー部こいよー』
数々の部活動が屋台の様な形で
テントを立て座っており、部活同士で張り合う様に声を出し合っている。
学校を出た先の中庭の様な場所で
部活動紹介は始まる。
基本的にどう動いても自由になっており
自分が行きたい部活のコーナーに足を運べる
俺は自然とグラウンドに足を運んでいた
それが素直な気持ちなのかは分からない
あの言葉がそうさせたのかも…
グラウンドに付くと、誰もいない静かなグラウンドで一人、小さなアンプに繋がれたテレキャスターを背負いマイクスタンドの前に彼女はいた。
もう一つのアンプに繋いだマイクに口を当て
彼女は言う
『来ましたか!来ると思っていました!』
一つ間を空けて彼女は言った
『それでは聞いて下さい、"貴方に"』
リズミカルなイントロが鳴り響き
あの時の弾き語りスタイルで彼女は切り出す
あの時よりも遥かに上達しているのは
十分すぎるほど分かった。
ストロークはしっかりとしている。
〜避けたのは向こうじゃない
逃げたのは自分なんだよ〜
軽快なサビに入り繰り出されたその歌詞は
俺の耳に張り付いたまま離れなかった。
何故だろう
否定ができない。イラついていたはずのその
言葉が何が救いの手の様に思えた
俺の心の中で何かが変わった。
歌が終わり、沈黙の中
彼女は言う
『変わりましたか?気持ちは』
変わってなんかいない。
変わってなんかないさ
だが、考えるより先に言葉はもう走り去っていた
『協力はしてやる、だから悪魔で"仮に"だが
バンドを組んでやる』
彼女の目がみるみるうちに輝く。
『本当ですか?!本当ですか?!』
はぁ、分かり易いな
『悪魔で仮だぞ!』
直後、ギターの音を聞きつけたのか
体格のいい体育教師と女教師がやって来る。
『おい!何してる、ここは部活動紹介禁止
だぞ。』
横にいた眼鏡の女教師も口を開く
『うちの学校に軽音部ありましたっけ?』
はぁこのまま行けば明らかに謹慎だな。
ったく、入学早々。
落ついた口調で俺は言った
『どうするんだ、このままだと俺もお前も
仲良く謹慎だぞ』
マイクとギターを捨て
彼女は駆け寄って来る
『逃げましょう一緒に、いや、逃げよう!
そして行こう!一緒に希望の先へ、
あの夢の続きへ』
彼女は俺の手を取り部活動紹介をしていた
中庭の人混みの中へ走り出す。
『おい!こらまてーー!』
自然と嫌な気はしなかった
逃げられる気もしないが
『何処に逃げるんだ?』
『あー!決めてなかったー!』
『あの人混みならごまかせそうだ』
『そうだ!さすが都城くんいや真也くん
頭いいーー!』
笑顔に輝く彼女はそう言って
人混みへと突っ込む。
当然翌日にはバレている
だけど逃げなければいけない気がした
彼女の思いに応えなければいけない
気がした。
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中庭を抜け教師も誰もいない
校舎の裏に逃げた
『はぁ…疲れたね』
『今頃教師どもが探し回ってるぞ、
時間の問題だ』
『いいの!それよりバンド組んでくれて
ありがとね!』
『だから仮にだよ!』
はぁ、ったく、まぁいい
それより俺が引っかかっているのは
あの言葉だ
(夢の続き)
『おい、おま…』
と同時に彼女は言う
『よーーし!
ゼロから始めるバンド生活って
なんか言った?』
『いや何も』
今ここで聞くのは間違っているかもしれない
『よし、やるんだったら徹底的だ』
『おっ、やる気だね〜真也くん。一緒に頑張ろ!』
そう言って笑顔で小指を差し出して来る
『なんだ?』
『最後までやり遂げるっていう約束でもあり
私と最後まで一緒って言う契約』
『はいはい』
そう言って俺は小指を合わせる
この日のことは多分
一生忘れない