初メイド喫茶なのになんだろうこの違和感は、っていうかとても深い深い話になっていってるのってラノベっぽい小説に括られた場合面白いんだろうかつまらないんだろうか
「いらしゃいマセ〜」
「いらしゃい」
「ようこそお越しくださいました」
僕らはメイド喫茶、『チェリッシュ』で、5人のメイド風で少女風の女性たちにそれぞれバラバラの微妙な挨拶で出迎えられた。
「こら少年」
「は、はいっ」
「なんだよ、『〜風』って」
「え? え?」
「今そう思ったろう?」
エスパーだろうか。メイド風少女風の女性たちから心の中を寸分違わず言い当てられてしまい、激しく動揺した。
彼女らが装着しているのは確かにメイド服に違いない。
けれども、着る人間と着方によってこうも異次元の様相を呈するものだろうか。
着崩しなんてものじゃない、『着壊し』だと思った。
ある女性はゴスロリというよりはイギリスあたりのハードコアパンクバンドの女性ヴォーカルのようで、メイドとしては完全に破綻している。
別の女性は左右の眼のカラーコンタクトの色を違えて『邪眼』を意識しているのだろうけれども、蛍光色の黄色と緑で、新種の爬虫類を紹介するマニアックな学会のアニュアルレポートにしか見えない。
1人だけ普通に着ている女性がいたけれども、
「あなた様だけを待っておりました。他の方はお引き取りください」
僕の目をじっと見つめ、他の3人に対しては社交性のかけらもない応対をした。
「みんな美人なんだけどねー。個性の出し方が絶望的だよね〜」
村木社長は済まなそうに僕に言う。
「あの、村木社長。この店って何系なんですか?」
「クロスオーバー系」
意味が分からないけれどもそれっぽく聞こえてしまうのが自分でも悲しかった。
「ねえ。ユウリちゃんって言うの?」
「は、はい」
「ヒロオくんは彼氏? 別れちゃいなよー。それで私と付き合わない?」
僕はメイド喫茶に来るのは人生で初めてだ。
いや、そもそも今僕が来たこの場所は、メイド喫茶と呼んでいい場所なのだろうか?
「ユウリちゃん、『情熱と冷徹の入り混じったポークソテー』食べる?」
「ユウリちゃん、それよりも、『黒かと思いきや白でもなくグレーだった琵琶ムース』にしなよー。私、おごってあげるよー」
しかも、僕はまったく見向きもされない。ユウリ1人が何人ものメイド風さんたちに囲まれてホストクラブ状態になっている。隣のテーブルでは花井部長が敬語を使いながら村木社長を叱責しているようにしか見えない打ち合わせが続いている。
「あの・・」
「は、はい‼︎」
さっき客に向かって『お引き取りください』とのたまった彼女だ。
「ヒロオさんて、綺麗な目をしてらっしゃいますね」
「は、はあ・・・どうもありがとうございます」
「わたし、22歳なんです」
「え? ああ、そうなんですか」
女性自ら年齢を言われた場合、なんと反応するのが正しいのか、僕の15年のキャリアでは分からなかった。
分からないので、
「お若いんですね」
と言ってみた。
「若い?」
「え? ええ」
「若くはないですよ」
「え。でも、花井部長と同い年ですからお若いですよね」
「若いっていうのは単純な年齢のことじゃございませんよ」
「え? あ、すみません」
「ヒロオさんは十代ですよね」
「え? そうです」
「余命、何年ですか?」
「え?」
「余命です」
「・・・寿命が80歳だとしたら後65年ですね」
「花井さんってとても綺麗な人ですね」
「え? ああ、そうですね」
「ユウリちゃんもとてもかわいらしい」
「え・と・・・」
「思っていること言っておいた方がいいですよ。ヒロオさんがユウリちゃんを好きなのはわたしには分かりますから」
「え⁈ いえ、彼女はそんなんじゃ・・・」
「ふふ。じゃあ別の質問。ごく客観的にみてユウリちゃんが可愛い容姿をしているっていうのは事実ですよね」
「えーと。はい。主観抜きにして客観的に、実務的に考えたらまあ、そうだと思います」
「『そう』とは?」
「・・・『かわいい』、と思います」
「うふ。それでいいんですよ。それでこそヒロオさんの余命は充実します。あのね、自分らしくあればいい、って違いますからね」
「え」
「花井さんの余命があと10年だとしたらわたしはあと50年生きないと彼女の人生の密度を過ごせない。ううん、50年でも到底及ばないかもしれない」
「そんな」
「ううん。ヒロオさん、事実を知った上で余命の戦略を練るの。わたしは決して悲観してるわけじゃないのよ」
「・・・お名前、お聞きしてませんでした」
「満月」
「ミツキさん」
「ふふ。本名よ」
僕は満月さんの目の奥をじっと見つめてみた。
その名のとおり、目の潤いの深い深い最深部に、小さな、銀色に輝く満月が見えた気がした。