平原
「そっちにいったぞー」
後ろから男の野太い声が聞こえる。私は振り向かずにひたすら走る……走る。森にさえ逃げ込めば後はどうとでもなる。目の前に森が見えてくる。大丈夫あと少し。
「いたぞー。回り込め。回り込め。」
突然目の前に男が現れる。私と森との間に立つとじわりじわりとにじり寄るように私に迫ってくる。後ろを振り向くが後ろからも二人私を囲むように来ている。こんな時浮かぶのはあの子顔だった。私の中の彼女は私を見ていた。悲しそうに涙を浮かべながら…
「ねぇ、ミーナ。本当にこの道であってるの?」
僕は先を歩いているミーナに問いかける。周りは広々とした平原が広がる。青空には雲ひとつなくときどき心地よい風が吹く。
「あってるよ。リーク。もう少しで着くからね。」
ミーナがこっちを振り向いて笑う。彼女の綺麗なピンク色の髪が風にふわっと浮き上がる。頭についている小さな耳がぴょんぴょんと跳ねるように揺れた。
僕たちはカナト村を出た後、ミーナが住んでいた村の近くの森を目指すことにした。森はミーナたちの村の緊急の避難場所となっていた。薄暗く、人が入りにくいその森は逃げ込む場所としては最適だった。村が人間たちに襲われた時、ミーナの父親たちが身を呈して女子供をそこに逃したそうだ。ミーナの友達もまだそこにいるかもしれない。
「ほらリークあの大きな木の近く。」
ミーナの指差す方向を見ると、平原は少し先で木々が増え始め、その奥には暗く薄暗い森が広がっていた。その木々の中には数本ずつ大きな木が頭を出している。ミーナの指差した先にあったのはその木のうちの僕のいる場所から数えて2本目の木であった。
「まだ、結構遠いねー。頑張って歩かないと日が暮れる前にミーナの仲間に会えないね。」
ミーナは頷くとまた前を向いて歩き出した。仲間とばらばらになってしまった不安がやはりミーナの中にあるのだろう。
「ミーナ。そろそろご飯食べない?ちょうど綺麗な川もあるし。」
さっきミーナが森を指差したところから半分くらいきたところに小さな川が平原を横たわるように流れていた。水は透明で透き通り太陽にきらきらと反射しているが、魚は見当たらなかった。
ふと、何か忘れているような気がした。なんだろ…
「うん。わたしもお腹すいちゃった。」
ミーナがこちらを向いて返事をしたので僕は考えるのを止めた。
僕とミーナは川のほとりに二人で座りこんだ。森に向かう前の村で買ったおにぎりを、二人で頬張る。程よい塩加減が歩きで疲れ切った体を癒してくれる。
「この食べ物おいしいね。」
ミーナは珍しそうにおにぎりを眺めながら食べていた。
「ねぇ、リーク。みて。川の水がすごく綺麗だよ。」
ミーナが水に手を伸ばす。
頭に電気が流れるようにして、さっき思い出そうとしてたことが頭に浮かんでくる。
「ミーナ。だめ!!」
そういうと、僕はミーナの伸ばした手を掴んでいた。
「ミーナ、今思い出したんだ。君たちや魔物が住んでた近くの水は触れたり飲んだりしてはダメだ。毒が混ざってる。」
「毒?」
「そう。毒。人間たちは占拠した魔物の村の近くの水源に毒を巻くようにしてるんだ。」
逃げ帰ってきたり、隠れていたりした魔物を殺すため…
僕は自分で言ってて情けなくなる。少し前まではそれを当たり前だと思っていた自分にも腹が立った。
ミーナは責めるのではなく、悲しそうな目で僕を見ていた。
二人の間に沈黙が流れる。
さっ、
森の近くで人が数人いるのが視界にはいる。
「ミーナ。フード被って隠れて。人がいる。」
僕はミーナと一緒に木陰に隠れ、彼らの方を伺った。