出会い
きゃぁーー 、わーーーー
かざぐるまを持った子供達が、僕の横を通り過ぎていく。道の傍らには小さな店が軒を連ねる。シュティール王国第一の都市セネーブ19番街、タント通り。セネーブは幾つもの道が複雑に絡み合ってできている城塞都市だ。街は城壁に囲まれ、端に行けば行くほど道は複雑になる。いつもは暗く、静かなこの通りもここ最近は、他の通りと同じように歓喜に満ちていた。それもこれもランダ勇者一行による、魔王討伐凱旋パレードの日からだった…
数十年前に起こったある一つの事件から、世界では各地で人類と魔物達の戦いが勃発していた。戦争への出費のための税金。兵士としての働き手の徴用。各地で起こる食料不足。長期に及ぶ戦争は次第に国全体、人類全員を疲弊させていった。勝つこともできなければ、負けることもできない。拮抗状態がこのまま続くと思われていた。いつ終わるのかわからない苦しみ。その苦しにから民を救ったのは、ランダ勇者一行。隊長であるランダ一等剣士を筆頭にこの国シュティールでトップを争う7人によって構成された、勇者達だった。彼らは組織されたその日から快進撃を続け、その朗報は国民の希望となった。連日、彼らの戦勝報告が街には届き、そして数日前、ついに彼らは、すべての悪魔を牛耳る魔物の中の魔物、魔王まで征伐し華々しい凱旋を遂げた。
………
はぁ…
溜息をつきながら、僕、リークはタント通りを家に向かっていた。街は浮かれ気分だが、僕はそんな訳にはいかなかった。
財布を開く。
今日の夕食に、とパンを買ってしまったため、財布の中には金貨どころから銀貨1枚すらも入ってはいなかった。世界が平和になったのは確かに嬉しいが、僕はこの先どう生きていいのかわからなくなっていた…
貧しい農村に生まれた僕は、両親を子供の時に無くしたらしい。らしいというのは母親に関しては僕の記憶のないうちに死んでしまっていたからだ。しばらくはその村で他の人たちにお世話になっていたが、父親の残した言葉
弱い人を守れるような人になりなさい
という言葉を、ちゃんと実行できる人になりたくて単身、セネーブまでやってきたのだ。セネーブには国の中でもトップレベルである勇者育成学校がある。僕はそこに入学し、入学当時からひたすらに勉強や練習を繰り返した。このまま、自分の目標を達成するために頑張っていこうと息巻いていたのが3日前だった。突然学校が閉鎖された。理由はすぐに分かった。魔王が討伐されたからだ。勇者を育成する必要がなくなったのだ。
「はぁ…」
また溜息をついてしまう。自然と目線は下に落ち、とぼとぼと歩く。
腰にぶら下がってる剣に目がいく。決して村は裕福だったわけではないが、親のいない僕を村の人達は実の子供のように育ててくれ、村を出るときにこの剣をくれたのだ。そんな剣だからだろうか、僕にはいつもより重く感じた。僕はあの人達の期待に応えられなかった…
そんなことを考えながら道の角を曲がる。
家はもうすぐだ。タント通りからもう一つ、奥にある通りを曲がる。ここまで来ると、流石に喧騒は遠のき、人影も少なかった。
狭い通路には薄汚れた猫がふわーっと欠伸をして寝転がっている。その前を通り抜けて家の前に立つ。貧学生用のボロい二階建ての宿舎の一階。それが僕の部屋だ。そんな家の家賃も僕はそろそろ払えなくなってきている。
家の前につき、鍵を取り出そうと鞄を開く。この鞄もいつから使ってるだろうか、開け口の部分が擦れて毛玉のようになっている。
鍵を取り出して、鍵口に差し込む。ギギッ、と一瞬で軋んだような音がして鍵が開く。
僕が取手に手をかけた時、
ドサッ
横から何かがぶつかる。ぶつかったことは分かったが僕の体が動くことはなかった。それだけ、ぶつかったもの…ただしくは女の子だが、その子はとても軽かった。
「すいません。」
咄嗟に謝りながら顔を上げるとローブを被った女の子と目が合う。顔は疲弊し、ところどころ煤汚れていた。
「あの、大丈夫?」
声をかけ、心配そうに手を伸ばすと。
バシッ
手を弾かれ、ギッと睨まれる。その目は綺麗な緑色で、絶望と憎しみの炎に燃えていた。僕の全てを拒絶されたような気がした。
呆気にとられた顔をして一歩後ずさってしまう。女の子はフードをまた深く被ると走って横を通り過ぎてしまった。何か急いでいるようにも見えた。
内心少しむっとしながらも、そのまま扉を開け中に入ろうとすると、
ドサッ
後ろから人が倒れる音がした。
後ろを見ると、さっき当たった女の子が地面に倒れ込んでいた。