第二の氏名
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
つぶらやは、自分の名前をインターネットで検索したことがあるか? ああ、ネット投稿とかを始める前だぞ。今じゃ、それ関連でヒットすることが多かろう。
自分の名前が出るっていうのは、ワクワクする反面、緊張もしないか? これがインターネットの普及していない昔だったら、本や新聞の紙面に残される。
世界に限りある、紙とインク。それが自分という個体のためだけに、一部を使われる。その数文字こそ、本当の「俺・私専用」として存在するわけだ。これが増えれば増えるほど、世界はそのスペースを、個人に割かざるを得ない。
誰とも共有できない、されないプライベートなシチュエーションの確保。これを求めているからこそ、人は群れることを望みながら、独りになりたいという、相反する心も存在するんじゃないか。俺はそう考えているんだ。
名前をめぐる個の存在。それについて、ちょっと興味深い事例を見つけた。聞いてみないか?
日本における名前は「氏名」と言われているな。戸籍にはその戸籍内における各人の氏名を書かなくてはいけない。氏名のうち、「名」に関しては個人を区別するために、古来から皆が持っていた。中には「製造番号」などと揶揄される、シンプルなものもあったが――。
対して、「氏」に関しては持つことに制限がつけられていた時代が長かった。誰でも名字を持てるようになるには、1875年の「平民苗字必称義務令」が出るまで待たなくてはならなかったという。
義務となったため、中には自分で名字を創り、名乗る者もいたらしい。かの与謝野晶子の「与謝野」も彼女の義父にあたる人が創作した名字なのだとか。
そして名前に関しては、重大な使命を帯びてつけられるものもあったんだ。
ずっと昔から、日本各地の山奥に、一人に二つの名前を与えることが義務付けられた集落がいくつか存在していたらしい。
一つ目の氏名は、先祖代々の襲名。歌舞伎とか落語家とかで「~代目ほにゃらら」ってあるだろ? あれと同じだ。
藤原氏を起源とする「藤」の字が混じったものを始め、ポピュラーな苗字に、男なら「男」や「郎」。女なら「子」や「美」が入った、これまた古典的なもの。同じ戸籍の中じゃ、生きている人同士で同じ名前はつけられないから、わずかに名前を変えながら、何十代も続いていたらしい。
二つ目の氏名は、「こんな名前が、この世に他にあるのか」という珍しいもの。いわゆる「キラキラネーム」か、それ以上だったらしい。
現代で数世帯しかないと目されている珍しい苗字も、一説ではこの集落たちを起源とするものが存在しているということだ。この名前は逆に家の中以外は、たとえ集落内であろうとも、めったに使われるべきではない、と言いつけられてた。
「名前は守りだ。かつて自分と同じ名前を名乗った者たちが、名づけと共につき、守ってくれている。だが、いまや苗字をすべての人が持てるようになった。その字、その音の組み合わせは計り知れないものとなったのだ。漏らしてはならぬ。余してはならぬ。これから産まれる者の『氏名』への加護。我らがそれのさきがけとなるのだ」
集落では定期的な呼びかけが行われていたけれど、それは曲がりなりにも道理が見えてきた大人になってからのこと。子供たちの中でも、他人との差別化に敏感な子は、大海に沈んで溶けていくかのような同化ぶりに、嫌気がさすことも多かったとか。
そして、危惧された事態が起こることになった。
明治も終わりが近づき、尋常小学校は6年間授業を行うようになっていた。
その年度、その学級ではたまたま「藤原定男」を第一の名前とする子が11人いたという。各家庭の事情が奇跡的に重なった結果だったんだ。おかげで「定男」に数字を足して呼ぶという決まりができたんだ。
ところが参ったことに、1番に任命された子が、11人中で最も成績が悪かったんだ。勉強も運動も、何もかも。
「1番のくせに、ビリッけつ」。そう呼ばれ続けて6年間。しまいには「さだお」が入れ替わって「ださお」と言われる始末。
努力を怠ったわけではないのに、この仕打ち。とうとう彼も、腹に据えかねたらしいのだよね。休み時間に入って、教師が教室から出ていった時、つい全員に向けて怒鳴っちゃったらしい。
「俺は『ださお』でも、『藤原定男』でもない。よく聞けよ!」と、勢いのまま、二つ目の名前を告げてしまう彼。
そして付け足す。「お前たちと一緒になんていられるか」と。
一気に周囲はざわついた。生徒の中には先生を呼ぼうと、教室の外に駆け出す者もいたが、すでに「定男」も自分の荷物を動き出している。
教室は一階。窓の外はすぐに地面になっていたから、飛び出せばすぐに逃げ出すことができる。自分の言葉通り、身を躍らせながら窓枠を飛び越えて駆け出した彼だが、頭上からの異音に、思わず足が止まってしまったんだ。
振り返った時には、両目の間にあった鼻の骨に痛烈な一撃をもらっていた。骨はひしゃげ、鼻血が噴き出る。そして、この重たい攻撃は、人によって成されたものではなかったんだ。
瓦。近代化の影響を受けて、学校の屋根に敷き詰められていた、西洋で使われているものと同じ形のだいだい色。固定されていたはずのそれが、ひとりでに外れて、猛烈な勢いで屋根を滑り、彼の顔面をとらえたんだ。
瓦は更に、二度三度と降り、顔を押さえてふらつく彼の両腕と両足に食い込んだ。先生がどうにか駆け付けた時、彼はすでにうめき声をあげながら、敷地際に植えられたクスノキの下に仰向けに倒れて、もがくばかりだったという。
先生は駆け寄り、抱き起こしながら、怒鳴る。「すぐに『藤原定男』を名乗り直せ」と。
しかし、彼は折れた鼻の痛みに涙を流しながら、どうにか息を吐き出すばかり。どうにか担いで避難しようとする先生だったが、彼の身体は全身が鉄になってしまったかのような重さで、びくともせず、動かせなかった。
めきり、と枝が騒ぐ音。見ると、彼の頭上高くに伸びた、太いクスノキの枝。それが中ほどから折れかかり、とがった先端を彼の頭に向けて、ぶらぶらしている。このまま落ちてしまったのならば……。
「気をしっかり持て! 名乗るんだ。『藤原定男』だと」
先生が彼を枝からかばうように、覆いかぶさりながら、再び呼びかける。彼は涙声と共に、かろうじて声を紡いだ。「俺は『藤原定男』だ」と。
ほどなく、またも頭上でざわめき。数秒後、彼の顔の横、わずか数センチのところに、クスノキの枝が突き刺さった。抜いてみると枝の先はキリのように、異様に尖っていたようだ。
親に連れられて病院で手当てを受けた彼は、しばらく第一の名前である「藤原定男」のみを名乗ることになった。第二の名前を、家の外にいる多くの「モノ」に知られてしまったからだ。
あれほどすぐに襲い掛かったところを見ると、彼の第二の氏名は、おそらくこの日本に一つしかない。昔から今に至るまで。
だから、八百万が引き込もうとした。これから第二の氏名と同じ名を授けられるものに対する、守護霊となってもらうために。彼はついに第二の名を身内以外には明かさず、その生涯を終えたらしい。
彼らの献身あって、俺たちが考えつくほとんどの名前には、守護霊がついているとのことだ。
だが、全員苗字の歴史はまだ浅い。件の集落たちでさえも、ここ200年程度ではカバーしきれないものだって存在するだろう。そして、ひょっとすると、ずっと以前から続いているはずの名前ですらも……。
俺たちだって将来、名づけをする機会もあるだろうが、くれぐれもひねりすぎて、八百万に引っ張られないようにしたいものだな。




