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31. 黒犬の忠誠

 席へ戻ったエメルディアにセレナリスが尋ねる。

「あの子は?」

 エメルディアは首を横に振る。弟は言うことを聞かなかった。

「つまり、大事ではないのね」

「ええ、まあ。あいつは傷を負うことを恐れてません。父上の血ですね」

 苦笑いで片肘をつき、ため息を吐いたエメルディアにセレナリスは頷く。

「そうね、確かに似ている。似ているけど、あの人にはまだとても及んでいないわ」


 母のその言葉にエメルディアが覚えたのは、若干の興味と少しの情けない安堵感だった。エメルディアは暴力が好きではない。だが力を誇示することに何の躊躇いもない弟のような気性は、王となる者には時に必要なものなのかも知れない。そう思うようになっていた。


「父上は、槍試合も強かった?」

「ええ強かったわ。ねえアドメルディア公」

 セレナリスは王の弟アドメルディアに話を振る。エメルディアにとっては叔父であり、父の三人いた兄弟の唯一の生き残りである。

「はい。無敵で苛烈。そして当時の騎士達もそれに応えるように、また強かった」

「そうね。ガルディス公やリガード公、アフィルド卿。他にもまだまだそういう騎士が大勢いたわ」

 王妃と王弟の昔話に、周囲の者も耳も傾ける。

「義姉上の花のティアラ戴冠も、今日のような槍試合で決しましたな」

 アドメルディアのその言葉にセレナリスの視線が一瞬止まる。それは何かを思い出すための間だったのか。一呼吸後にはにこりと笑った。

「そうだったわね」


 一世代前。その時代の王の妃も、簡単に決まったものではなかった。今と同じように、数多の貴族の娘達が花のティアラに手を伸ばし、咲いて散った時代があった。

 そして今、そのティアラを頭上に飾る母が、笑いながらエメルディアに語り続ける。いつも微笑みを絶やさないセレナリスだが、今日はいつもより楽しそうに笑う。その姿は少し珍しかった。

「あの頃の槍試合は、多い時で十人くらいは死んでいたかしら。あの人はそれが好きだったし、私も当時はそれが普通だと思ってたけど、ねえ?」

 アドメルディアがそれに応える。

「ははは、全くです。私は当時からあれが苦手で、槍試合に出るのが嫌でした。ついていけなかった」

 そのちょっとした昔話は、若者達の興味を引いていた。アドメルディアの息子フレディアはあまり興味が無さそうで、客席に散らばる令嬢達を数えているが、もう一人の従兄弟セルディアや後ろに控える近衛騎士達や侍女達が時代に思いを馳せた。


「クロディアの気性が可愛く見えてしまうのはそのせいね。あるいは息子だからかしら」

 セレナリスは笑って言ったが、確かにその時代の騎士にはついて行けそうもない。エメルディア達は苦笑した。

 セルディアが尋ねる。

「その当時の騎士達は?」

 エメルディアは視線を母に戻す。セレナリスは静かに答えた。

「戦って死んだ」



 槍試合から少し目を離し雑談しているほんのひとときの間に、会場が静まり返る。その違和感にエメルディア達は会場を見た。

 そこで地に落ちていたのは、ハレッセンを破り勝ち進んだアドウォルドだった。

 観衆達は静まり返り、まばらなざわめきが小さく起こる。

「そんな…」

「アドウォルド卿が一撃で…」


 目を離している間に、衝撃の一戦が行われていた。静かに槍をその場に落とし、馬の向きを反転させるのは黒犬騎士団の団長、コリー・ウィルダン卿。絶大な人気を誇っていたはずだが、そのあまりに無慈悲な一撃は、観衆に恐れを抱かせた。

 大歓声は起こらず、あまりに洗練された動きに、感嘆の拍手のみが響いた。


 セレナリスが囁く。

「ああ、正にああいう騎士ね」


 軍務卿ベティオル家にとって最大の財産であり、家の威信の象徴とも言える存在がこの黒犬騎士団である。今でこそギリアート家の火牛騎士団の後塵を拝す立場となっているが、その歴史は王国内でも特に古く、また数え切れぬ武勇伝を誇っていた。その騎士団にあって、コリーの団長就任は、歴代で二番目の若さだった。


 コリーは裏へ捌ける前に、ベティオルの観覧席の前を訪れる。その視線の先には当主リガードとリリアンがいる。

 リリアンは言っていた。


"祝福は授けられないわ"


 槍試合が始まる前、コリーはリリアンのトークンを求めた。それは私的な欲からではなく、主君の名誉の象徴を持って戦いたいという純粋な想いだった。

 兜を下げたまま、狭い視野の中でリリアンを見つめる。主君の気が変わり、名誉のために戦えと言ってくれることを、コリーは目で訴えていた。

 だが、リリアンからの反応は無い。コリーは馬上からゆっくりと一礼し、会場の裏へ退いて行った。

 リリアンは、誰とも視線を合わせなかった。ロザリード、ヘレネッサ、エメルディア。それから多くの貴族達。誰かを見ているようで誰も見ていない。その全員から視線を向けられていることに気付いていたが、気づかないふりをしていた。


 トークンは持たずとも、コリーのその行動は観衆に理解させるには十分だった。今日一番の強さを見せた騎士は、リリアン・ベティオルのために戦っていた。

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