戦国トリップ
「きゃあああああああああ」
春うららかな午後、とある学校にて甲高い悲鳴が響き渡った。その声を聞いたものならば誰しもが注目せずにはいられないそんな助けを求めるかのような悲鳴である。
その悲鳴を聞くや否や走り出す男の影があった。凄まじい速さで廊下を駆け抜ける。その男の速さも確かに注目すべきだが何よりすごいのはその身体能力である。
全力疾走にもかかわらず自分の体を完璧にコントロールしてほぼ直角のコーナーであるはずの学校の廊下を減速せずに走り抜ける姿は、見る者が見ればスポーツの世界に勧誘したかもしれないほどである。
男は学校という閉鎖された空間をとにかくかける。何故それほど必死になっているのか。その答えは彼を追う集団がすべてを物語っていると言っていいだろう。
体操着姿に身を包んだ女子生徒である。
「鹿沼ああ!! 毎度毎度懲りずにいいい!」
男を追う女子生徒の集団の先頭を走る少女が長い黒髪を揺らしながら大きな声で叫ぶ。
その形相はまさに鬼女。怒りを宿した顔つきだ。
「優ちゃん。またこのままだと逃げられちゃうよ」
その隣を走る女生徒が息を切らしながら優ちゃんと呼ばれた女性に声をかけた。
「大丈夫よ。今回こそは絶対に逃がさないんだから!」
何か考えがあるのだろう。逃げる男を睨みつけながら、間違いなくこの勝負は我々の勝ちだという確信を持っているような力強さがそこにはあった。
「うははははは! 無駄な努力はやめたまえ女生徒諸君。この私は絶対に捕まらんぞ」
全力疾走をしているはずなのに息を切らせる様子はなく、こちらも勝ち誇った様子だ。絶対に逃げ切る自信があるのだろう。彼はとにかく逃げる。相手が諦めるまで常に逃げ続ける。その自信があった。
これまでも常に逃げ切ってきたのだ。今回も必ず逃げ切って見せる。
広い校舎のあらゆる場所はこの高校に入学して半年で全て把握しているのだ。そして今なおにお撃るためのルートを瞬時に計算したった今その計算のすべてが終わったところである。このまま二階廊下を駆け抜け一階に降りる……ふりをして階段途中にある窓から脱出。そうすれば彼女らは追ってくることをあきらめるはずだ。
そして彼……鹿沼千次はそれを実行に移した。飛び降りた瞬間彼の心を占めたのはまさに勝利の二文字である。
膝をクッションにしてうまく大地に着地する。軽く埃を払うしぐさをして窓から顔を出しているだろう女生徒の悔しそうな顔を見ようと上を見上げる。
千次の予想通り何人かの女子生徒が窓から顔を出し怒りのこもった視線をこっちに向けていた。
怒った顔もいいな。などと思いつつ満足げにその場から離れようとした瞬間足が止まる。
見れば十人以上の女子生徒が半円状に自分を取り囲んでいた。
「……」
まずいと感じて背中から冷や汗が流れる。
「さて……言い訳を聞こうかしら。鹿沼」
「……デートのお誘いなら順番にな。いくら俺でも体は一つしかないんだ。すまんな。ただみんな平等に可愛がる予定だからうごぉ」
セリフが途中で中断された。原因は女子生徒の一人が千次の顎に拳を食らわせたからである。彼はそのまま大きく舞い上がり地に落ちた。
「誰がデートの申し込みなぞするか! 毎度毎度懲りずにあたしらの着替えを覗いてからに!」
彼が追われていた理由。それはつまりそういうことである。しかも今回限りの出来心というわけでもない。入学して以来何度もこういうことを繰り返し女子生徒の怒りを買っていたのだ。
そして今日ついに完全に捕えられたという事である。
「痛いじゃないか! 僕が何をしたっていうんだ!」
涙をまき散らせながらさも心外だと言わんばかりに抗議の声を上げる。
「涙を流しながら抗議できる立場にあるのか! 己は」
そこへ校内で彼を追っていた集団がようやく到着した。
「先輩! 捕まえてくれました?」
先ほど女子生徒の集団の一番先頭を走っていた久我優実は息を整えながら確認する。
「見てのとおりよ……ようやくこの害虫を駆除できるわ」
「虫にだって生きる権利はあるだろう?」
やはり反論をしてしまう千次。
「死ね」
当然のことながら思いっきり殴られる。
しかし千次はすぐに立ち直り、ずいっと久我優実をいきなり抱きすくめる。
「優ちゃん……ひどいなあ。これは僕と君の勝負だろ? 先輩の力を借りるだなんて反則だよ。お詫びとしてチューしてもらおうかな」
「こ……この年中発情期男が! 星になれ!」
やはり吹き飛ばされる千次。
「なんという暴力的な女なんだ! 何の罪もないこの俺を殴るとは……暴力沙汰による停学の覚悟は出来ているんだろうな? まあもし君が今までの事を反省して」
「……覗き魔が……セクハラ野郎がどの口でそのことをほざくか!」
あっという間にぼこぼこにされる千次。自業自得と言えば自業自得である。警察沙汰にされないだけマシだ。今までの分も含めてしっかりと痛みが体に伝わってくる。
「ひ、ひでえ……なんだよ! ちょっと覗いたくらいで大騒ぎしおって! いいか? 女というのはだな見られているうちが華なんだぞ。俺はお前たちを可愛いと思うからこそ覗いているんだ! むしろほめているという事くらい理解してくれてもいいじゃないか!」
どこまでも自分のやったことを正当化しようとする千次であるが、そんな暴論が通用するほど世の中は甘くはない。
そしてその行為は女生徒たちの怒りをさらに買うことになるのも当然の流れである。
一通りぼこぼこにされ、傷だらけの状態だ。
そこへ、千次のクラスメートである宏がやってきた。
彼の見た目はかっこいいの一言に尽きるだろう。綺麗な二重瞼に長身痩躯。髪の毛はくせっ毛がなくさらさらとしていて清潔感もある。
対して千次は不細工というほどでもないが取り立てて印象に残るような顔立ちではない。体つきも男子高校生の平均よりわずかに上。髪型は前髪を少し伸ばして6.4もしくは7.3あたりで分けられている。
なんというか、まさに普通である。何もしなければ毒にも薬にもならない存在だが、性格は女生徒にとって最悪と言ってい位である。
校内ではナンパまがいな事をするわ、覗きはするわ脈絡なく女生徒を抱きすくめて口説こうとするわすでに入学して半年足らずで『女の敵』と認識されている。
今回の件もそうした怒りが爆発して久我優実は先輩に協力を求めてついに彼を捕まえる事に成功したわけだ。
そして、この場に来た千次以外の男子である宏が彼女らに声をかけた。
「あの……千次君も反省しているみたいだし……みんな許してやってくれないかな」
その一言で黄色い歓声が場を包んだ。
「宏君やさしー」
「仕方ないなあ。宏君がそういうなら今回だけ許しちゃおうかなー」
「素敵抱いて!」
「抜け駆けしないでよ。ねーねーひろしーあたしの家、今日両親いないんだ。どう?」
憎しみで人を殺せたら……千次は心の中で血の涙を流しながら心底そう思う。なんだこのクソビッチどもは……俺の覗きはダメとか言いながら『素敵抱いて』だの『両親いないんだ』だの覗きよりも数段ランクアップじゃないですか! イケメンなら何をしても許されるというのか……この野郎。
闇が彼の心を支配する。ならば……こいつらに男の真実を教えてやる。
「てめえら……知ってるか? 宏はこんなことを言っているけどついさっきまで俺と一緒にお前らの着替えを覗いて涎を垂らしていたんだぜ。つうか今回の覗きに関してはこいつから話を持ってきたんだ。くけけけけ」
真実である。他はともかく今回に限っては宏が興味を持って千次を誘ってきたのだ。逃げる際に千次はそういうことに慣れていない宏を逃がすべくわざと注意をひきつけ宏を逃がしたのだ。
そして宏はおそらくそれを恩に感じたのか、それともやはり何か気まずい思いがあったのかわからないが千次を助け出そうとここまで赴いたのだがそれを言ってしまっては意味がなくなってしまう。
千次の言葉を聞いて女子生徒たちが沈黙する。宏の顔色も心なしか悪くなってきた。
だが……。
「宏君……覗きだなんて……早く言ってくれればいくらでも見せてあげたのに」
「もう……我慢は体の毒なのよ? ちゃんと外に吐き出さないと」
「ひろしに覗かれていただなんて……もっといい下着を着てくれば良かったー」
「覗くならあらかじめ言っておいてよね。もう……」
……本当に殺してやりたい。クソビッチとかそういうレベルじゃない。このバナナ銀行どもめ。イケメンの下半身ならいつでも貯金しますってか? それをたかが覗きくらいで殴るわ蹴るわ。
「あ、あのみんな。と、取りあえず今日は僕からも千次によく言っておくから解散という事でいいかな?」
異論があるはずもない。そしてその場で女生徒たちはわいわいがやがやとその場を後にしする。
残されたのは男二人である。
「災難だったね。千次」
「貴様にだけは言われたくないわ! ボケ」
「親友を助けに来たのにあんまりじゃないか」
「お前のような親友なぞいらんわ。男の敵が!」
宏は少し悲しそうな顔つきをするもそれに構わずに千次はさっさとその場から背を向けて歩き出した。
もうこんなところにいる予定などない。先ほどの女子生徒からの折檻も彼には大してダメージにはなっていないみたいで体力はまだ余っている。
今日はこのまま学校をふけってナンパに出かけようと気合を入れなおす。後ろのほうで宏が心を読んだのか「ナンパにいくなら僕も」とか言っているような気もしなくもないが当然無視である。
そのまま校舎を出て行った。
──────────────
夜、千次はことごとく失敗したナンパの精神的なダメージを癒す暇もなく蔵の掃除をお爺さんから言い渡されていた。
ぶつぶつと文句を言いながら仕方なく蔵を掃除し始めると一振りの刀が目についた。その辺はやはり男の子である。銃や刀と言った類に普段は興味はなくとも実物を目にすると好奇心をそそるものが出てくるのだ。
「爺ちゃん。うちに刀なんてあったのか?」
「ん? どれどれ……ほうほうこれか懐かしいのう。アマノムラクモじゃな」
「……おいクソ爺しれっと嘘をつくんじゃねえ」
「老人の言葉を疑うのか? 孫よ。そんなんじゃから女に振られてばかりいるのじゃ」
「関係ないだろ! 大体な。現代の女はクソビッチばかりであんな奴らこっちからお断りだ。やっぱ古き良き大和撫子が一番だよ」
クソビッチと言いながらも懲りずに覗き、ナンパ、セクハラをする千次がそのような事を言っても説得力にまるでかけるのだが、色々と思うことがあるのだろう。
「古き良きか……そうかそうか。なれば丑三つ時にその刀を抜いてみるといいかもしれんな」
「はああ?」
「もしお前に資格があるのであれば……」
そういいながらお爺さんは蔵から出て行った。
「とうとうボケが回ったか? あのジジイ」
ボソッと聞こえるようにあえて言うとどこからともなく柄杓が飛んできて千次の頭に直撃した。
そして深夜午前二時。蔵には千次の姿があった。
「……ま、まあ信じるわけじゃないけどな。うんもしかしたら。いや、ねえよな。で、でも万が一、刀から綺麗なねーちゃんが……でるわけねー漫画の読みすぎだろ」
いや、しかしでもなあ、いくらなんでも……うーんうーんと本気で頭を悩ましている十六歳。
色々と精神的に大丈夫かと問いたくなるような考え方である。
だが千次は女に出会えるのであればどんなアホなことも信じてしまう傾向にある。将来は詐欺師に引っかかるかもしれない。
「ええいままよ!」
思い切ってその刀を抜いてみることにした。その途端淡く青い光が千次の体を包み込みそのままその場から千次の体は消え去った。
「は? どこ? ここ」
光に包まれたかと思った瞬間目にしたのは広大な草原である。
周りを見渡しても草、草、草。遠くには山が見え森らしきものも見える。
「おい……俺はいつ超能力者になったんだ?」
テレポートなんてスキルなど生まれてこの方持ったためしがない。そんな能力があるのであれば……海外のビーチにいって金髪トップレスの姉ちゃんを堪能しまくるに決まっている。
「あのジジイ……なにが大和撫子の姉ちゃんに会えるだ」
そんなことは一言も言っていないと反論が来そうなものだが生憎と千次しかこの場にはいない。
「ともかく帰ろう」
手にしていた刀を抜き放つ。が、うんともスンとも言わない。
「……もしもし? 刀さん? えっとおうちに返してほしいんだが?」
何も反応がない。だんだんと焦ってくる。いきなりの出来事である意味思考停止していた部分もあったので現実感がなかったが、間違いなく自分はこの草原に放り込まれたのだと認識し始めそれが恐怖となって彼の心を支配し始めたのだ。
「南無大明神様。仏様。キリスト様。シヴァ神様。天照様。ゼウス。オーディン。つうか何でもいいから何とかしろよ!」
古今東西の神に祈るも答えなど来るはずもない。
歩き出そうにもどっちの方向に進めばいいかもわからない。さっきまで深夜だったのに今は夕方くらいだ。時差ボケ? もあって少し眠たい。ついでに腹も減っている。さらにはTシャツにスウェットというまさに自宅姿である。
「テクマクマヤコン・ザーザード・黄昏よりも暗き者・今こそ爆発しろ竜王丸・はあああああああああああああ」
なんかもういろんな呪文を唱えてみたけどダメだった。わかっていたことだし何かむなしくなった。
「ふっ……やるな」
なにがやるのかよくわからんがともかく何か言ってみたかったようだ。
本格的に困った。
「いたか?」
「こっちにはいない」
「くそっ。どこへ逃げた! 手負いだからそう遠くまでは逃げられないはずだ」
「だけど見つけたところで俺達には手におえないぞ?」
「当たり前だ。あんな化け物とやりあうなぞ自殺行為だ。俺たちはヒサヒデ様に伝えるだけでいい」
なにやら何人かの集団が話し込んでいるようだ。見ると全員武者鎧に槍を持っている。
コスプレ? 千次がそう思うのも無理はない。どう考えても現代の日本でこんな恰好をしている人など他にはいない。
言葉は日本語である。とりあえずここが日本だとわかっただけで一安心だ。携帯電話でも借りて警察に連絡すれば何とかなるだろうと思い彼らに近づいていく。どうせなら綺麗なねーちゃんがよかったなあと思いながらではあるが。
「あのー」
と第一声を放ったところでいきなり槍を突き付けられた。なんて物騒な完全になりきってやがるとちょっと警戒する。
「いや、あやしい者じゃありません。少し道に迷いまして……ここってどのあたりですか?」
「なんじゃ? お主? 妙な事を尋ねるな……む?」
妙な事と言われても自分はごく普通に尋ねたつもりなのだが相手は警戒の手を緩めないようだ。なんというか……色々と痛い人たちなのかなーと考えながら相手の出方をうかがう。
「おい……この場においてそのような服装。面妖な」
ごく普通にTシャツにスウェット。確かに外行きの服装ではないにしろ、おかしなところなどそれほどあるはずもない。完全になにかがおかしい。
「足利の間者か?」
いやちょっと待て……なりきるにもほどがあるだろ。足利っていつの時代だよ。とのんきには考えていられない。なぜなら全員がその一言で槍を突き付けてきたのだ。
「妖しい奴だな……」
「うむ間違いなく妖しい」
「大体顔が気に食わん」
「みろ。この助平そうな顔」
「取りあえずサクッと言っとこうかの」
五人が五人とも千次を敵とみなしたようである。
「ちょっと? おっさんがた落ち着けよ! いい歳こいてコスプレ姿を見られる恥ずかしい気持ちはよくわかるけど……目が怖いよ?」
「こすぷれ?」
「これまた面妖な」
「外来語ではないか?」
「ならば織田の間者か?」
「取りあえず殺しとこう」
じりじりと間合いを詰められる。あああ、なんか命の危険を感じる。考えるまでもなく直感でそう思い逃げる準備に入る千次。
そして次の瞬間千次が一瞬前にいた場所にぐさりと槍が大地に突き刺さった。回避がコンマ一秒遅れていたらおそらく右足にそれが刺さったであろう。
「おおおおお……マジか……ちょ……」
いつから日本はこんなに物騒な国になったのだ。本気でやばいと思い説得をあきらめて一気に背を向けて彼は全力で逃げ出した。
「逃げたぞ!」
「追え!」
「やはりどこかの間者か!」
「あやしげなやつだ!」
「とりあえず槍で心臓をつきさそうぜ」
さっきから五番目のやつ。俺になんの恨みがあるんだと心の中で抗議の声を上げる。後ろをチラリとみると鎧をつけているのに五人ともすさまじい速さである。
「ざけんな! 逃げ足に関しては天下一品のこの俺様に鎧ごときが追い付けるものかよ! たっけてーーーーーー! こーろーさーれーるー。へるぷみー! 警察さーん!」
セリフの後半からは恥も外聞もない。ともかく見栄などすてて助けを呼ぶ。女も知らずに死ぬなど絶対に認めない。ましてやむさくるしい男の手にかかるなぞ間違いなく地獄の苦しみ以上の出来事だ。同じころされるにしてもヤンデレ美少女に刺されたほうが一億倍もマシだ。
たしかそんなゲームがアニメ化され素敵な船の映像が流れたなーあのアニメの主人公が羨ましいと結構余裕のあることを思い浮かべる。
ともかく逃げる。全力で逃げる。しかし遮蔽物のない草原だ隠れる場所などどこにもなく相手にとっては追いやすい地形だ。こうなると体力がものを言う勝負になってくる。
相手は重い鎧。対してこちらは軽装もいいところだ。捕まるような真似はない。
やがてどこをどう逃げたのか草原から岩山に景色が移り変わっている。後ろを見ると相手はまだ追ってきている状態だ。ぜえぜえと息が切れてくる。
もうだめだと体力の限界を迎えてその場にへたり込む千次。
「ようやく追いついたか」
「手こずらせおって」
「さすがに疲れたわい」
「さて、取りあえずヒサヒデ様のもとへ連れて行こう」
「いや殺そうぜ」
五人目こら! なぜおれをそこまで殺したがる! と聞きたいが酸素を取り込むのが精いっぱいで抗議の声を上げることがやはりできない。
もうだめかと諦めた時、その五人があっという間に切り伏せられて血をまき散らし絶命した。
突然の出来事に現実を受け入れられない千次。
「血、血、血がでーちゃった血がでーちゃった♪ 真っ赤なお血血がでーちゃった」
ある意味壊れたのかもしれない。訳の分からない歌を歌い、目が死んでいる。
「そのほう、怪我は……ないようだな」
甲高い女性の声である。その声を聴いた途端あっという間に精神を建て直しその女性の手を握る。
「危ないところを助けていただき感謝します」
見ると赤い髪を長くたらし、赤い鎧に身を包んでいる女性であった。顔立ちは目鼻がくっきりとしていて白い肌に薄紅色の唇。少し鋭い目つきをしているものの可愛いというよりは美人の類に入る女性である。さらに鎧は要所要所に身につけているだけで地肌がところどころから見え隠れしていて、なんというか水着みたいな鎧だ。
コスプレ美人キターーーと現実を忘れたかのように心の中でガッツポーズをする。というかたった今起こった殺人事件などなかった事にしている。
いきなり手を握られた女性は額から汗を流す。隙を見せたわけじゃないのにあっという間に懐に潜り込まれ手を握られるという早業と千次との距離があまりにも近いためだ。
「い、いや……まあ礼には及ばん。事情は分からぬから余計なおせっかいとも思ったのだが、あやつらはヒサヒデの手の者のようじゃったからつい助太刀に入ってしまった。よかったのかのう?」
「なるほど。僕の美貌に一目ぼれして思わず助けに入ったというわけですね? いやはやこのお礼は体で返させていただきます。誰も見ていないようですし。ささ、その無骨な鎧を脱いで」
瞬間脳天に稲妻が走った。鎧に手をかけて脱がそうとした千次の脳天に女性が肘打ちをかましたのだ。
「何をどう聞いたらそのような話になるのじゃ! おまけに鎧まで脱がそうとするとは!」
「い、痛い」
「当たり前じゃ馬鹿者が……う、傷口が……」
元々どこか怪我をしていたのだろう。先ほど五人を斬り伏せたのも含め、今のやり取りで傷口が広がったようだ。
「血、血が出ているよ! ねーちゃん!」
現実の立ちかえったのかあわてる千次。
「ねーちゃんではない! まったくワシをそのような扱いをするやつなぞ初めてじゃわ。はあはあ」
やはり無理をしていたのか少し辛そうに息を切らせ座り込む女性。
「ここが感じるのか? ここか? ここか?」
いつの間にか千次が一緒に座り込み女性の太ももをなでまわしている。当然拳がめり込んだ。
「いきなり何をするんだ!」
「それはこっちのセリフじゃ! あ……さらに傷が……」
そこへクナイ地面に突き刺さった。いきなりの出来事に千次は思考停止に陥る。
「ふふふ……ようやく見つけたわあ。遠くへ逃げていたかと思ったらまだこんなところをうろついていたのねえ」
「見つかったか……早雲の犬め」
髪の毛をセミロングにして僧衣のようなものに身を包んだ女性。こちらも千次を助けてくれた女性に負けず劣らずの美人である。茶色い髪の色に雪のような綺麗な肌。目はたれ目がちでなにかこちらを隠避な気持ちにさせるようなそんな雰囲気を持っている。
手には鉤爪のようなものをものをつけていてそれは危険な鈍い光を発していた。が、千次にとってそんなことは関係がない。
「おぜうさん……あなたに会うために僕は生まれてきたのです。さあ今宵は僕と一緒に真実の愛を探しましょう」
瞬時に後ろに回り込み思いっきり抱きすくめる行為はまさに痴漢のそれである。赤い髪の女性は顔に手をやり、いきなり後ろをとられた女性は驚愕する。
「ちょっとお……ヨシテルゥ? この子何? あたしの後ろをとるなんてありえないでしょ?」
背負い投げの要領で千次を投げ飛ばし思いっきり踏みつける。
受け身もろくにとれず千次は蛙のつぶれたような悲鳴を上げて息を詰まらせた。
「ワシもちょっとびっくりした。何者なんじゃろうな」
「アハハハ。相変わらず適当ねえ……そんなんだからワタシという家臣に裏切られるのよ」
「ふん……貴様が裏切ることなど先刻承知じゃ……ワシの予想だともう少し後だとふんでおったのだがな。不覚じゃったわ」
「そしてその不覚があなたの命運を分けることになる。ここまでよ。ヨシテル。剣聖将軍もこれで終わりよ」
「例え怪我をしていようと貴様一人道連れにすることくらいできるわ」
「その強がり……どこまで通用するか見せてもらうわ!」
瞬間移動いたかと思われるスピードでヒサヒデと呼ばれた女性がヨシテルに襲いかかった。しかしヨシテルは素早く刀でその鉤爪を受け止め押し返す。
その勢いにヒサヒデは宙に舞いくるりと身をひねらせて大地に着地した。とたんに剣線が雨あられとヒサヒデに襲いかかる。
早いだけではない。一つ一つが骨を断つ一撃である。体の芯にまでズシンと来るようなすさまじい威力だ。
「この……伊吹!」
ヒサヒデはそういったとたん鴉の羽が舞い降りる。
危険を感じたヨシテルが素早く後方に引く。
「ふふふ、我が鴉に導かれ黄泉の国へと旅立つがいいわ」
「おかしいのう。八咫烏は神の御使い。なればそなたのような悪党に力を貸すとは思えんがの……狂い咲け深紅の桜!」
こんどはヨシテルの周りに桜の花が舞い降りる。
黒と赤二つの色が何百と浮かぶその姿はどこか幻想的でそして危険なものだ。
そんな戦いを目にしながら千次はますます現実から遠ざかっていく。美人のねーちゃん二人がいきなり魔法バトル? 逃げることすらも忘れ呆然と立ち尽くす。
「おやおや……そんな体で心力を解放してもいいのかしらねえ?」
「いったであろう? お主だけでも道連れにすると」
分が悪いのはやはり怪我を負っているヨシテルのほうだ。どうやらかなり無茶をしているようで顔色が数段と悪くなっている。
「いけ! 血染め桜!」
「やれ! 黒き刃!」
二つの力がぶつかり合う。花吹雪と無数の羽が甲高い音を奏でお互いを切り刻もうとしているのだ。そしてそれがさらに激しくなっていく。となると無防備に立ち尽くしていた千次にも襲い掛かってくることになる。
「おおおおおおおお! ちょっと! お二方!? 善良な素敵でかっこいい男性の事も考えてください! 死ぬ! 死ぬって!」
巻き添えを食らわないように必死で逃げる。花吹雪と黒き羽の余波だけでも千次の肌は切り刻まれるほどだ。痛みが体を襲ってくる。
「しぶといわねえ……早く楽になったら? あなたの妹はちゃあんと可愛がってあげるから」
「貴様……わが妹まで手にかけるというのか……」
花吹雪と黒き羽の中でも二人は剣戟を散らしている。あちこちから火花が飛び散るほど激しいものだ。
鍔迫り合いをしながらヒサヒデはヨシテルを挑発する。もちろん千次の抗議の声など耳に入っていない。
「くそ……」
突如ヨシテルの力がガクンと落ちる。傷口の影響だ。そしてその隙を見逃すほどヒサヒデは甘くはない。
「あははは! あたしの勝ちよ」
そうしてとどめを刺そうとした瞬間。
「いい加減に……しろーーーーーーー!」
全力で……無我夢中で千次は手にしていた刀を抜き放ち横一線に振りぬいた。
まさに自分の命を守るためのその一振りは彼女らの力である花吹雪と黒き羽を一気にかき消し、そしてヒサヒデを吹き飛ばした。
突如の出来事にヨシテルは言葉を失う。何が起きたかと見渡すと先ほど助けた男性が刀を抜いていた。そしてその瞬間すべてを悟ると同時に疑念がわいた。
「まさか……アマノムラクモ!? なぜ……」
なぜこの場にあるのか、なぜ彼が持っているのか……この疑問は彼に聞くしかない。
その想いは吹き飛ばされたヒサヒデも同じである。
「いったーい……なるほどねえ……あなたが彼といた理由はそういうわけだったの」
実際は違うのだが否定するほどの事でもないのであえて答えない。
「まあいいわ……アマノムラクモの資格者を敵に回すほど愚かな行為はしたくないし、今日は引くわ。命拾いしたわね。将軍様」
そういってヒサヒデは鴉の羽に身を包ませその姿を消した。
とりあえずは助かったkと一息つくヨシテル。
そしてなにやら不可思議な顔をして刀を見つめている千次。
とりあえず聞きたいことは色々とある。まずは城へ戻り傷の養生。それとあの者を野放しにしてはいけない。なれば……なんとなく非常に気は進まないが傍に置かなければならないだろう。そういえば自己紹介もまだしていなかった。話はそれからだなと傷口を押えながら千次のもとへと歩み寄っていく。
千次が飛ばされた世界はまさに歴史上の人物が大活躍している戦国時代。しかし千次の知識にある戦国時代とは全く異なる世界であった。彼はまだそのことに気がついてはいない。
歴史上の人物の女体化もう色々と使い古されていますね……そういった作品の影響を受けています。
戦国乙女いいですよね(苦笑