ミスターグッドバーを探して
君はただ、一時でも気持ちの休まる、良い止まり木を探して生きてきただけだったのだ。
誰かが言っていたみたいに、けして男好きなんかじゃない。悪い人間なんかじゃない。
君は生まれ故郷を後にして、各所をながれ、こんなところに逢着して、今、自分を失い、ただ地面にうずくまって頭を抱えて泣いているだけ。
好きな人がいるの?
結婚したいの?
心から好きなの?
ならばなぜ、君は、ミスターグットバーを探して歩みつづけるのだろう……。
男は誰も、君の中の言い知れぬ願いを叶えることはできなかった……。
彼にはお金はあったが、愛はなかった。
彼は貧しい人だったが、外見だけの男だった。
彼には地位があったが、君を導いてはくれなかった。
彼は頭の良い人だった。でも、目的は君の肉体だけだった。
彼は君を心から愛していると言ってくれた。なのに君に対する暴力は、やまなかった……。
あの可愛いらしいブランコに乗った女の子は、今、経験を積んだ大人の女になった。
君は他人を助けられる程に経験を積んだのに、今もまだ、自分の中の言葉につくせない隙間だけは埋めることはできていない。
ただ正直に生きてきたのに……。
野に放たれて、生きる為に君が何をしてきたのか、そんなことには興味はない。
苦しいこともあっただろう。
他人に言えないことも随分やってきた。
だって、君は生きていかなければならなかった。
不思議な、赤茶色の瞳と赤い髪……。
明晰な頭脳。
君は昔、貧しい僕の前に、ふいに現れて、そうして去って行った。
あの燃える瞳の記憶だけを残して……。
君は今、どこにいるの?
何をして暮らしているのだろう……。
誰かに行方を尋ねてもけして答えは返ってこない。
君は名前のない野良犬みたい。怪我をして、怯えて吼えている野生動物みたい。
誰を騙し、誰に騙されてきたのだろう?
世の中なんて八割は汚い世界さ。残りの二割だって怪しいものさ……。
本当にそんなふうに思っているの?
ひとりぼっちの僕が、君に出逢ったのは、赤く寂しい日暮れ時……。
誰かに君を頼めたら、あれからの僕の旅路も安心だったろう。
ひとりぼっちの赤毛の君を……。
行方の知れない僕の……恋人。
静まり返った街の中、君は寒風に襟を立てながら、どこかの道を歩いているのだろう。
凛々(りんりん)として、激しい冷気に耐えながら、濁流のように流れる人並みの中を毅然として、歩いていることだろう。
その肩越しに、昔の君が向かって来る。あの希望に満ちていた頃の君が……でも、それは若い頃の君なんかではなく、本当の無限の君そのものの、お方。
君と同じ顔をした君自身が、すれ違いざまに君に微笑みかけているのに、君は気づこうとはしついない。
何千何万の道いく見知らぬ人々も、そしらぬふりをしながら、本当は君のことが心配でならないのに……。
船にのっていく
別々の所で生まれ
別々の心をもった
君という数千人が
同じ船に乗り合わせて
流れていく……
この船にのりなさい。本当は君の身体になんて興味はない。君の過去にも興味はない。ただ僕は、君が生きる道を知っている。それは、ずっと後、何年も何年も先に教えてあげよう。だから、この船に乗りなさい。
ミスターグットバーを探して……。
良い止まり木は、男だけとは、かぎらないんだぜ。
でも、……
君の行方を僕は知らない。
いまはもう、行方のしれない燃える瞳よ……