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6. 花のティアラ

 貴族達が全員席についたことを、ギリアート家の当主ガルディス公が確認すると、四回、卓を強く叩いた。歓談に興じていた貴族達は、その強い音に一瞬で静まり返る。


 その沈黙と同時に、いくつもの角笛の音が、大広間に鳴り響いた。


「テードリアン王家の、ご入場!」


 上座の奥、横向きに並べられた王族席の裏の扉が開き、王家の一族が現れた。


 王妃セレナリス

 王弟アドメルディア

 王子の従兄弟達やその母、祖父母


 そして、王宮を吹き荒らすこの華やかな嵐の中心で、百の令嬢の視線を釘付けにする王太子。

 エメルディア・テードリアンが登場した。


 王妃の隣に立つ青年の顔を見て、フラーエンは心臓が跳ね上がる。

「あ、あああ…」


 突然狼狽するフラーエンに、カリネが不思議に思う。

「どうしたの?」


 間違いない。昨日の白馬の男だ。あの高貴な態度と異様に美しい馬。

 そうだったのかと、フラーエンは驚愕した。

 であれば不味い。知らなかったとはいえ、怒鳴りつけてしまった。王太子があの事を覚えていないことを願おう。大丈夫、あの時は旅装だったし、一瞬の出来事だったから顔まではわからないはず。

 フラーエンはここで考えるのをやめて、落ち着くことにした。


「大丈夫、何でもないわ」



 王妃セレナリスが席の前に立つ。

 その瞬間、彼女の頭上で燭台の光を受けた冠が、花弁のようにきらめいた。


 それは“花のティアラ”


 王妃から未来の王妃に受け継がれる王家の象徴。


 長くヴィタール公国に預けられていたそれは、今宵再び、王妃の証として彼女が戴いていた。


 大広間の四列の長卓で、貴族達はざわめいた。


「美しい…」

「あれが、花のティアラ…」

「次にあれを戴くのは…」


 その象徴を前にし、貴族とその令嬢達は目の色を変えた。


 フラーエンもその冠の美しさに、感嘆の声が漏れる。

「綺麗……」


 ロザリード・ルーベルンはただ静かに、不敵な笑みを浮かべている。


 貴族達の喧騒が再び広がる。


「王妃様は相変わらずお美しい」

「あの方が先の王妃より、あの花のティアラを戴冠した時の姿、今でもはっきり思い出せるわ」

「一人の令嬢だった時から異質だったけど、本当にいつまでもティアラがお似合いになるわね」


「王太子殿下もまた格好良くなられたわね」

「陛下より王妃様に似てる」

「少し背が伸びたか?」

「そんなわけないだろう。もうとっくに立派な青年だ」


「下の王子二人は今日も不在か」

「クロディア殿下は社交嫌いで有名だからな。令嬢の手より剣を握りたいのだろう」

「ロベンディア殿下は…あのうつけ王子は、まあいいか」

「今のはさすがに不敬ですぞ」

「ならば娘を嫁がせては?」

「それは結構」


「スロンディア王に下の王子二人と、空席が目立つがやはり王家が並ぶと壮観の極みだ」

「空席の玉座という光景にも、いつしか慣れてしまったな」


「"席替え"も近いのでしょうか」

「今セレナリス様が座すあの椅子に、次に座りティアラを冠すのは一体どの令嬢か」

「不吉だぞお主ら。スロンディア王は病などでは倒れん」


 現王スロンディアは重い病を患っており、今も城の塔の最上階で、深い眠りの中にあった。


 そして、その王の代わりを務める王太子が、晩餐の幕を開ける挨拶に立つ。

 再びギリアート家の席から卓を叩く音が聞こえ、貴族達は静寂に徹した。


「この夜を迎えられたことを、心より嬉しく思う。

 この栄光は、折れた剣と、我が父、そしてそなた達の流した血の上に築かれたものだ。

 そして今、王国は花々が咲き誇り平和の時代を迎えている。

 病に伏す父王に代わり、王家を代表して心より感謝を述べよう。

 いかなる時も、セルナールは一つの旗のもとにある。

 この国を支え、血を流し、祈りを捧げてきた諸侯と民の献身を、王家は決して忘れはしない。

 今宵の舞踏は、その労を労う宴であると共に、同じ未来を歩むための誓いでもある。

 さあ諸君、杯を掲げてくれ」


 王太子の言葉に、貴族達は杯を持ち上げる。

 フラーエン達も杯を持ち、王太子の言葉を待った。


「セルナールの平和に」


「セルナールの平和に!!!!」

 声が幾重にも重なり、大広間に強く響いた。賑やかな音楽が始まり、一斉に喧騒が立ち込める。

 

 カリネがフラーエンの袖を摘み、小声ではしゃぐ。

「きゃーーー、かっこいい!王の器じゃない!」


 フラーエンも、王太子の見事な演説と王宮の華やかさに浮かれていた。

「かっこいいね!気持ち悪い人だったら嫌だなって思ってたの!王太子殿下ってあんなに完璧なのね!」


 馬で跳ねられたことを忘れてはいないが、それが今王家の席で堂々と杯を掲げだあの王太子と同一人物だということに、フラーエンは実感を得られなかった。


「カリネ、我々もそろそろ行こうか」

 カリネの父が席を立ち上がった。

 あたりを見ると、貴族達は皆席を立ち、王家の席へ続く中央の道に列が出来ていた。


 王家への挨拶のために、令嬢を伴った貴族達が成した長蛇の列だった。フラーエンはそこでただ一人、一人だけで家々の間に挟まるようにぽつんと立った。


 他の貴族達の好奇の視線を感じる。


「ねえ見てお父様、あの娘一人よ?」

「なんだか惨めね。親は何をしているのかしら」

「でも結構綺麗じゃない?自信があるのかしら」

「いや、野暮ったいわ。田舎者よきっと」

「何あの耳の宝石、えっ、耳に穴が開いてるの?」

「背が高いし、格好良いけどねえ」

「そうかしら、日焼けしているし、肩が男みたいよ」


 雑音が聞こえ、また下を向きたくなる。

 不安な気持ちは勿論ある。北では宝石だなんだと言われ大切に育てられたが、王都で目立つのは高すぎる背丈くらいのもの。それはもう理解した。

 父がこの場にいてくれたらと、もう何回も同じことを考えている自分が嫌になる。

 父のために、ノーツァース家とヒーツの民のためにここまで来たんだ。

 フラーエンはそう自分に言い聞かせ、堂々としようと背筋を伸ばした。

 そしてまっすぐに見つめる先は、


 王妃の頭上に煌めく宝冠、未来の象徴、花のティアラ。

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