大学でなすべきことについて語る花井部長の言葉に僕らはまるで自分探しの旅にアキバ周辺にやってきた人たちと同調したかのような気分になったもんだ、ねえユウリ
僕らは幼稚園を改修したキャンパスを出て花井部長の後にとことことくっついて歩く。
おそらくアキバの至近距離であるはずのこんな場所にキャンパスだけでなく寮まであるとは。けれども大学は極貧で経営破綻寸前。
「あの、失礼な質問していいですか?」
普段なら誰に対しても屈託無い態度をとるユウリが気配り満載の言葉を選んで切り出す。
「なあに、ユウリちゃん」
「どうしてカネカシ大学に入ったんですか?」
「家が大学の裏だから」
「え? それだけですか?」
「それだけって、それ以上の理由ある? 私の家は5代続いてる味噌屋で引っ越す可能性はないから大学は当然ここ。合理的でしょ」
「でも、東大行けるぐらいの成績だったのに・・・」
「それに、この大学じゃ勉強する環境も整ってないんじゃ」
僕も花井部長の感覚に異議を唱えてみる。
「え。キミらもしかして大学って教授とかから物を学んだり研究指導受けたりするところだって思ってた?」
「え・・・違うんですか?」
「違うよ。そういう人は大学行かない方がいい」
「じゃあ、花井部長はどうなんですか」
「わたしはね。大学ってのは学生とか職員、もっといえば大学構内の清掃してくれてる業者さんのスタッフまで含めた人間の集合体だって思ってるよ。別に教授だから偉いわけじゃない。いわゆる研究の実績にも特に興味ない。ここまではどう?」
「うーん。なんかちょっと難しいです」
「そっか。ごめん。じゃあ、これならどう? 貧乏でなんの実績もなくキャンパスも極小。でもだからこそ外の大学にもばんばんものを訊きに行こうって気になるし、やりたい研究を自ら組み立てて、立ってるものは教授であろうとこき使う。自分自身も当然求められたらこき使われることを厭わない。しかもコネもしがらみもないから遠慮も躊躇もなく学外と学内を行き来できる」
「あ・・・なんとなくわかります」
「しかもランクが最低だから反骨心が常にある」
「あ、なるほど‼︎」
「うちの教授連中は偉いよ。わたしがよその大学の研究室に顔出したいって言ったらばんばん紹介状書いてくれるもん。『花井さん、私に力がなくてすまん』ってね。学会での評価は最低でもうちの教授連中は上司としては最高だよ。逆によその有名大学の教授にはダメな人も多いね」
「え。そうなんですか?」
「うん。『カネカシと共同研究やってもうちにはなんのメリットもない』ってさ」
「ひどいですね」
「まあ、こんなだから日本の大学はダメだって言われるんだよ。なにくそ、私はカネカシの教授たちと一緒に成長してやる、って闘志がわいたけどね」
「うーん。なんか、大学の見方が変わりました」
「ヒロオくんは小説結構読むんだよね」
「はい。かなり」
「作家の出身大学なんてどうでもいいでしょ?」
「はい。そういえばその通りですね。むしろ経歴として重視するのは辛酸を舐めてきた人かどうかとかです」
「たとえば」
「・・・いじめ、とか」
「やっぱりそうか」
「え?」
「ヒロオくん。長谷ちゃんのあの短い文章に反応したってことはそうだと思ってたよ。長谷ちゃんも大学入るまでずっといじめられてたんだ」
「そうですか・・・」
「お、着いたよ」
それはどうみても築50年以上の木造二階建ての建物だった。商業ビルの間に挟まれた日当たり最悪の場所。やや建物が傾いて見えるのは多分目の錯覚ではない。
3人して外付けの鉄骨造の階段をカン・カンと昇ると、錆びて穴が空いた部分から地面が見えた。
ユウリが駄目押しの質問をする。
「あの。ほんとに此処ですか?」
「うん」
情け容赦のないたった二文字の返答に、ユウリは顔をしかめていた。