30. 二人目の王子
王国の二人目の王子、クロディア・テードリアンは噂に違わぬ腕前を見せ鮮烈な勝利を飾った。
技も正確であり、剛健である。その上戦った相手に礼を言った姿は誇り高く、王子としての理想を見せた。
強さと礼節を備えた姿に観衆は喝采を送る。王太子を諦めた令嬢からは特に熱い視線を集めた。
彼女達にとっての厄介事は、クロディアが身につける緋色のトークンだった。
クロディアは退がる間際、ベルクレイン家の方を見て腕に巻いた緋色のトークンを二度叩く。
やはり王族は上位令嬢のものかと、中級以下の貴族達は落胆した。
次の試合でも、観衆はクロディア王子の熱い戦いを期待した。だが、その期待は裏切られる。
対戦相手が棄権をした。しかしそれは無理もないこと。王族に槍を向けて傷を合わせるリスクを考えれば、むしろ自然ですらあった。
クロディアは不服そうに槍を投げ捨てたが、想定していなかったわけではないため納得して引き退がる。
その次の試合の相手はジェレム・カール卿。フラーエンのトークンを持ったあの騎士だった。
フラーエンは胸の前で手を組み合わせる。自分のトークンを持つ騎士の勝敗は、令嬢達に緊張感を与えた。
ジェレムはクロディアが本気の勝負を所望していると仲間に言われており、それを了解して試合に臨んだ。
ここで事故が起こる。不慮ではあるが、それは王子と対戦する騎士の全てが恐れていたことだっことだった。
二騎は激突し、そして両者共に落馬。場が騒然としたのも一瞬、何人かの貴族から悲鳴が上がった。
砕けた槍の破片がクロディアの鎧の隙間から腿に刺さり流血している。
「こ、これってかなりまずいんじゃ」
「愚かだ。第二王子殿下だぞ、ジェレム卿は何故加減しなかった」
同時の落下で判定が難しかったが、本来はこう言う時は王族を勝ち上がらせる。しかしクロディアが負傷したためルーベルン家の管理役人達で審議となった。
それを待つ間、人々は自分なりの評価を口々に語る。
「こうなるとどちらも気の毒だわ」
「第二王子、噂だけで本当は大したことない?」
「おい、ここでは言うな」
審議の結果、やはり王子の勝利となる。しかしクロディアは了承しない。誇り高く戦う男は、もう一回を所望した。
どう考えても軽い怪我ではない。エメルディアが止めるよう衛兵達に指示するが、王太子の指示通りに止めようとた従士を、クロディアは突き飛ばす。
対戦相手のジェレムが青ざめながら謝罪をした。衝動に忠実なクロディアなので、場が静まり返る。
だが、クロディアに怒りはなかった。
「立てジェレム卿。気にするな、これが槍試合だろう」
その言葉に、ジェレム卿は安堵の表情を浮かべる。
「さあ、続きをやろう。棄権すれば斬るぞ」
「感謝します。殿下」
正々堂々、気高くあろうとするその姿に、観衆からは喝采が起こった。
エメルディアはここで席を立つ。何かあってからでは遅いのだと、弟を説得しようと思った。
「ライネル、行くぞ。セルディア、お前はいい。ここにいろ。令嬢と目が合ったら、笑うんだ。できるな?」
「は、はい…」
再び馬に跨ったクロディアに簡単の声が繰り返されている。
「あれは正にスロンディア王のようだ」
そしてその勝負は、クロディアの勝利となった。ジェレムが本気で戦ったのかはわからないが、怪我を抱えてまで戦い勝った王子が歓声を欲しいままにする。
王太子が席を立ったことで、槍試合は一度中断され、休憩時間となった。
エメルディアが席を立ってから、セレナリスは弟ハウゼンを近くに呼ぶ。
「何でしょう姉上」
「ハウゼン、あなた最近あの子に随分気に入られてるわね」
「ええ、光栄の至です。私は正直で働き者ですから」
「ルガティアス家だからね」
「それもあります」
「母として気を揉んでいるのだけれど、あの子はあなたに何を話してる?誰を娶るかべきか相談してるんでしょ?」
「そ、それは…」
「私は姉よ。それに王妃」
「はい…。えっと、ここで…?」
「後日でいいわ。今日起こることを見逃さないようになさい」
「わかりました」
裏側に戻って来たクロディアを待っていたのは兄エメルディアだった。
クロディアは兄から目を逸らし、負傷した腿の手当てを受け始める。
「やあ兄上。勇ましく健闘する弟に賛辞を述べに来てくれた、そうだろう?今凄く楽しいよ」
気丈に振る舞ってはいるが、痛みを感じている顔だった。エメルディアは短く告げる。それはクロディアの情熱の火を消すような冷たい言い方だったが、兄弟を案じる真心からの言葉だった。
「棄権しろ」
その真剣な声音にも、クロディアはおどけた調子で返す。
「おっと、それは王の命令か?残念だがまだ少し気が早いな」
「真面目に言ってるんだ。負傷したんだぞ」
「嫌だね。走るのは俺ではなく馬だ。問題ない」
「また破片が飛び散れば、次は目かも。それとも首か。もう十分やった。鎧を脱いで上に上がって来い」
エメルディアの言葉は弟の身を案じる一心だった。勿論クロディアは、その気持ちを理解している。
「優しいなあ。最高の兄だよあんたは」
弟が珍しく自分の言葉を受け入れた。エメルディアは安堵した。
「だったら…」
「だが王になる者の姿として、それが正解とは、やはり俺は思えない」
その一瞬の空気の変化は、後ろで控える近衛騎士達も感じ取ることができた。
「何?」
「何故俺が傷を抑えて試合に出るか。それはなあ兄上、あんたが弱いからだよ」
エメルディアは深く息を吸った。
「賢い王、心優しい王、臣下の声をよく聞く王、それは結構なことだ。だが大切なことを忘れているぞ、強さだ。
それとも自信がないから知らないふりをしているのか?どうでもいいが、いずれにせよ、兄に欠けたものを俺が埋めようとしているのがわからないか」
兄に対して挑戦的な物言いだが、エメルディアは黙って受け止める。
「隣国に挑発されるのは致し方ない。だが諸侯に舐められること。これだけは許されない。
レイデン・ルーベルンやヴィル・ベルクレインは、あんたのことを羊としか思っていない!そして俺は羊の弟だ!」
その言葉は、エメルディアの返す言葉を奪うに十分だった。
「なあ兄上、俺達はスロンディア・テードリアンの息子なんだぞ。俺の気持ちがわかるよな?」
王太子は何も言えない。忠誠の言葉は全ての家が口にしているが、最終的に諸侯を押さえつける力が王家にはある。そう示す必要があるのは事実だった。
クロディアの目は覚悟を決めた戦士のそれだった。その目を前にし、エメルディアは静かに身を案じるしかなかった。
「無理はするな」
そう短く告げた兄に対し、クロディアはまたおどけたように笑って返した。
「ああ、兄上もな」




