3. 執政会
フラーエンが王都に到着したのと同じ頃、王宮の上階では国の政治について、執政会による評議が行われていた。
このセルナール王国には二度の大戦で勝利をもたらしたスロンディア王という絶対的君主が存在するが、数年前より病に伏せり、王国の統治は王族と有力貴族による執政会で執り行われていた。
議会の最終的な決定権は王太子のエメルディアが任されており、それは近い将来に王となるための準備でもあった。
王太子エメルディアが着席し、それを見て他の者達も席につく。
エメルディア「皆集まってくれてありがとう。それでは会議を始めていこうか」
アドメルディア「ガルディス公がおられませんが」
エメルディア「明日の晩餐会までには間に合う見込みと聞いています叔父上。今は仕方ない、始めましょう」
アドメルディア「えー、ではまず、喫緊の事案について。ヴィタール公国の件です。殿下、よろしいですかな」
エメルディア「最も重要な一件です」
アドメルディア「王妃様、お願いします」
セレナリス「ええ。これが、今朝ボロ布と共に箱詰めで送られて来たわ」
アフィルド「それは…」
レイデン「花のティアラ」
エメルディア「怪しい情報は前々からあったが、まさかこんな大胆な方法で婚姻を解消してくるとは思わなかったな」
レイデン「恐れながら、王太子殿下を愚弄していることは明らかです。強気の姿勢の裏には十中八九、オルド帝国の後ろ盾があるのでしょう」
エメルディア「私も同じ意見だレイデン公。最早ヴィタールとオルドは繋がっていると見ていいだろう。ヴィタールの姫とオルドの皇族が婚姻を結ぶのも時間の問題だ」
クロディア「その兄上の妃、元妃か?名は何と言ったか。確か十五か十六になるまではヴィタールで暮らすという決まりだったか」
エメルディア「エイレシア公女だ。十五歳になればこちらへ移り住むはずだった。そしてこの冬のうちに、十四歳になったそうだ」
アドメルディア「水際ですな」
クロディア「不誠実な輩共です。ここは早めに我らの意思を表明しておきましょう」
エメルディア「意思とは何だ」
クロディア「私が兄上の代わりに出向き、オトアールの軍と共にヴィタールを焼き払います」
エメルディア「何を馬鹿な」
クロディア「わざわざ重臣達を集めてこんなところで兄上の痴話喧嘩を語り合うか?これは王国の問題だ。受けた屈辱は返さねば。そうだろう兄上」
エメルディア「婚礼で一度会っただけの妻と痴話喧嘩などするか。それも十年前だ。お前こそこんなところで兄弟喧嘩をさせるな」
クロディア「俺は大真面目に言っているぞ。ナメられてるんだよ俺達は!」
セレナリス「やめなさい二人とも」
クロディア「母上。あなたならわかるでしょう。父上の築いた覇権が崩れかかっていると」
アフィルド「恐れながらクロディア殿下。戦は時期尚早かと。今はまだオルド帝国と構える準備ができておりません」
アドメルディア「アフィルド卿の言う通り。陛下が病床に伏して長く、いたずらに民を不安にさせてしまうだろう」
クロディア「またか!皆いつまでも父上父上と。セルナールが弱腰になったのは王が寝込んでからだととっくの前にバレているぞ!今回の件はその最たる例ではないか!」
アフィルド「だからと言って準備のできていない戦をこちらから仕掛けるのはよろしくありません」
クロディア「準備をしていないの間違いではないかアフィルド卿。セルナールはもっと強くあるべきだ」
エメルディア「よせクロディア、まだ早いと言っているだけだろう。今ヴィタールを焼き払いはしない。だがもし攻めてくるならば、その時は戦う。これでいいだろ。以上だ」
クロディア「ふん」
レイデン「近頃の陛下のご容態はいかがなのです」
セレナリス「良くないわね」
レイデン「そうですか、我がウィンザメル城でも、皆が毎日陛下のご回復を神々に祈っております」
エメルディア「感謝する」
レイデン「時に、王太子殿下はここ数年、執政会の議長として充分に統治を学んでこられたかと。城下町が豊かなままに、我ら諸侯への盛大なる歓待。名君となるのは誰の目にも明らかです」
クロディア「何が言いたい、レイデン公」
レイデン「次の議題に進みましょう。私もヴィタールの件は一旦据え置き、様子見でよろしいかと存じます」
アドメルディア「次の議題とは?」
レイデン「昨今、城内が貴族の娘達で騒がしく溢れかえっている件についてです」
アドメルディア「ふむ」
セレナリス「あなたの娘も、この王都を満喫していくれているわね」
レイデン「ええそれはもう。ウィンザメルよりこの都を好いているようで」
エメルディア「これは、私に向けた話のようだな」
クロディア「明日の晩餐が楽しみだな兄上。兄上は敷き詰められた花の中から、気に入ったものを選ぶだけ」
セレナリス「およしなさいクロディア」
レイデン「単刀直入に申し上げますと、我が娘ロザリードを殿下の新たな妻に推挙致します」
アフィルド「なるほど」
セレナリス「そうね、すぐに決めなければいけないのは、新たな婚姻ね。でもレイデン公、あなたの娘は大変素晴らしい令嬢だけれど、推挙する根拠を一応聞かせてくださる?」
レイデン「一重に国益です。ヴィタールという敵が増えた今、クロディア殿下の仰られる通り、この王国は今以上に強くならねばなりません。そして我がルーベルン家は王国を支え続ける準備ができております」
エメルディア「忠誠は昔から誓っているはずでは?」
レイデン「それは無論。今も昔も忠誠心は変わりません」
セレナリス「感謝するわ」
レイデン「では」
エメルディア「待ってくれ。私の意見は無視か?」
クロディア「はは、それはいかんな。兄上の部屋の壁に飾る花を我々が勝手に選んでは」
エメルディア「うるさいぞクロディア。私は三度も結婚する気はない。今回で、最も王国に有益な相手を吟味する必要がある」
レイデン「ルーベルン家では不足と?」
エメルディア「そうではない。だが今日決断を出さねばならないことでもない」
セレナリス「ここまでね。レイデン公、貴方の娘ロザリードは勿論有力な候補よ。アドメルディア卿、次の議題を」
アドメルディア「では、東部の情勢についてです。盗賊赤毛のフラムが勢いを増しており……」
王太子エメルディアは結婚という問題に辟易していた。王国にとっての益こそが妻を選ぶ基準であり、王の息子として生まれてしまった自分の避けられない運命だとは理解している。
だが、王国にとっては不運な話であっても、十年前に取り決められたしがらみから突如解放されたエメルディアの心は、空の広さを初めて知った小鳥のように宙を舞っており、まだ知らない何かを求めていた。
執政会の議論が耳から耳に通り抜ける。エメルディアは肩肘をつき、宅の上に置かれたままの花のティアラを見つめていた。
かつて形式的に誓い合った"愛"という言葉。まだ輪郭を持たないその感情への憧れが、エメルディアの心の奥に生まれていた。
さっき裏門で跳ねてしまったあの旅装の娘のことをふと思い出す。急いでいたとはいえ下馬もせずに通り過ぎてしまった。あれはあまりに無礼だったと、エメルディアは後悔した。
何かの荷を納めに来た商人だろうか。それとも騎士の見習いだったのだろうか。もう会うことはないかも知れないが、もし会えればもう一度謝罪しよう。
そう思いながら、エメルディアは花のティアラを見つめていた。




