第13話 馬車に揺られ
ガタガタと、クッション性のかけらもないような木のタイヤが音を立てながら転がる。
馬の蹄が地面を踏みこみ音を鳴らし、荒い鼻息が寸前に感じられる。
御者は時々馬に対して鞭打ちながら、ゆったりと流れていく風景に身を任せていた。
「……」
「……」
現在、俺とオレットのあいだには気まずい沈黙が流れていた。
まあ、それもそうだ。ついさっき俺と師匠が喧嘩別れするように家から出っていったからだと思う。
多分、オレット自身もともとも口数は少ないのだろうと思うが、俺はそれとは少し違う部分もあるんじゃないかと思う。
―――そう、それは会話するということへの自制心。オレットは奴隷だ。きっと私語を許されない環境で生きてきたんだと思う。
だからこそ、しゃべるということに危機感を抱いているんじゃないだろうか。もしくはただ単に会話経験が乏しいから何をしゃべったらいいのかわかんない。とか。そういうもんだと思う。
とにかく、何か俺が話題を創らないといけないと思うのだが、ふさわしい話題が浮かんでこない。
いきなり過去とか聞くのはどうかと思うし、何かちょうどいい話題はないのだろうか。
……さて、そんなことを考えていたからだろうか。
「お客さん! まずいですね! 荒くれ者です、撒きますか!?」
もうそれは、神様が味方してくれてるんじゃないかって思うぐらい、完璧な時。
「おらぁぁぁぁぁぁ! 金だせやぁぁぁ!」
本当にちょうどいいタイミングで、盗賊さんたちが襲ってきてくれた。
ほんとに気まずくてどうにかなりそうだったんだよ。本当にありがとう。
俺はどこの誰かも知らない盗賊に向かって感謝の気持ちを伝えた。
✕ ✕ オレット ✕ ✕
いうまでもなく瞬殺だった。
私が言うのもなんだが、彼はものすごく強いのだろう。
その、魔術剣とかいう意味の分からないぐらいでたらめに強い剣術。
魔法が使えないものが使う剣に魔法を乗せるというあべこべな技。
だが、それだけではない。奇怪さで不意を突くようなものではない。
基礎はしっかりとできており、それでいて盤石で突飛。ここまでの剣を私は見たことがない。
まあ、そもそも使い手が少ないというのもあるのだが。
私は剣を使わない。私が使うのは生まれ落ちた時からある唯一無二でありながら、最強の武器。拳を使う。
いうならば拳闘術というやつである。
そして私のは二つの魔法を組み合わせるツインシュピールを拳に乗せる。
寄せた言い方をするなら魔術拳。それが私の戦闘スタイル。
流石は剣聖ミルケルカ=クラリリカの弟子だけはある。でも、それ以上に彼の剣への思いれが全然違う。
まるで生まれてきた時から剣をふるっていたかのように、我武者羅な剣筋。
それがどうしても目を引くのだ。それにしてもだが、どうして彼はここまで魔術拳に固執するのだろうか。
べつにこれほどの実力があるのならば普通に魔法を放った方が効率がいい。
……いや、まあ確かに長期的に見れば魔術拳の方が優れているといえよう。だが、一回一回の発動時間が短い魔法の方が有利なのではと考えてしまう。
……まさか、あなたにしかわからない理由があるとでもいうの?
✕ ✕ ✕ ✕
もちろんご存じだとは思うが、この男にそんなものはない。
こいつがここまで魔術剣に固執する理由は簡単だ。ただ、単純明快に。かっこいいからだ。どうしようもなくかっこいいのだ。炎の剣、氷の剣、雷の剣。考えただけでも胸が高鳴るのだ。
そうだ。こいつはただの中二病である。自分の師匠が中二病ではないかと疑って吐いたものの、自分の方もしっかり中二病だったのだ。
さて、「中二病という精神疾患に対しての論理的な説明と、周りの対応。それによる人格の形成」という本には記載がなかったが、中二病という病気は自分は大丈夫だと思ってしまうことがある。すなわち、自覚症状が極めて少ないのだ。
……さて、どうしたものか。盗賊さんたちはその威勢とは裏腹にものすっごく弱かったし、どうしようか悩みものだ。
もう少し盗賊狩りに時間をかけてゆっくり考えをまとめるつもりだったのにもかかわらずだ。
せめてもう少し歯ごたえがあってもいいじゃないかと俺は思うぞ。盗賊さんたち。
俺はオレットに向き合い、うーんと頭をひねる。
結局ロクな案は出てこないから、他愛もない会話をしようと思う。
「なあ、オレットってさどんな人生を生きてきたの? ……いや、軽々しく聞くようなことじゃないってことはわかってるけどさ」
俺がそういって、一応保険をかけておく。本当にいやだったら答えなくてもいいという含みも混ぜている。我ながらなんて配慮した質問なんだ……。
そんなことないね。だってそもそも人の過去にずかずかと踏み込む方が駄目だよね。すみません。
「いえ。いいですよ。ただ、訊いても面白くないとは思いますが?」
「いや、いいよ。さすがに俺も人の昔話に面白さなんて求めてない」
俺がそう答える。まあ、さすがにね。それぐらいはね。人として当たり前だよね。そもそも奴隷になるような子の過去に踏み込んでい面白さを期待してる方がおかしいしね。
それとも、もしかしてあれかな。本当は話したくないアピールだったのかな。もしそうなら申し訳ないけど。さすがに行ってくれないとわからないぞ。という言い訳に俺は逃げる。
「私は獣耳族の国に生まれました。そこでは純人族とかエルフ族とかそういった別の種族の人は全くいないようなところでした。そして、私は何の変哲もなくただのエルフの子。平凡な女の子でした」
……今の話を聞く限りじゃ、奴隷に売り飛ばされるようには思えないけどな。
「でも、私には欠点がありました。そうです。最近は純人族の間でも主流となって来ている魔術至上主義。私はそれが嫌でずっと拳闘術ばかりやっていたんです」
……………………、……なんだろう、その話。ものすっごく聞き覚えがあるな。
その確か姓がシュヴァルザーっていう名前の人間。そいつは拳じゃなくて剣だけどな。それでも向いてる向きは同じか。
なんか急に親近感わいてきたな。
結構怖い子なのかと思いきや、ちゃんと芯持ってるのに売り飛ばされた子だ。
俺も一歩違えば売り飛ばされてたかもと思うと他人事じゃなくて笑えないな。
「それにしてもお客さん。強いですね。剣だけで魔法使いを圧倒する人なんて初めて見ましたよ」
不意に御者さんが話しかけてくる。
「そうですかね。自分的にはそんなにすごいもんじゃないですけどね」
俺は何でもない風にそう返す。
「そうですか。でも、あの荒くれ者たちはここらではちょっと有名なやつらなんですよ。……最悪殺しもするような」
殺し、ねえ。……そりゃまた気分のいいもんじゃねえな。
「あなたは旅人ですか? それとも騎士ですか? もしかすると剣聖なんてこともあるかもしれませんね」
「……? どういうことですか」
俺がそう尋ねると、馬車の進みが止まる。
「どうしたんですか? トラブルでもあったんですか?」
俺は御者さんにそう問いかける。
だが、御者さんは俺の問いかけに応じる様子はなく、ただただ不気味な笑みを浮かべているだけだった。
「あなたは何かですね。そして何かを持っている。そして使命をも持っている。私はね。すべてを失ったんですよ。私という人間を構成するものすべてを……」
そういって御者は不気味な笑みをさらに深める。
「ワタスィはこの世界が憎いダス。だからすべてを壊すマス。わたすからスベテヲ奪ったこの世界を構成するモノヲ全部壊すです!」
御者がそういうと地面は轟き、唸り声をあげる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
御者の鋼鉄のように硬い腕と俺の剣が交錯する―――




