森
物心覚えた頃から僕は、父さんと二人っきりだった。父は地方の村の、そのまた外れに家を構えて木を切る仕事をしていた。いつも、父親が何本もの大きな木を背負って帰ってきたの覚えている。いつも口癖のように、弱いものを守れる人になりなさい と言っていた。少しくさいなと思ったが、やっぱりそんな父さんがカッコよく見えた。あれはいつだっただろうか。近くの森で遊んでいた時に高い木から降りれなくなって泣いていたら、父さんが来てすぐに助けてくれたんだっけ。僕と彼女はそんな父さんに憧れていた。あれ…?彼女…?僕は父さんと二人っきりだったはずなのに……
「リーク…、リーク…」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
「リーク!」
目を開けると、目の前には泣きじゃくるミーナがいた。すぐには頭が状況に追いつかない。ミーナの後ろには木々の隙間からオレンジ色の木漏れ日が降り注いでいる。
「ここは…?」
体を起こし、あたりを見回す。周りは木で覆われていた。森だ。
「うっ…」
頭を打ったのか少し痛んだ。
「確か僕たちは、街にいて…」
そうだ。そこでミーナの父親は殺され、僕たち自身も殺されそうになって…
そこで、足元に魔法陣が広がる風景を思い出す。
「そうか、ミーナのお父さんに僕たちは…」
そこで最後の風景を思い出し言葉に詰まる。ミーナのお父さんは最後の力を振り絞って娘を助けたんだ。でも、あれではもう……
ミーナが泣いている。
「リークまで目を覚まさなくて…それで……」
僕はミーナを抱きしめる。
「ごめんね…僕は大丈夫だから。本当にごめんね。」
ひっく、ひっく、というか声がだんだんと小さくなっていく。
お互いに沈黙が続く。ミーナは俯いたままだった。僕も下を向いてしまう。
ひゅー……
不意にどこか心地よい風が吹く。僕が顔を上げると彼女が僕を見ていた。
彼女は僕の顔を見て言った。
「お父さんは…お父さんは私に生きてと言ったの。私は生きなきゃ。」
さっきまでの涙は彼女の顔にはもうなかった。
つられて僕も立ち上がる。もうあの時の葛藤のように悪魔や人間なんてものは頭には浮かばない。
「私はもう行くところがないの。この世界に悪魔の居場所はどこにもないし、家族もいない。でも、リークは…ごめん…」
「僕もだよ。僕も家族はいないし、君を庇っちゃったからね。全然後悔はしてないけど。」
ミーナが驚きそして悪いことをしたかのように目を伏せる。僕は僕のことを正直に話す。ここにはどこにも居場所のない二人しかいない。木々が夕方の風に揺れている。
「とりあえず、一緒に行こうか。今気づいたんだけど、ここらへん少し見覚えがあるんだ。」
「見覚え…?」
そう、見覚えがある。さっきまで夢で見ていた森…降りられなくて泣いていた木々。まさにそれがここだった。
「たぶん、僕が昔住んでいた家から近いところなんだよ、ここは。とりあえずそこで今日は暖をとろうよ。」
先ほどまでのオレンジ色の空は黒く薄暗くなりかけていた。火や武器もなく森で一晩過ごすのは危険だ。
僕はミーナを連れて歩き出した。