サポートキャラがいなくなったんだけど、どうしたらいい?
「トニー、あなたに手紙です。ダフネとパーシーからですよ」
「二人連名で? 結婚式の招待状かな?」
「そういう感じではなさそうですけど……」
ある日、冒険者ギルドで俺はミラベルから一通の手紙を渡された。
居場所が定まらない冒険者はこうやってギルド留めで手紙を受け取ることがある。
ダフネ嬢がミラベル宛に手紙を寄こすことはちょいちょいあるが、パーシーと連名で俺宛に、というのは初めてだ。
封を切って内容を確認すると……。
「……なんだこれ」
要約すると『シャーリーを助けてあげて欲しい』ということになるが。
シャーリーってあのシャーリー?
なんでシャーリー?
「ダフネ嬢にシャーリーって名前の友達いたかな?」
「さあ……私は聞いたことがありませんけど」
手紙を見せて訊いてみたけど、ミラベルも首を傾げている。
ダフネ嬢の周辺人物でシャーリーと言えば、俺の元・幼馴染で転生ヒロインのシャーリーが真っ先に思い浮かぶが、ダフネ嬢とは同じ学園に通っているというだけで、直接の知り合いではなかったはずだ。
他にシャーリーという人物がいたのだろうか?
じっと手紙を凝視する俺。
〇ダフネ・ダーリントンからの手紙。パーシー・メアスコットとの連名。愛犬マロウの署名付き。
犬の署名って……手紙の隅っこに小さくへこみがある、これは犬が噛んだ歯の跡か?
いや、犬の署名はどうでもいいんだ。
問題はなぜダフネ嬢がシャーリーのことを頼んでくるのか、だ。
狐につままれたような気分で、俺は返事を書いた。
来月の祭りに合わせて王都に戻るから、祭りの前日に四人で会おう、と。
そして祭りの準備で賑わう王都。
屋台が並ぶ広場で、久しぶりに集まった四人、パーシー、ダフネ嬢、ミラベル、そして俺。
パーシーに励まされながら、おずおずと用件を話し始めたダフネ嬢。
詳細を聞き終えて、俺は呆れずにはいられなかった。
シャーリー、おまえ何やってんだ……。
※
ダフネは内向的な性格の子爵令嬢である。
友達がいないわけではないが、大勢で賑やかに遊ぶよりも室内で刺繍をしたり、静かに本を読んでいる方が性に合っている。
そんなダフネだが、ここ一年ほどは外に遊びに行く機会が増えていた。
一番の理由は、友人であるミラベルのためだ。
彼女は家でまともに食事を提供されていなかった。
ミラベルが栄養のあるものを食べられるようにするために、魚釣りや野草採取などに連れ出そうとしているのが、同級生のパーシーとトニーだった。
『男子二人と女子一人では外聞が悪いので、もう一人女子に同行してほしい。慈善を施されていると感じさせないために、犬の運動不足解消のためにグループで出かけるという形にしたい』
二人にそう頼まれて、ダフネは快諾した。
犬と遊ぶのは好きだし、パーシーも親切ないい人なので、人助けを断る理由がない。
トニーは他人をじっと見る癖があって少し怖かったけれど、知り合ってみたら悪い人ではなかった。
それにパーシーにこっそり耳打ちされた。
『トニーがさ、ミラベル嬢のこと好きになっちゃったみたいなんだよ。こっそり応援しようと思うんだ』
そういうことなら、とダフネも一緒に応援することにした。
あからさまにではなく、四人で一緒に出掛けて、あくまでも自然に、さりげなく、トニーとミラベルがペアを組むようにしたり、二人きりになるようにしたり……。
そんな応援の甲斐あって、トニーとミラベルは二人そろって冒険者になり、一緒に旅立って行った。
二人で同じ宿に泊まったりするのだから、これはもう婚約したも同然だとダフネは思っている。
トニーとミラベルがもう学園に来ないので、少し寂しくはなったが、パーシーとのお出かけは今も続いている。
彼の愛犬マロウは運動が大好きで、時々遠出に連れて行って思いっきり運動させてあげる必要があるから……。
インドア派のダフネだけど、犬との触れ合いは心が弾む。
それはそれとして、読書もやっぱり好きなので、学園での空き時間には本を読むことにしている。
こんな気持ちのいい季節には、人の少ない中庭の木陰でベンチに腰を下ろし、読みかけの本の続きを……。
「ふざけんじゃないわよ!」
ドン!
頭上の木の枝がざわざわと揺れた。
一瞬、何事かと驚いたダフネ。
木の向こう側に誰かがいるらしい。
その誰かさんは木の幹を思いきり蹴りつけた。
ダフネがいるのに気づいていないのか、大声で悪態をつきながら。
「何が不満なのよ、これだけの美少女なのに!」
ドン!
「イベントだって苦労してこなしたのに、なんで好感度が上がらないのよ! 散々貢がせておいて、『こういうことはやめてくれないか』なんてどの口が言うのよ!」
ドン!
「私だって好きでやってんじゃないわよ! 攻略対象だから仕方なくご機嫌とってあげてんじゃない! 攻略されるのが嫌なら攻略対象になんかなるんじゃないわよ!」
ドン!
ひときわ大きく枝が揺れ、パラパラと何かが降ってきた。
葉っぱ、小枝、花びら、そして……八本脚の小さな生き物。
ダフネが広げた本のページの上に、小さな蜘蛛が。
「……い、嫌ぁあ~!」
思わず本を取り落とし、悲鳴を上げて立ち上がった。
本を落としてしまったことに後悔し、拾い上げなければと思うが、蜘蛛がついているので触れない。
どうしよう、どうしたら……。
「……誰かいるの?」
木を蹴っていた人物がダフネの存在に気付いたようだ。
怪訝そうな声を出してこっち側へやってきた。
ダフネはその人物を見て、少し意外に感じた。
乱暴な言動に似つかわしくない、とても可愛らしい顔をした美少女だったのだ。
その美少女はダフネを見て眉根を寄せた。
「何よ、何か文句あるの?」
「いえ、あの……」
木を蹴るのは悪いことだと思うが、今ダフネが直面している問題はそれではない。
オロオロと、地面に落としてしまった本を指さす。
「……本、拾いたい、のです、けど、怖くて、あの、触れなくて」
「もっとハキハキ喋りなさいよ。怖いって何が……ああ、これね」
その美少女は蜘蛛に目を留めると、ためらうことなく本を拾い上げ、サッと蜘蛛を払い落した。
そのままパンパンとホコリをはたく。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……?」
本を手渡してくれたので、反射的にお礼を述べたが、よく考えると蜘蛛が落ちてきたのはその美少女が木を蹴ったせいなので、ダフネが感謝するのはおかしい気がする。
その美少女はさっさと立ち去ってしまった。
怖い思いをしたのに、謝罪はしてもらえなかった。
釈然としないダフネだった。
その少女と二度目に出会ったのは学園の食堂の近くだった。
可愛い顔に笑みを浮かべて、小さな包みを差し出している。
相手は学園の有名人、貴公子と呼ばれる五人のうちの一人だ。
差し出された包を見て困ったような表情を浮かべている。
「クラレンス様に喜んでもらおうと思ってぇ、私ぃ、一生懸命探してきたんですぅ~」
「ああ、そうなんだ……でも……」
「クラレンス様ぁ、受け取ってくださいますよねぇ?」
「えーと……ごめん、無理!」
将来は宮廷魔導士かと歌われている魔術の天才、伯爵令息クラレンスは脱兎のごとく走り去った。
後ろを振り返ることなく。
包を差し出すポーズのまま、ポカーンとその後ろ姿を見送った美少女は……。
「……何よ、バカにして!」
ぐしゃり、とその包を握りつぶした。
近くにあったゴミ箱につぶれた包を乱暴に叩きこむ。
それでも気が済まなかったらしく、彼女はゴミ箱を蹴飛ばした。
大きな音を立ててゴミ箱が倒れる。
息を呑むダフネ。
フーフーと肩で息をする美少女が視線を上げ……ダフネと目が合った。
……。
気まずい沈黙。
「……フン!」
美少女は肩を怒らせ立ち去った。
後には倒れたゴミ箱と立ち尽くすダフネ。
……なんか凄いもの見ちゃった。
ゴミ箱を蹴り倒す女性なんて初めて見た。
とりあえず他に誰もいないので、仕方なくゴミ箱をよいしょと元に戻す。
蹴り倒したのはあの子なのに、なぜ私が片付けてるのかしら……。
やはり釈然としないダフネなのだった。
三回目にその美少女と邂逅した時、これはもう偶然の枠を超えて運命なのではないかとダフネは思った。
それは奇しくもあのベンチがある木の下だった。
あの時のように読書をしようと木陰を目指して歩いていたダフネは、そこに二つの人影があるのに気づき、足を止めた。
人がいる、どうしよう。
先へ進むのをためらうダフネの耳に片方の人物の声が届いた。
「君はいったいどういうつもりなんだ?」
苛立った様子の男性の大きな声。
……怖い。
ダフネは男性の怒鳴り声が苦手だ。
木の下にいる人物は声に怒りが感じられる。
……引き返そう。
どこか安心して本が読めるところへ移動しようとした時だった。
「マナーを守らない、断っても断ってもしつこく声をかけてくる! 適切な距離を取るようにと再三忠告されているはずだが!?」
男性の声が一段と大きくなった。
怒鳴られているのが自分ではないとわかっていても、恐怖で足がすくむダフネ。
立ち去りたいのに、動けない。
「とにかく、こういうことは迷惑だ。今後一切、私には近づかないでくれ」
男性の足音が遠ざかっていく。
ダフネは恐怖で固まったまま、その足音を聞いていた。
「……あの野郎、えらそーに」
女性の低い声が木の下から聞こえた。
聞き覚えがあった。
「ふざけんな! 私だって近づかずに済むなら近づきたくないわよ!」
ドン!
木が揺れた。
これは、あの時と同じ……。
固まっていた体がフッとほぐれた。
呼吸ができる。
ホーッと息を吐きだすと、自然に口から言葉が飛び出した。
「あの時の方ですよね?」
「……はい?」
怪訝そうにこっちを見てくる、彼女はやっぱりあの時の美少女だった。
数分後。
美少女とダフネは並んでベンチに座っていた。
彼女はシャーリーと名乗った。
「木を蹴るのは良くないと思います。木が可哀そうですし、色んなものが落ちてきます。蜘蛛とか」
「……わかったわよ」
「ゴミ箱を蹴るのも良くないと思います。あなたが立ち去った後で私が元通りにしたんですよ」
「悪かったわよ、ごめんね!」
憤然と謝罪された。
怒ったような顔で、ツンと顎を上げて。
謝る側の態度ではない。
ダフネは笑いがこみあげてくるのを隠した。
この人、乱暴だけど怖くない。
「贈り物、断られて悔しかったんですね?」
「そうよ!」
「ゴミ箱の時と違う人でしたね」
「そうよ、悪い?」
「悪いかどうかは私が決めることではないですけど……」
シャーリーは横目でダフネを睨んだ。
そんな目つきをしても、やっぱり可愛いとダフネは思った。
「どうせ尻軽だとか、品がないとか言うんでしょ。わかってるわよ。でも、しょうがないじゃない。これしか方法がないんだから」
「方法って、何か目的があってのことなんですか?」
玉の輿に乗りたいとか、そういうことかな、とダフネは思った。
シャーリーの愁いを帯びた横顔は可愛い。
でも良縁を掴みたいなら、もっと内面を磨かないといけないのではないだろうか。
それをどこまで正直に伝えていいか、ダフネは迷った。
「言ってもどうせ信じてくれないと思うけど……」
だがシャーリーが打ち明けた目的はダフネの予想を裏切るものだった。
「あいつらのうちの誰かを攻略しないと、町が魔物に侵略されて大変なことになるの」
攻略。
魔物。
わからなかった、シャーリーが何を言っているのか。
ただ真剣なその面持ちから、その場しのぎの言い訳ではないことはわかった。
シャーリーの決して上手いとは言えない説明に、ダフネはひたすら耳を傾けた。
「……というわけで、私はゲームのヒロインで、あいつらは攻略対象なの。魔物の侵略イベントで、ヒロインと攻略対象がペアを組んで戦うことになるんだけど、その時好感度が一定以上になってなかったら、討伐に失敗して、町が大惨事になるのよ」
「騎士団が守ってくれたりはしないのですか?」
「王族や貴族は守られるかもしれない。でも下町には大きな被害が出るの」
ありそうな話だ、とダフネは思った。
王都は広い。
騎士団もすべてを守れるとは限らない。
下町が犠牲になる可能性はある。
魔物の侵略が本当に起きたらの話だが。
「私、今は男爵令嬢ってことになってるけど、元々は下町育ちなの。友達も下町に住んでるし、見捨てるわけにはいかないのよ。なんとしても防ぎきらないと」
「それでその攻略対象でしたか、その人たちに好きになってもらわないといけないんですね?」
「そう。好感度が高ければ戦闘力が何倍にも強化されるのよ。だから必死で攻略頑張ってるのに、あいつらときたら……」
シャーリーは歯を食いしばり、拳を震わせている。
怒りの表情も可愛いが、そんなシャーリーが『攻略』に失敗している原因の一つにダフネは思い当たっていた。
シャーリーを傷つけないように伝えたい……。
ダフネは言葉を選びながら口に出した。
「ええと、攻略って、相手が喜びそうな言葉をかけたり、贈り物を渡したりすることなんですよね?」
「そうよ。ぶっちゃけストーリーはあんまし覚えてないからセリフは間違えてる可能性あるけど、プレゼントはバッチリだったはずなのよ。お金ないから苦労して手作りしたり、山から取って来たりしたのに、あいつら感謝しないの! 貰えるのが当たり前だとでも思ってんのかしらね、苦労知らずのボンボンは!」
「それは……」
実際、渡される物に有難みを感じていないのかもしれないけれど、問題はそこではなく。
「シャーリーさん、あの方たちに思いを寄せていないですよね?」
「そうだけど?」
それがどうかしたのかと言いたげなシャーリー。
キョトンとした顔でダフネを見てくる。
「贈り物をいただいて、下さった方を好きになるのは、それを下さった方の想いが感じられるからこそだと思うのです」
ダフネの脳裏にはよく知っている人の顔が浮かんでいる。
釣り竿や焼き魚を手渡してくれる時の、その人の顔にはいつも特別な想いが見て取れる。
受け取る人に喜んでほしいという気持ち、あなたが大切ですという気持ち……。
「あなたが好きですという気持ちが伴っていなければ、ただ覚えを良くしたいだけの贈り物では、商人からの付け届けと同じだと思うのです」
ダフネの父親は大して権力を持っているわけではないけれど、それでも貴族の端くれなので、出入りの商人がちょっとした品物を持参することがある。
高級菓子の詰め合わせなど貰うと嬉しいが、だからといってその商人に恋したりはしない。
「付け届けねえ。それって賄賂ってこと?」
「そういう言い方は聞こえが悪いので……関係を円滑にするための営業努力、でしょうか?」
「同じことじゃん。つまり私は賄賂で貴族の男に取り入ろうとしている悪女ってわけね」
「それに近い印象かもしれません」
「そっか、嫌われるわけだわ」
ハ、と力のない笑いが漏れた。
そんなシャーリーが悪女だとはダフネには思えない。
がむしゃらな努力が報われず、傷ついているだけの少女に見える。
「シャーリーさん、攻略対象の中に好きな人はいないのですか? きちんと想いを込めて接すれば、もしかしたら……」
「ないない。私そういうの無理だから」
シャーリーは否定するように片手を振った。
「恋とか愛とか、そういうの生理的に受け付けないっていうか。フィクションだったらいいんだけどさ」
「フィクション?」
「そ。物語の中ならってこと。実際、物語の中にしかないんじゃない?」
「えっ……」
「真実の愛とか、スパダリの溺愛とかさあ、現実にはあり得ないよねえ。ヤンデレなんかも実際あったら犯罪だわ」
アハハと笑うシャーリー。
彼女の言葉の中にはダフネが知らない単語が幾つかあったが……。
「愛が、物語の中にしかない……ということですか……?」
「そうよ」
あっけらかんとシャーリーは肯定した。
ダフネが衝撃に固まっているのにも気づかずに。
「恋愛感情って要するに種族維持のための本能でしょ。つまり性欲じゃん。要はやりたいだけだよね。発情期ってやつ? ゲームなら生身じゃないからいいけど、現実の男なんてさあ。口では好きだとか、愛してるとか言うけど……」
「……そんなのじゃない」
言葉を絞り出したダフネ。
その顔を見て、シャーリーはハッとしたように言葉を切った。
「……そんなのじゃないんです」
「あ、えーと、ごめんね、言いすぎたかな?」
「そういうのとは違うんです。絶対に違う。人を好きになるって、そういうことじゃない。愛ってあるんです、本当にあるんです」
「ああ、うん、そうだよね。あなたの周りにはあるんだよ、きっと。私の周りになかっただけで。あなたにはあるから、だから……」
泣かないでよ、とシャーリーはポケットをゴソゴソ探ってハンカチを取り出した。
白いハンカチを目の前に突き出されて、ダフネは自分が涙をこぼしていることに気づいた。
※
ダフネ嬢から一部始終を聞かされて、俺は頭を抱えたい気分になった。
何やってんだよ、シャーリー!
『性欲』とか『やりたいだけ』とか『発情期』とか、ピュアな御令嬢に聞かせることか!?
下町のおばちゃんじゃないんだぞ!
いたたまれない気持ちで、視線を泳がせていると、パーシーと目が合った。
気まずくて、どこを見たらいいのかわからないから、安全なもの(俺)を見てるんだな。
気持ちはわかるよ。
だけど男同士で見つめ合ってても仕方がないだろ。
この微妙な空気を一旦リセットして、できることならダフネ嬢に正しい理解を……。
「……シャーリーさんの言うこと、少しわかる気がします」
「ミラベル!?」
俺の心臓が止まりそうになった。
突然何を言い出すんだミラベル!
「もう縁を切っていますが、男爵家の……私の血縁上の父親が、そんな所のある人でしたから」
そうだった!
彼女の実家の男爵家はクズの集まりだった!
おのれシャーリー、ミラベルのトラウマを刺激しやがって!
「そんな人間ばかりじゃないからね?」
シャーリーのアレとか男爵家のソレとかは極端すぎる例だから!
この世界には、そこそこ理性的で善良な人たちがちゃんと存在していて、どっちかというとそれが多数派で普通のはず。
世の中はクズとケダモノで構成されているわけではない。
恋愛感情と性欲とは、近くにあって重なる部分もあり、連動しやすいし、たまに直結されてるっぽい人もいるけど、基本的には別物だ。
恋愛感情は心の働き、性欲は体の働き、心と体は繋がってるけど別々の指揮系統なんだよ……。
……と言いたいけど口に出して説明するには難易度が高すぎる。
わかってくれミラベル、大多数の男はケダモノすれすれではあるが、ぎりぎりでケダモノではありません!
「わかっています。あの家の中にいた時は気づいていませんでしたが、外に出た今はわかります。あの家族は特殊でした」
その言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろす。
早く話題を切り替えよう。
シャーリーは後で処す。
「……で、俺はなんで呼び出されたの?」
「シャーリーさんが……」
ダフネ嬢によると、シャーリーは次のような愚痴をこぼしたらしい。
『あーあ、こんな時トニーがいればなあ。あ、トニーっていうのは私の幼馴染でサポートキャラ。サポートキャラっていうのはヒロインをサポートするキャラのこと。サポートキャラがいれば大体何でも教えてくれるのよ。頼りにしてたのに、勝手にいなくなりやがって、あの野郎。私一人でどうしろっていうのよ……』
それを聞いてダフネ嬢は直感したそうだ。
『サポートキャラのトニー』とはパーシーの友人のトニーのことだ、と。
「何でも教えてくれるというのが、ああ、あのトニーさんだな、って」
ダフネ嬢の中の俺のイメージってそうなんだね。
あんまり人にものを教えすぎないように気をつけよう。
「シャーリーさんを助けてもらえませんか?」
「一応確認するけど、助けるっていうのは、『魔物の侵略から下町を守る』でいいんだな?」
『攻略対象との仲を取り持って欲しい』だったら、俺は言うぞ、それはもう不可能案件だと。
ダフネ嬢はこっくりと頷いた。
「だったら引き受ける。俺も下町育ちなんだし、他人事じゃないからな」
「待てよ、トニー。魔物の侵略って、シャーリー嬢が言ってるだけなんだろ? 信ぴょう性が低いっていうか、ほぼないのに、本当にそれが起きると思うのか?」
パーシーが待ったをかけた。
おまえのそういう現実的なとこ、嫌いじゃないよ。
「起きるよ」
ここは断言しておこう。
魔物の侵略イベント、それはシャーリーの思い込みではなく、確実に起きる。
ゲーム知識もあるが、実際に予兆を見たからな。
「ミラベルと森の探索中に予兆を発見した。あり得ないくらい大量に植物モンスターが発生してる。既に冒険者ギルドにも報告済みだ。ギルドから騎士団にも連絡がいってる。そろそろお偉いさんたちが動き出すんじゃないかな」
※
俺は今、シャーリーと向かい合っている。
「トニー、よくも私の前に顔が出せたわね。この裏切り者!」
腕組みして睨みつけてくるシャーリー。
相変わらず頭が高いというか、不遜というか。
そんな態度でよく貴族令嬢が務まってるな。
……務まってないか。
令嬢人生崖っぷち、既に崖下に落ちてるとも言う。
「攻略に行き詰ってるらしいな、シャーリー」
「うっ」
うぐぐ……と拳を握りしめているシャーリー。
余計なお世話よ、と言いたいところを我慢しているのだろう。
「そ、そうよ! 悪い?」
「サポートしてやらないこともないが……」
俺はシャーリーをじっと見た。
〇シャーリー・ケイル。愛称:下町のボスザル。蔑称:学園の雌犬。王都の下町で育ったガサツな少女。礼儀知らず。喧嘩っ早い。身内には親身になる人情家。祖父は大工の棟梁。父親は不明。母親は既に他界。回復魔法の才能を買われ、ケイル男爵家に養女として引き取られる。貴族の暮らしに馴染めず、下町に帰りたいと願っている。魔力極大。聖属性。回復魔法と浄化魔法に優れる。好きな食べ物はカリカリに焼いたベーコン。好きな動物は猫。嫌いなものはキャンキャン吠える小型犬と軟派な男……。
……。
思えばシャーリーをまともに鑑定したのってこれが初めてかもしれない。
学園入学前に貴族に引き取られて、下町の皆とは疎遠になってしまっていたからな。
ゲーム開始と同時に前世の記憶も蘇り、ボスザルからビッチに人格が変わったと思っていたが、中身は昔のボスザル・シャーリーのままだというのなら……。
「おまえ友達と一年以上連絡とってないだろ」
「それがなんなのよ」
「男爵家で、昔の仲間とは縁を切れとでも言われたか?」
「……あんたに関係ないでしょ」
鑑定で見る限り、シャーリーは下町に帰りたいと願っている。
なのに友達と疎遠にならざるを得ないということは……。
「付き合いをやめないなら、相手とか爺さんの家を潰すと脅されたか」
「なんでそれっ……てか、しょうがないでしょ! おじいちゃんに迷惑かけるわけにいかないんだから!」
ぷいっと横を向く、その不貞腐れた顔は感情剥き出しだ。
とても貴族令嬢には見えない。
そもそもこいつが貴族令嬢だってところに無理がある。
どうやら中身は今でも『棟梁んちのボスザル・シャーリー」だ。
幼馴染の縁は切ったつもりだったが、今だけ、一度だけ幼馴染に戻ってやる。
サポートキャラ・トニー、一日だけの復活だ。
「攻略対象だけどな、好感度は捨てろ。無意味だ」
「どういう意味よ!?」
「要は魔物を討伐できればいいんだ」
「そうだけど! 私だって自分でなんとかできないか頑張って修行してみたけど、攻撃魔法は使えるようにならなかったのよ。回復と浄化だけじゃ魔物に勝てない。盾役と攻撃役がどうしても必要なのよ!」
「そうだな。だから攻略対象は連れて行く」
「好感度を上げないと、そもそも付いてきてくれないじゃない! 私、嫌われてるんだから!」
「自覚あったんだな……。嫌われてても同行させる」
「どうやって!?」
「これを使え」
俺はシャーリーに『ある物』を手渡した。
シャーリーは信じられない物を見る目でそれを受け取った。
「やつらに手袋を投げつけろ。決闘を申し込め。負けたら二度と関わらない、勝ったら魔物討伐に一度だけ同行する。そういう条件で挑戦状を叩きつけろ」
「それって……」
「おまえならやれる。そうだな、まず最初は騎士団長の息子にやってみろ。無駄に騎士道精神備わってるから、女子相手に本気は出せない。そのくせ決闘を申し込まれたら断れない。手加減して制圧しようとするだろう。そこが付け目だ。全力でいけ」
シャーリーの目に理解の色が浮かんだ。
そうだ、おまえの流儀でやるんだ、シャーリー。
似合わない乙女ゲームヒロイン流じゃなく、下町の流儀で。
「……わかった。やる」
シャーリーは俺が渡した金属製のリングを指にはめた。
決然とした面持ちで去っていく。
離れた所で見守っていたミラベルたちが近寄ってきた。
「トニー、彼女に何を渡したのですか? 指に何かはめていましたが、指輪ではないですよね?」
「ああ、あれね。ちょっとした武器っていうか、喧嘩の道具みたいな? 下町の子どものおもちゃだよ」
俺がシャーリーに渡したアイテム、それは複数連なった金属のリング。
見ようによっては犬の肉球に見えなくもないデザイン。
リングに指を入れ、人を殴るのに使う簡易な武器……というか人を殴るのにしか使えない道具だな、魔物相手にはリーチが短すぎて何の役にも立たない。
下町の悪ガキは当たり前に持っていたけど、仲間内での喧嘩にはまず使わないし、ほぼ実用性のないファッションアイテムのようなものである。
こちらの世界での名称はナックルダスターだが、前世の日本では別の呼び方があったな、なんて言ったっけ……そうそう、思い出した。
メリケンサック。
※
今日は祭りの最終日だ。
いいよなあ、祭り。
屋台が出るし、賑やかだし、色んな出し物が見られるし。
「トニー、あれは何ですか?」
ミラベルが指さす先にはたくさんの野菜や果物を積み重ねた山と、その上に鎮座する巨大な作り物の七面鳥があった。
「あー、あれね。七面鳥の祭壇だよ。昔は祭りの時には本物の七面鳥を絞めて食べてたんだけど、あまりにも大量の七面鳥を殺しちゃうので、残酷だって話になって、ああやって作り物を飾るだけになったんだ」
「では今では七面鳥を食べないのですか?」
「いや、食べるよ。大っぴらにやらないだけ。ニワトリも食べるし、牛も豚も食べる。そこら辺に焼肉の屋台もいっぱいあるし」
「よくわからないですね。食べるために殺すのが悪いことなのか、そうでないのか」
「まあね、祭りとか伝統とかって意味わからないこと多いよね」
アクセサリーを売ってる露店に立ち寄ってミラベルに似合う物を探したり、色んな店を冷かして歩いた。
広場で大道芸をしばし眺める。
ものすごく体が柔らかい人が軟体芸を見せている。
そらした背中がほとんど二つ折りになって、頭の真横に両足がある状態。
こういうの見ると、魔法使いより人間離れしてると感じる。
でもこれも人間なんだよなあ。
人ごみを離れて、景色のいい町はずれに行ってみる。
遠くに森が見える。
「今頃、シャーリーさんはどのあたりでしょうか」
「そうだなあ、方角で言うとこっちの方だけど……見えないな」
あれからシャーリーは期待以上の働きを見せた。
騎士団長の息子を決闘で降参させ、更にその足で次々と攻略対象を回り、総勢五人を屈服させたのだ。
ぶっちゃけ転生を司る神様はヒロインの人選を間違えたと俺は思う。
俺とパーシー、そしてダフネ嬢とミラベルも決闘に立ち会ったのだが、額が切れて顔面血だらけになっても殴りかかるのをやめないシャーリーに、ダフネ嬢は真っ青になっていた。
ピュアな令嬢には刺激が強すぎたか、見せるべきではなかったと、ちょっと反省。
騎士団長の息子を仕留めてそれで満足するかと思いきや、シャーリーは額の傷を軽く回復させただけで、続けて商人の息子に勝負を挑んだ。
顔面血まみれの女に決闘を申し込まれて、商人の息子もさぞかし戸惑ったことだろう。
ましてや背後で騎士団長の息子が『すまん、申し訳ないが頼む』と拝んでいるとくれば。
商人の息子、決闘開始後2秒で撃沈。
商人の息子を沈めたら、次は魔法使いだ。
初雪草の根っこを貢いだ相手だな。
決闘なんぞ断りたかっただろうけど、シャーリーの背後で拝んでる攻略対象が二人に増えてるんだから断れない。
いくら攻撃魔法が得意でも、魔法使いは紙装甲、盾役なしではどうにもならなかった。
魔法使い、撃沈。
そうやって次々と攻略対象を倒していったシャーリー。
これが「婚約しろ」とか「恋人になれ」とかだったら拒否一択だろうけど、「討伐に一度だけ同行しろ」だから、彼らも妥協したようだ。
宰相の息子なんかは、後から事情を聞いてむしろ乗り気になったらしい。
宰相の息子というと、百年間の災害記録を調査していた攻略対象だな。
調査していた災害原因と、討伐対象の魔物とが一致したらしい。
まあこれも乙女ゲームのシナリオってやつかな。
最終的にシャーリーは侯爵令息の顔面を殴りつけ、鼻の骨をへし折った。
怖いもの知らず、ここに極まれり。
罪に問わなかった侯爵令息は寛大だと思う。
折れた鼻は降参した後でシャーリーが魔法で治していた。
シャーリーの悪名『学園の雌犬』は『学園の狂犬』に変更された。
雌犬よりも狂犬の方が彼女に合ってると俺は思う。
こうして嫌われヒロインによる好感度最低の逆ハーレムが完成した。
枯れ木も山の賑わいだな。
「太陽が傾いてきましたね」
「夕日が綺麗だな」
シャーリー率いる攻略対象パーティーは騎士団の護衛付きで魔物討伐に向かっている。
ちょっと距離があるから日帰りは難しいだろう。
今夜はあいつら野宿だな。
町を侵略するはずだった魔物は冒険者ギルドにより既に位置を特定されている。
その魔物の正体は地下に広がる菌糸体……つまりキノコの魔物だった。
正式名称はネクロミセリア。
地下に広がるので把握しにくいが、大抵は町一つがすっぽり収まるサイズ、時には国をも飲み込むサイズに成長する。
基本的には地下で大人しく養分を蓄えながら休眠しているのだが、百年に一度くらいの周期で活性化して子実体……胞子をばらまく巨大なキノコを地上に作ることがある。
この胞子が曲者で、人間や動物がそれを吸い込むと、心身に異常をきたし、死に至る。
要するに猛毒だ。
ネクロミセリアが子実体を作ってしまったら、近くにある町は猛毒の胞子を吸い込んで狂った魔物に襲われるか、さもなくば胞子そのものに襲われる。
風に乗って飛んでくる胞子で人がバタバタ死んでいく様子を「災厄の胞子」と呼び、これにやられて滅んだ町が伝説に残っているとかなんとか。
大変危険なネクロミセリアだが、倒す方法がないでもない。
一つは子実体が出来上がってから、胞子を飛ばし始める前にそれを刈り取り、地下の本体を弱らせて休眠させること。
ゲームではこの方法が採用されていた。
もう一つは子実体が作られる前に地下の本体を叩くこと。
今回はこちらが採用された。
ネクロミセリアは子実体を作る前、活性期に入ったばかりの時に菌糸を地上に伸ばすことがある。
地上に出た菌糸は植物に擬態する。
擬態しても近くで見れば魔物だとわかる。
普段いないはずの植物モンスターが一定の範囲にポコポコ出現したら、それはネクロミセリアの菌糸が擬態したものである可能性がある。
魔物に詳しい人が見れば菌糸が化けたものだとわかるし、俺も鑑定で見抜くことができる。
そうやって冒険者ギルド総出で調査した結果、ネクロミセリアの本体の位置を突き止めることに成功した。
居場所さえ特定してしまえば、後は魔法で土を取り除き、本体を露出させて攻撃すればいいだけだ。
シャーリーが全力で浄化魔法を叩きこめばいい。
ネクロミセリアって浄化魔法がよく効くんだよ。
殺菌効果?
知らんけど。
実際には言うほど楽ではないだろう。
ネクロミセリアだって抵抗する。
菌糸を無数に地上に出して反撃するくらいのことはやるだろう。
それに対抗するために逆ハーメンバーがいるし、騎士団もついている。
負けるはずがない。
細胞のかけらも残さず消し飛ばしてしまえ。
西の空が赤く染まっていく。
一番星が輝き始める。
「……ミラベル」
「なんですか、トニー?」
「この後、俺の実家に寄っていかない?」
「トニーのご実家に、ですか?」
「うん。両親に会ってほしい」
え、それは……とか言って目を泳がせてるミラベルに俺は『ある物』を差し出した。
ミラベルはそれを信じられない物を見るような目で受け取った。
なんかシャーリーにメリケンサック渡した時、ミラベルに指輪がどうのって言われて、ドキッとしたんだよな。
指輪、そう、指輪だよ。
女の子に指輪渡すって、こっちの世界でも同じ意味なんだよ。
ミラベルは指輪の箱を受け取ってくれたけど、半信半疑みたいな顔でこっちを見てる。
はっきり口に出して言わなきゃダメか?
難易度高いな!
「結婚、してください」
「……はい」
……言った!
言ったぞ、言ったからな!
パーシーも今頃、ダフネ嬢に同じようなこと言おうとしてるだろう。
一世一代の勇気を振り絞って。
頑張れよ、パーシー、俺は頑張った。
結婚式には呼んでやる。
<完>
誤字報告をいただきました。ありがとうございます。




