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女子高生1名、女子大生2名、男子高校生1名で一応は女子寮であるはずの四畳半で厳然たる事実についての会話を始めた、ユウリが貞操の危機にあったっていう衝撃的な内容も含めて

「う」


たった1文字にユウリの思いがすべて込められている。

塗料ではない何か得体のしれない粘着質の液体で糊塗されたとしか思えない黒光りの廊下の脇にスリッパが置いてあった。履こうとしてユウリが絶望する。


「やだ」


見ると。スリッパにこれまた未確認の平べったい固形物が張り付いている。確かに僕だってこんなもの履きたくない。

僕は靴下を履いていたのでなんとか廊下の床を歩くことは我慢できそうだったけれども素足のユウリは固まってしまっている。


「戦場ではもっとえげつないもの見たり触ったりしたのに」

「それとこれとは別なの‼︎」

「はい、ユウリちゃん」


花井部長がバッグから取り出したソックスをユウリに渡した。


「わたしのだけど、水虫とかじゃないからよかったら使って」

「え、でも・・・」

「わたしはいいから。ここは慣れっこだから」


そう言って花井部長は素足のままするすると廊下を歩き始めた。

ユウリは履く前にそっとソックスに頬ずりした。


「ちょ、ユウリ。何やってんの⁉︎」

「あ‼︎ わたし・・・つい」


これって、どういう・・・


「長谷ちゃーん、開けるよー」


花井部長がととんとノックをして木の引き戸をがらっと開けた。


「ほら、入って入って」

「失礼しまーす」

「お邪魔しまーす」


多分四畳半。女の人の部屋ってこんなものなんだろうか、と思うぐらいにすっきりしている。布団やら衣類は押入れにしまってあるのだろう。畳の上には折りたたみの簡易テーブルがあり、その人は正座してノートPCで作業していた。実家で飼っているのだろうか、スマートな白猫の写真が飾ってあるのがちょっとかわいい。


「おー、長谷ちゃん。もう起きて大丈夫なの?」

「部長、すみません。わざわざ来ていただいて。え、とその方達は?」


僕らは互いに自己紹介し、花井部長が大まかに僕たちの来意を説明してくれた。

長谷ちゃんがユウリのVネックに反応する。


「あ。ユウリちゃん、それってブレイキング・レモネードのでしょ?」

「え? 分かります? 初めてですよ、ちゃんとブランド名言ってくれた人」

「わたしも好きで。安い割にかわいいからね」

「はい。何と言っても安いですよねー」

「ねー。ほんと、安いよねー」

「ほらほら2人とも。男子1名反応に困ってるよ」

「いえ。長谷さんとユウリが仲良くなってくれてうれしーです」

「長谷ちゃんでいいよ〜」

「えと・・・じゃあ、長谷ちゃん」

「はい」

「僕の話、聞いていただけますか」

「はい」

「ちょっと、ヒロオ。なんで告白でもするような雰囲気になってんのよ」

「茶化さないでよ、ユウリ。告白じゃないにしてもすごく真面目な話なんだから」

「うん。ヒロオくん。ここはごく実務的に話そう」

「実務的?」


花井部長の提案の意味が僕にははかりかねた。


「そう、実務的。大体ネット小説を読んだ高校生の男の子と女の子がいきなりその作者を訪ねてくるなんて普通はかなりアブナイ人たちだって思われてもしょうがないよね」

「はい。すみません」

「でも、わたしはヒロオくんとユウリちゃんが荒唐無稽な話を持ち込んだなんて思ってない。だって、戊辰戦争っていう史実そのものが現代の人間から見れば現実ばなれした世界でしょ。でも実は現実離れしてるのは現代のわたしたちなのかもしれない。最近、いろんな会社の不祥事が立て続きでしょ」

「はい」

「その大半は自分たちの会社の中で起こってることだけが現実で常識だって思ってたから、問題をほったらかしにしてた訳でしょ。厳然たる事実から目を背けてたんだよね、多分」

「はい。僕もそう思います」

「だから、ヒロオくんは長谷さんちゃんにキミら2人が見て戦った事実を淡々と伝えてあげて」

「はい。分かりました」


僕は納得感を持って長谷ちゃんに冷静な、もっといえば冷徹な心で事実のみを伝えた。

八幡神社にユウリと2人で行ったこと。

おそらく戊辰戦争の戦場という時空に僕らがなんらかの方法で放り出されたこと。

先代さきしろ 大徹だいてつという武士に出会ったこと。

彼は敵のガットリング砲のうち一基を戦闘不能にし、周囲の武士を多数殺傷したこと。

彼のお陰で僕とユウリは戦線離脱できたこと。

彼の生死を確かめずに僕らは後退したこと。

ユウリが錯乱した武士にレイプされそうになったこと、僕がその武士の後頭部に石を振り下ろして殺したかどうかわからない、ということまで、すべて伝えた。その上で僕は最後に長谷ちゃんに訊いた。


先代さきしろ 大徹だいてつさんは、貴女のご先祖ですか?」

「はい」


彼女は柔かな微笑のまま答えてくれた。


「わたしの実家に、大徹さんの掛け軸があります」


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