笑顔になってほしい人
ひこちゃん:尾浜陽光 琴音ちゃんのすぐ上のお兄ちゃん。
誠ちゃん:尾浜誠治朗 琴音ちゃんの更に上のお兄ちゃん。
はる兄ちゃんから連絡をもらって、その次の土曜日。
部活も終わって、午後、僕は琴ちゃんをお散歩に誘うことにしました。
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「あれ、じろちゃん…。どうしたの?」
「近くまできたから、琴ちゃんに会いたくなって。よかったらお散歩でもどう?」
「…いいけど」
「やった!んじゃ行こう行こう」
「ちょっと、ひこちゃんにお散歩行くって言ってくるね、待ってて」
「うん、ゆっくりで大丈夫だよ」
少しして、琴ちゃんと一緒に、はる兄ちゃんが下りてきました。
「や、宗二郎。お散歩行くんだって?」
「はる兄ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。大丈夫だと思うけど、二人とも暗くならないうちに帰っておいで」
「はーい」
「あと、宗二郎ありとか見るのはいいけど車に気をつけてよ、危ないから」
「はーい」
「ほんとにわかってるのかな…」
「んじゃ、ひこちゃんいってきまーす」
「いってらっしゃい」
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「どこまでお散歩しようか」
「んー」
「あ、あそこは?猫橋公園」
「ああ、あそこ広いからいいね」
・・・
「琴ちゃん、ちょっと、待って」
「何、じろちゃん。ありさんいたの?」
「うん。なんか運んでる」
僕は、昆虫を見るのが好きです。
だから、ありの行列とか見つけると、ついじーっと見てしまいます。
「…じろちゃん、それ何運んでるの?ありさん」
僕がこうしてありを見てしまうのは昔からですが、琴ちゃんは毎回、ちゃんと一緒にみてくれます。
それで、何か聞いてくれます。
それが、琴ちゃんとほかの人の違う所。僕の好きなところです。
他の人は、「何してんの」「何が楽しいの?」「もう良くない?」とすぐに言います。
琴ちゃんは、そんなことは一度もありません。
必ず一緒にしばらく付き合ってくれるのです。
あんまり長いと、怒られちゃうんですけど…。
「んー飴のかけらかな…?」
「そうかな、どうする?お星さまのかけらだったら」
「え、そしたら僕達大発見じゃない?」
「どうしよ、そしたら有名になっちゃうね!」
僕たちはいつもこんな感じです。
琴ちゃんは、こうやって楽しいことを考え付くのが上手です。
だから、僕は一緒にいてとても楽しいです。
「あ、でもそろそろみんなお家に帰っちゃったね、いこうか」
「そうだね、行こう。お散歩だったこれ」
そして、また何回か立ち止まりながら、僕たちは公園に着きました。
少しベンチに座ろうか…と思ったら、また僕はありの行列を見つけてしまいました。
「あ…」
「…もー!!じろちゃん、そろそろおしまい!!
今、私といるから今日はもうありさんみるのおしまい!!」
…失敗。今日は琴ちゃんを元気にしようと思って誘ったのに怒らせてしまいました。
「琴ちゃんごめんね…!」
「もー、じろちゃんはありさんと琴音のどっちが好きなの?」
「え、それは琴ちゃん」
「…なら、今日はもうおしまい…」
僕が迷わず答えたので、ちょっとだけびっくりしたようです。
ありは好きだけど、琴ちゃんの方が何倍も好きなんです。譲れません。
「座ろっか」
「うん、ちょっと、休憩しよ」
座って、少し経った頃、僕は琴ちゃんに元気のない理由を聞き出すことにしました。
「琴ちゃん、落ち着いた?」
「うん。ごめんね、じろちゃん」
「最近、元気ないけど、何かあったの?」
「…あのね…誠ちゃんと喧嘩しちゃったの。…というか私が勝手に怒って、傷ついて、いっぱいごめんねっていってくれた誠ちゃんのこと…無視してたら…誠ちゃん、お家に帰って来なくなっちゃった」
「そうなんだ…」
「…。浅緋兄ちゃんも…一緒にいた時だったの。ちょっと…いろいろあって、浅緋兄ちゃんにもあたっちゃった」
「そう…」
「せっかく浅緋兄ちゃんに作ったエプロン渡そうとしたのに、それも…渡せなかった」
「…琴ちゃん一生懸命作ってたもんね」
琴ちゃんのいう"浅緋兄ちゃん"とは、琴ちゃんの上のお兄ちゃん、誠治朗兄ちゃんのお友達だそうです。
そして…琴ちゃんの初恋の人なんです。その浅緋兄ちゃんは。
背が高くて、勉強が出来て、お料理上手。
僕たちがまだ小さい頃から、誠兄ちゃん達は仲が良くて、よく浅緋兄ちゃんのお家に遊びに行って楽しかった、と嬉しそうに教えてくれました。
一度、写真を見せてもらったら、大人のかっこいいお兄さんでした。
浅緋兄ちゃんは、料理をする時、必ずエプロンをするそうです。
何種類かあって、シンプルなのも、可愛いのも似合うんだよ!と前に琴ちゃんが話していました。
小学校の頃、家庭科でエプロンを作る授業があったとき、琴ちゃんはものすごく真面目にその授業を受けていました。
後から理由を聞いたら、"浅緋兄ちゃんに琴が作ったエプロンあげたい!"と言って、それからずっと頑張って作っていたんです。
やっと出来たと嬉しそうに見せてくれたのは、割と前…半年くらい経つ気がします。
「それなのに…」
ちょっと怒らせちゃうかな、と思いつつ、僕は琴ちゃんに思っていることを言うことにしました。
「ごめんねって言えばいいのに」
「わ、わかってるよ。わかってても言えないんだから仕方ないじゃん…」
そんな気はしました。
琴ちゃんは素直だけど、納得のいかないことは、受け入れるまでになかなか時間がかかります。
「僕は誠兄ちゃんも、浅緋兄ちゃんも怒ってないと思うけどな。琴ちゃんのこと、待ってると思う」
琴ちゃんのことです。先ほど僕に怒ったように、その何かあった日も、きっと癇癪を起してしまったに違いありません。
そして、そのお兄ちゃん達はいっぱい謝ってくれたのなら、琴ちゃんのことを怒っているわけではないと思います。
怒ってたら、そんなに沢山謝らない気がします。
「…そうかな。だって誠ちゃん、もう3か月くらいうちに帰ってきてないし…。
嫌なこといっぱい言っちゃったから、もう私のこと好きじゃないかもしれない」
「琴ちゃんは誠兄ちゃんのこと嫌いになったの?」
「ううん!」
「浅緋兄ちゃんは、琴ちゃんのこと嫌いだって言ってたの?」
「浅緋兄ちゃんはそんなこと言わないよ」
「それなら、後は琴ちゃんが素直になるだけだよ。琴ちゃんは可愛いし、頑張り屋さんだし、二人とも大好きだと思うよ、僕」
そう、琴ちゃんは可愛いんです。
小さな頃から可愛がってくれているお兄ちゃんたちが、そんなに簡単に琴ちゃんのことを嫌いになるとは思えません。
「そ、そうかなぁ…」
「僕は笑ってる琴ちゃんのことが好きだから、仲直りして、元気になってほしいなぁ」
そう。早くいっぱい笑って、元気な琴ちゃんになってほしい。
喧嘩の結果がどうであれ、僕はその方がうれしいのです。
少し眉の下がった顔で、琴ちゃんが僕を見てきました。
可愛い。
思わずにこっと笑うと、琴ちゃんはまた俯いてしまいました。
あれ。だめだったかな?…僕がつい、可愛いって思ったことばれちゃったかな。
そう思って、少し顔をあげると、公園の入口に誰か立っているのが見えました。
あれは…
「お迎えに来てくれたんじゃない?琴ちゃん」
その視線の先には、琴ちゃんが今一番会いたい人が立っていました。
ちょこっと裏話
宗二郎と琴音が一緒にいると、小さな頃に戻ったような少し幼い話し方になる時があります。
琴音ちゃんははつらつとしてる元気っ子タイプですが、宗二郎といる時は宗二郎のゆったりした性格につられてか、穏やかになるようです。




