第12話 奴隷少女と別れ
『三千万……ですか?』
そう司会は問いかけるように聞いてくる。
「ああ。二言はない。俺より上を出すやつはいないのか?」
沈黙。
『三千万だ! 一人の少年が金ですべてをねじ伏せたぁぁぁ!』
……司会さん。その物言いはちょっと誤解を生みそうだからやめてくれない?
こうしておれはオオカミみたいな耳の、黒髪、紫目の少女を三千万で買ったのだった。
✕ ✕ ✕ ✕
「……」
俺は馬車に乗っていた。
正面の獣人の女の子と向かい合って座っていた。
馬車はあんまり高級ではなく、普通の馬車で、気持ち程度にクッションが敷かれている一般的な馬車だった。
すくなくとも、先ほど三千万で人を買ったとは思えないぐらい一般的だ。
「……」
それにしても、空気が重い。
沈黙にはよい沈黙と悪い沈黙が存在しているがこの沈黙は後者だ。
獣人の女の子は地面をずっとにらんでいる。
地面のことが好きなのかな? と思ったりもしたけど、多分俺と目も合わせたくないんだと思う。
例えば、俺が今命令したらこっちを向くかもしれないけど。あんまりそういうことはしたくない。
先の彼女の目を見ればこの世界に深い怒りを覚えていることが理解できる。
だからだろうか。この子をどうにかしてあげないといけない。
まあ、十中八九俺の傲慢なんだけどな。
それでも、そうだったとしても俺はこの子に世界を見せてあげたい。
……余計なお世話。かな?
まあ、いいや。とりあえず、どうにか彼女と会話しないことには始まらない。
どうにかして注目を轢けないものだろうか。
そうだな……。
とりあえず、何か話題になるものを探してみようか。
体を見ればその人の人となりが大体わかる。
うーん。何を話そうか。
「君は拳闘術って知ってる?」
俺がそういうと、彼女はばっと顔を上げた。
よかった。正解だ。
もしも見誤ったらどうしようかと思ったけど、どうやら正解だったらしい。
「知ってそうだね。じゃあさ、才能って周りの環境に潰されると思う?」
「……」
沈黙。でもこれは全く意味のない沈黙じゃない。無言の肯定だ。
「拳闘術ばっかりやってる人ってバカだと思うんだけど、どう思う?」
「ちがッ―——」
苦虫を嚙み潰したように少女は言う。
「そうだね。俺はそんなことないと思う。どうしようもなく強いしね。拳闘術。できないけどね」
「……」
またおとなしくなった。どういう会話をしたらいいのかな。
それにしても、拳闘術をバカにすると否定の反応をしてくるってことはかなり拳闘術に思い入れがあるっぽいな。
「あなたは―――」
「ん?」
少女から俺に向かって言葉を投げかけられる。
「私をどう扱うつもりなんですか」
そう、訊いてきた。そうだな。処遇をききたくなるのはわかるよ。それによって今安心していいか悪いかがある程度理解できるからね。
でも、そうだとしてもだよ。なんでそんなに腹を決めたみたいな顔をしてるんだ。
どうしようもなく悲しい気持ちになってくる。彼女にこんな顔をさせてしまうのが。
「そうだね。はっきり言って、決まってないっていうのが現状。どうしようかなって感じだね」
俺はできるだけ飄々と答える。
「私を、犯すんですか?」
「———ッ」
見透かすような目で、俺の瞳をのぞき込んでくる。
どうしようもなく、いやな気持ちになった。とでもいうのだろうか。
「そんなことをするつもりは毛頭ないかな」
「……そうですか」
一応は安堵したような表情で、ほっとと息を吐く。
「そういえば君の名前って何なの?」
純粋な疑問で俺は彼女に問いかける。
「私に名前はありません。お好きに読んでください」
「そうか……ならブライオレットなんてどう?」
「じゃあ、それで」
「そう? じゃあ、よろしくね。ブライオレット」
「……」
ちなみにだが、この後早々に呼ぶのが面倒になって、オレットと呼ぶことにした。
というか、話しながらふと思ったけど、この状況をどうやって師匠に説明したらいいのだろうか。
多分。というか間違いなく文句を言ってくると思う。なんかあの人俺に対して過保護な部分があるような気がするから、俺がそこらで女の子を買ってきたと知ったら間違いなく怒るだろう。
……さて、どうしたものか。
✕ ✕ ✕ ✕
「はぁぁぁぁぁぁぁ??? 女の子を買ってきたぁぁぁぁ???」
そして案の定というかなんというか師匠はキレていた。
俺は結局。いうことにした。なぜかと言われれば俺の核仕事なんて師匠に一瞬で看破されるからだ。
なぜかはわからないが師匠は俺の考えていることを心を読むレベル理解できる節がある。どういうことだよと思うかもしれないが、俺が一番困惑しているので問題しかない。
「女の子を買うとはどういうことじゃ! おぬしにそんな責任を取れるのか? そもそもそんな金はいったいどこから出て来とるんじゃ!」
その金は師匠の懐からですよ? さすがに弟子に渡したお金の内訳ぐらいは理解しておこうね。後、俺は無駄なものにお金を使わない主義だから、放置してるとたまってくよ?
なにより、使える場面もなかったしね。
「なぜ買ったんじゃ!」
師匠は俺にきつく問うてくる。
「彼女の目が、目にひかれたんですよ」
「それで貴様は何千万も金を出すのか!?」
「ああ! そうですよ! 男ってのはそんないきもんなんですよ!」
キレ気味で突っかかってくる師匠になぜか俺の口調もヒートアップして強くなっていた。
「ふざけるんじゃないぞ。その子を生かせるためにどれだけかかると思っとるのじゃ!」
「じゃあ、俺が――」
「じゃから、その金はだれが出しとるといっておる!」
師匠の俺に対する呼称も入れ替わって、限界なんだと感じる。
感じても、ここまで来たら「はい、ごめんなさい」なんて言えない。
「————! でも!」
「貴様だけでやりくりできるのか!? それでやっていけるのかと聞いておる!」
「師匠。もう過ぎたことなんで、言っても無駄なんですよ!」
「わかっとるわ! どうしておぬしはそんなに余裕があるんじゃよ!」
「余裕ですからね」
「舐・め・ん・な!」
思いきり振りかぶって、師匠にぶっ飛ばされた。
まあ、ですよねという感じしかしない。でも、俺だって、もう引けないところまで来ちゃっている。
「貴様一人でできるもんならやってみるがよいわ!」
「ああ、やってやるよクソ師匠! 俺だけでできるってことを証明してやんよ!」
ぶっ飛ばされて、腫れたみっともない顔で。売り言葉に買い言葉、師匠に向かってそんな言葉を吐いた。
師匠の顔は瞳が見開かれていて、今にも泣きだしそうに涙を浮かべていた。
ああ、やってるやるよコンチクショウ。独り立ちできてるって証明してやんよ。
「……師匠。ちょっと頭冷やしてきます」
「……、……そうするがよい」
そういって俺はオレットを呼び寄せて、乱雑に扉を蹴った。
俺は振り返って、ごめんなさいを言いたい気持ちでいっぱいになったがこらえて、振り向かずに師匠の家を出た。
喧嘩別れだ。普通清々するはずなんじゃないのか。
だというのに、なのに。なんでこんなにも悲しいのだろうか。
「……?」
俺の不細工な顔を見てオレットが不思議そうに見上げている。
ああ、俺が自立したら行くよ。師匠。あんときはごめんなさないってな。
✕ ✕ ✕ ✕
ユーリウスが扉を蹴って家を出て行ったその後のミルケルカの家で、ミルケルカはすすり泣きながら、
「ユーリのばかぁ……!」
と声をもらしたのはユーリウスは知らない話である。




