悪魔がぁ! つっ近づいてぇっ!
次、ジャンプしてくるんだろうな。
はい。対空迎撃技。
相手が倒れた。ちょうどよく画面の端っこだ。
起き上がる瞬間に当たるよう、遠距離エネルギー弾を出す。
ガードされる。当然の選択だろう。
だから、その行動は想定の範囲内。
防御姿勢のまま動かない相手に近づき、投げ技でフィニッシュ。
「ケーオー!」というボイスとともに、俺の勝利を表す文字が画面いっぱいに表示された。
「うおおおおぉっ!」
「すげぇ!」
アーケードコントローラーのレバーを離した瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの歓声が上がった。
休日の夕方。若者が集まる副都心。繁華街のゲームセンター。人気格闘ゲームの最新作……これだけ人が集まる要素が揃っているからか、ギャラリーの数は相当なものだ。
「レ、レベルが違いすぎる……。なんで……ここまで、完璧な立ち回りができるんだよ……おかしいだろ……。いくら日曜の悪魔とはいえ、稼働初日なんだぞ……」
二台の筐体を挟んだ向こう側――さきほどの対戦相手――から、そんな声が聞こえてきた。
毎週日曜日にやってきて、対人戦で暴れまわる。だから「日曜の悪魔」……。
変なアダ名をつけられたもんだ。俺にだって「冴羽拓真」という名前がある。学校の友達は「タクマ」と気軽に呼んでくる。つまり人間として生まれ育ったわけで、けっして悪魔なんかじゃない。普通の高校二年生だ。
べつに、名前で呼んで欲しいわけじゃない。「悪魔」と呼ばれるのに納得がいかないんだ。普通にゲームを楽しんでいただけで、特別なことは何もしていない。
今やってるゲームだって、昔から遊んでいた格闘ゲームだから、遊び慣れているだけだ。最新作が出ると聞いて、インターネットやゲーム情報誌でシステム、キャラクター、技などの追加要素を調べて、それに対して大まかなな予想と考察を立てた。それが思った通りの結果だっただけだ。
努力したつもりはない。苦しんだ記憶もない。ゲームだけじゃなく、勉強も努力していない。おかげで成績は散々なものだが、なぜかゲームだけは何をやっても周囲より上手くできてしまう。ゲーマーとしての俺を知っている奴は、誰もが変な目で見てくる。得意なのはゲームだけで、苦手なもののほうが多いのに。
「これが日曜の悪魔……」
「もう二十連勝しているらしいぜ……」
「まだ続けんのかな?」
ギャラリーたちは離れず、俺がプレイ続行する姿を期待していた。
もはや、アマチュアのゲーマーには敵なしという領域まで来ていた。いっそのことプロゲーマーになってしまおうかと、少しだけ考えたことがあったが、怖くなって諦めた。好きなことをして暮らしていけたら楽しいだろうが、「金のためにゲームをする」という状況で、俺はゲームをやり続けられるのか不安だった。「好きなことを仕事にしたら、好きじゃなくなった」なんて話はいくらでも聞く。
もしゲームを嫌いになったら、退屈になってしまうんだろうな。最悪、自殺してしまうかもしれない。だったら、趣味でいい……と結論を出したのだが、その考えにどこか寂しさを感じているのも否定できなかった。褒められて、恐れられて、羨ましがられて……それでも、何かが足りない。それが何かはわからない。
まぁ、どうでもいい。今はそれよりも気になることがある。
「あれ、もう終わりかぁ」
「いつもは三十戦くらいやるんだけどな」
どこのゲーセンでも見かける、背もたれのないイスから立ち上がって、出口へと向かった。階段の手前で振り返ると、やっぱりアイツがついてきていた。
長めの、ショートボブの、女の子だ。
「おい」
「えへへー、やっぱバレてた?」
その子は、ありがちなブレザーを着ていたが、普通なら胸元にあるはずの校章がなかった。裾、襟、リボン……どこを見ても、それらしきものは存在していない。ボタンに至っては装飾が一切施されていない。コスプレ衣装だとしても、これほど精巧に作られた服なら校章っぽいものが入っているはずだ。自分でブレザーを作ったか、元々あったはずの校章を外したとしか考えられない。わざわざそんなことをする理由はわからない。
何より……なんで休日にブレザーを着ているんだ? 友達や彼氏と集まって学生服で遊ぶ奴はたまに見かけるが、こいつはどう見ても一人。理由としては、ナンパされたがっているくらいしか思いつかない。
しかし、俺の見る限りこいつは一度足りとも男に声をかけられていない。顔立ちが悪いわけじゃない。くっきり開かれた目はやや垂れ気味で、小さな顔も相まって少女らしさが醸しだされている。背丈は俺より頭一個分小さい――女子高生としては平均的身長――、胸は平均以上。髪の毛は潤っていて、白めの肌は生まれたてかと思うほど綺麗だった。こんなの、男が放っておくわけない。特に繁華街のゲーセンは、ゲーマーを騙って女を漁ろうとする男が多い。こいつだけで行列が出来ても納得する。
困った。疑問点だらけだ。なら直接聞くしかない。
「約二時間」
「ん?」
「俺がゲームを始めてから、約二時間が経っている。その間お前はずっと見ていたな?」
「さすがだね。最初から気づいてたわけだ」
「見る者は見られる……ってな。俺に何の用だ?」
「日曜の悪魔さんがどんなもんかなぁって、気になってたんだよ」
「それだけか?」
「うん。それだけ」
「……そうか。俺もお前が気になっていたよ」
「わー。相思相愛ってやつ?」
「そのブレザー、校章がないよな」
「へ?」
虚をつかれたようだ。女の子が驚いているのに構わず、続ける。
「それと、休日にブレザー着用。二時間も立ちっぱなしで疲れた様子を見せない。可愛いのに男に声をかけられない。俺のプレイを見ているくせに、近くに寄ろうとしない。不自然な点はまだまだある。お前は何者だ?」
「えー……っとぉー……」
「本当に、気になっていたから見ていただけなのか?」
「あぁー……できれば、お話したいなぁって……」
「悪いが、お前に構う時間はない」
階段を上り、地下から一階の出口へと向かう。
おかしな子だったが、なんてことはない。他の奴らと同じで、ただのギャラリーだっただけだ。子どもの頃から疑り深かったせいか、たまに考えが空回りする時がある。これ以上考えても無意味だし、「いつもの深読み」ということで忘れるか。
ファン……というやつなんだろうか。女の子に話しかけられるのは嫌な気持ちにならないが、別にちやほやされたいとは思わない。なぜなら異性が必要だと思ったことないからだ。ゲームをする時間がなくなるのは、俺にとって死活問題だからな。
あれだけ近寄りがたい印象を与えれば、あの子も二度と話しかけてこないだろう。何か起こるかと期待してしまったが……結局何もなかった。家に帰ってネットゲームでもするか。
自動ドアが開いた時だった。
「ちょっと待てぃ!」
声が聞こえたほうに視線をやると、さっきの女の子が階段から上がってきた。
「さっき言ったことが聞こえなかったのか?」
「いやぁ、ゲームについて質問があって」
「それなら仕方ないな」
「なんで、つまんなそうにゲームするの?」
「なっ……」
首を傾げる女の子。今度は俺が虚をつかれた。
そんなことを言われたのは初めてだった。ゲームは好きだ。今まで培ってきた実力があるから、周囲の誰もが認めていた。だから「日曜の悪魔」と呼ばれていたんだから。つまらないことを趣味にする人間などいない。だけど、その子の質問を真っ向から否定できなかった。
さっきの試合だって、どこか苛立っていた。「なんで誰も俺を倒せないんだ」と。稼働初日の新作だからというのは理由にならない。俺が勝っていたんだから。それに加えて、あいつらのゲームに対する姿勢ときたら……。
――日曜の悪魔つえーなぁ。なんでゲームにそこまで本気になれるんだ?
――あいつ学生だろ? そんなにやりこんで、勉強とかどうしてるんだよ。
――あそこまでいくと怖いというか、気持ち悪いというか。本当に化物だよ。
ゲーセンにいたギャラリーたちの声を思い出す。ゲームに本気出してちゃいけないのか? 学生だからって勉強を第一優先しなくちゃいけないのか? 「悪魔」だの「化物」だのって、俺をなんだと思ってるんだ!
誰も理解してくれない。そばにいてくれない。競ってくれない。いつだって少し離れたところから見られているだけ。仲良くしようとしてきた奴なんていないし、話しかけられもしない。
俺が悪いのか? 俺が変人なのか? ……確実に少数派だから「変わってる」という言葉はお似合いかもしれない。でも、変わってるのはいけないことなのか?
賞賛されたり、憧れられたりすることもあった。でも、そいつらは俺と同等の実力を手に入れようとしない。褒められたくてゲームをやっているんじゃないんだ。
戦いたい。
挑戦したい。
知らない景色を見たい。
「ねえ、どうして?」
女の子が顔を近づけて促す。やり場のない怒りが放出しそうになったが、なんとかこらえることができた。
「……お前には、関係ないだろ。そもそもゲームの話じゃないしな」
「否定できない、と」
「……もう話すことはない」
「まだ終わってないよ。タクマくん」
「お前……なんで、俺の名前を」
会話を始めて二回目のびっくり。まさか本名まで知られているとは思わなかった。もしかして同じ学校の奴か? ブレザーはフェイク? ……いや、インターネットが普及した現代。誰かの本名を調べることくらいは可能だ。俺はちょっと目立った人間だし、造作ないことかもしれない。
まずは落ち着け。動揺したら、己を見失ってしまう。反応してしまったのは失敗だったが、まだ手玉に取られたわけじゃない。無視できなくなったが、相手の意図を見極めるんだ。
「いや、そんなことはどうでもいい。俺がつまらないと思いながらゲームをやっていたとして、お前に関係があるのか?」
「タクマくんとゲームがしたくてね。ルールは簡単。タクマくんが誘いに乗ったら私の勝ち。乗らなかったらタクマくんの勝ち」
「ゲーム……」
これが対戦ゲームなら、相手が優勢だろう。このままでは腹の虫が収まらない。こいつを一回びっくりさせたが、俺は二回もびっくりさせられた。単純に悔しかった。
「いいだろう。話を聞こう」
「本当? やったー! 私の勝ちだね」
しまった――。
誘いに乗ってしまった、と気づいた時には遅かった。
目の前が段々暗くなっていくなか、女の子の声だけが耳に入った。
「そういえば自己紹介してなかったね。私はリーザ。本物の悪魔だよー」