カゴの中の鳥
カゴの中の鳥は、もともと大空を自由に飛んでいました。苦労もあったけれど、無限の天地を自在に飛翔していた……。
ある日、すすめられて、カゴの中に入り、しばらく過ごすうちに、大空を舞っていた頃の記憶を失います。
わずかなエサと、わずかな水を与えられ、それに満足してしまって、カゴの中での暮らしが当たり前になってしまった。
カゴの扉は、本当はいつでも開いているのです。
それなのに、天空の記憶を失った小鳥ちゃんは、空が怖い、光が怖い、……カゴの中にいる安心感に麻痺してしまいました。
いつだって逃げ出せるのに。
やがて、わずかばかりのエサと水を与えてくれる飼い主様に感謝して、何もかも飼い主様の言いなりとなる小鳥ちゃん……。
♪かごめかごめ
カゴの中の鳥は
いついつ出やう
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だあれ
かごめの歌には、調べたら、色々な俗説があった。
間引きした子供の為の歌だとか、遊郭から抜け出せない娼婦の為の歌だったとか……。
え? 何いってるの? と思う。
カモメ歌は人間のことを歌っている歌だと俺は思う。
率直にそう思う。
だから、俺なりに、かごめの歌 を作りかえてみましょう。
人間よ、人間よ
この現象的世界の中での人間よ
お前は本当の自分自身にいつになったら気づくのだい?
時間も空間もない世界の中において、
お前はお前自身の永遠の生命を忘れてしまったのだ
後ろの正面は誰だって?
もちろんそれは、本当のお前自身、無限の可能性をもった人間全ての実相に他ならない
帰れ、帰れ、無限にして自在であったあの自由の天地において、もう一度飛翔せよ
俺、間違ってます?
東洋思想や心理学、哲学の基本を学んだ人ならば、誰だってこのように解釈すると思う。
一見、謎解き風の歌詞にすることで、民衆に難解な哲学的真実を考えさせようとした作者は、慈悲深い方であり、そうとうな人物だったでしょう。
おそらくは、僧侶ではなかったのかな? と思う。
カゴの中の鳥……。
遠回りばかりしてきて、未だに貧乏で何もなし得ていない自分。
後ろの正面の、無限の自分自身に心から気がつけば、本当は何もかも可能な筈なのに……。
おれも未だ、カゴの中の鳥です。




