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29. 白熱の騎士達

「ヴェイリックー!!!」

 この世の終わりを見たかのような、悲壮感溢れるサラの悲鳴が競技場に鳴り響いた。


「うぎっ、痛ええ!」

 愛しのヴェイリックは初戦で地に伏し、従者達に引き摺られながら、裏方に消えて行った。

 心ここに在らずで頭を抱えるサラだが、他の者達にとってはヴェイリックの落馬は滑稽であり、軽い笑いの種となった。

 ヴェイリックだけではない。先程から一貫して、勝者には歓声と賞賛が浴びせれ、敗者が授かるのは無関心か嘲笑のみである。

 近くの令嬢達がサラの背中を優しくさするが、その令嬢の肩も小刻みに震えていた。


 決着がつき、倒れた騎士が片付けられれば、小さい羽根を帽子に刺した小太りの進行役が、次の騎士を紹介し角笛が吹き鳴らされる。

 準備していた騎士が走り出し、槍試合は流れるように進行した。

 フラーエンのトークンを身につけたジェレム卿は、三度目の突進で相手を落とした。それに続いて、熊騎士ことアドウォルド卿や王太子の近衛騎士ハレッセン卿も順調に初戦を制し勝ち上がった。

 圧巻だったのは優勝候補と目される騎士達である。クロディア王子は組み合わせの数の都合で二回戦からの出場だが、ジュラン・ルーベルンと黒犬騎士団は、全員が一撃で相手を突き落とし、格の違いを示して見せた。

 王都の槍試合ということもあり、出場する騎士はかなり多い。だが誰も飽きることはなく、二回戦へと進んでいった。


「さあ次の試合へ進みましょう!

 東の騎士!イーリスリークはワンドゥリー家に仕える野獣の如き豪傑!アドウォルド・ラッケン卿!!

 西の騎士!王都アムランはテードリアン王家に仕える王太子殿下の盾!ハレッセン・コルドー卿!!」


 今挙げられた二つの名は、正にカリネ・ステンサーのトークンを求めた二人の騎士であった。

 体を前に乗り出したカリネにマイスが尋ねる。

「大丈夫?」

 カリネはおどけた様子でマイスに振り向いた。

「え?何が?」

 フラーエンは自分を巡って二人の騎士が争う展開を想像してみた。そしてそれこそ騎士道ロマンスであると思い至り、カリネが置かれている状況を羨ましく思う。

「ねえねえ、どっちを応援するの?」

「野暮ねえフラーエン。そんなの決めるものじゃないわよ」

「でもトークンを授けたのはアドウォルド卿じゃない」

「そうね。でもさ、こうやって祈りの姿勢を取っておくとどう?見てる人が好きに想像できるでしょ?」

「確かに」

「明日には三人の吟遊詩人が私の歌を歌うはずよ」

「わーお、やるわね」

「賢いけど、あなたって…」

 自分にはなかった視点に、フラーエンは感嘆し、マイスは苦笑いである。

「ふふん。うちは王都から遠いからステンサー家の名を広めないとね」

 フラーエンとマイスが、得意顔のカリネの作戦を褒め称えている傍ら、会場を注視していたメリアが三人に声をかけた。


「ねえカリネ、二人が見てるわ」

「えっ」

 カリネが目を向けると、アドウォルドはカリネ達の席側に向かう形で配置についており、燻んだ鉄の兜を脇に抱えていた。

 短く刈られた黒髪に体と同様に筋骨を感じさせる顔、よく見るとつぶらに見えなくもない丸い瞳。遠く離れているが、カリネは確かにその視線を受け止めた。

「熊騎士…」

 もう一人の騎士ハレッセンは、アドウォルドの方を見据えており、すでにこちらを向いてはいなかった。

「見てたのよ。今一瞬」

 本当だと付け加えるメリアに、カリネは笑った。明るく振る舞うカリネだが、自然と唾を飲み込む動きは固くなっていた。


「槍を」

 アドウォルドが短く告げると、従者は慎重に一本を差し出した。

 先端は刺さらないよう、球体で保護されている。衝撃を受ければ割れるよう細かな筋が入った、試合用の槍だ。

 腕にはカリネから授かった黄色いトークン。風を受けて小さく揺れるそれを、アドウォルドは一瞬だけ見下ろした。

 馬が鼻を鳴らし、前脚で砂を掻く。抑え込む従者の腕に力がこもった。


 二人の試合は、この日の熱を一段押し上げる白熱の戦いとなった。

 中央の旗が振り上げれ、角笛の音が重なる。それを合図に突進を開始する二騎。カリネやフラーエン達の席では歓声にかき消され、蹄の音も聞こえてこない。カリネは両の手を握りながら、心臓の音が速くなるのを感じていた。


 ハレッセンは狭い隙間から目を細めて、揺れる騎馬の上で狙いを定めた。

 最初の激突。二人とも盾に槍を当てたが、衝撃は柔く流れるような形となった。

 ハレッセンは馬の速度を落とし、槍を一度上に向ける。兜の中で響くのは、自らの息づかいと鉄の鎧が擦れる乾いた音。観衆の声は遠く、頭には入って来ない。

 手応えはあった、続ければ確実に当てられる。そう冷静に考え、そのまま仕切り柵の端で折り返した。

「ヤァーッ!!」

 地を蹴る蹄の音が、ハレッセンの心臓に呼応する。両者の馬は再び最高速度に達し、槍先を狙いに定めた。

 アドウォルドは頭部への刺突を恐れていなかった。普通は無意識にそれを嫌うものであるが、向かってくる槍に合わせて、槍が砕けるような受け方を避けている。

 それを感じたハレッセンは、互いの槍が交錯したその瞬間で、狙いを少し上に変えた。勿論当てるつもりはない。簡単にいなされるだろうが、躊躇なく狙うことでその次の攻撃で守りに入らせたかった。

 危険なやり方だが、昔の槍試合は落馬後の抜剣からが本番と言われていた。それに比べれば可愛いものだろう。


 鈍い衝撃音が響く。

 アドウォルドは盾で頭を守らず、ハレッセンの槍はその兜をかすめた。そして逆に、アドウォルドの槍は正面からハレッセンの盾に命中しており、アドウォルドの加点となった。

 痺れるような痛みが、ハレッセンの腕から全身に伝わる。


「槍を!」

 従者からまた槍を受け取り、騎馬を反転させ走り始める。

 三度目の激突。アドウォルドは何も恐れていない。純粋な才能の差が、ハレッセンに突き刺さる。

 アドウォルドの槍が直撃し、大きな音を立てて破片が飛び散った。

 観衆が騒ぎ立てる。

「もろに当たったぞ!」

「決まったか!?」


 ハレッセンは大きくのけぞり、バランスを崩し仕切り柵に上半身が倒れた。足が鐙から外れずに、不快な摩擦音を立てながら、その太い丸太の柵の上を滑るように引き摺られて行く。


 カリネは口に手を当てて、腰が少し椅子から浮く。

 観客達の目にはアドウォルドの勝利が映り、進行役は次の騎士に配置に付くよう伝言を走らせた。


 ハレッセンが柵の上を引き摺られたのは、観客にとっては一瞬の出来事だった。柵の終わりに差し掛かり、誰もがハレッセンの落馬を確信する。王太子エメルディアは痛みを味わったような渋い顔をしている。

 すぐに救護できるように、従者達は既に走り出しており、勝敗は決したものと、人々は拳を突き上げ、ハレッセンの落馬と同時に歓声を上げる準備をしていた。


 このわずか数秒の、反転したその視界の中で、ある旗が見えた。黄金の雄馬を紋章に讃えた赤い旗。それはテードリアン王家の旗だった。

 その時、ハレッセンは戦う理由、槍を捧げるべき真の誓いを思い出す。

 幸運なのか、馬が木柵に体を寄せた。

 力が沸き上がり、機敏性を求めて軽い鎧を選んでいたことがここで幸いする。

 馬の胴を強く挟み込み、体を僅かに持ち上げる。槍を捨てた右手の指先が、鬣に届いた。馬は驚き嘶いたが、まるで主人の意思を解したかのように首を深く前に突き出し、ハレッセンは体制を立て直した。

「槍だ!」

 その曲芸とも取れるほどの離れ技に、観衆は一瞬声を失い、また一段階大きく盛り上がる。

「ありえねえ!あそこから起き上がった!?」

「あれが王太子の盾、ハレッセン・コルドー!」


 ハレッセンは一瞬、主君エメルディアを見る。

「殿下が見てる、それが全てだ!」


 観衆がハレッセンの名を叫ぶ。若き王家の騎士は、力を振り絞るように咆哮した。

「行くぞアドウォルド!!!」

 勝利を確信し馬を歩ませ始めていたアドウォルドも、兜の中でにやりと笑い、もう一度槍を強く握った。

「来い!ハレッセン!!!」


 二人の戦いは、出番を待ち会場の隅で見ている騎士達の心にも火を灯した。

 戦無き時代の中で、それぞれが研鑽を続けてきた武と武の衝突。

 これまでの試合を序章と言うよな、激情混じりの火花は観る者全ての心に降り注いだ。

 

 互いの槍が盾に直撃する。両者は大きく体を仰反るが、すぐに立て直し、砕けた槍を投げ捨てる。

 人馬一体で駆け抜ける先には、主人の勝利を信じて次の槍を持つ従者の姿。

 二人は再び交錯し、歓声が爆発した。


 フラーエンがカリネの肩を揺する。

「凄い!二人とも凄いよ!」

 勿論フラーエンだけではない。下級席に座る貴族達も全員が、繰り広げられる熱戦に興奮していた。

「え、ええ…すごいわ…」


 エメルディアの拳にはじわりと汗が滲んでいる。

 何の関係もない令嬢達も、この戦いに見惚れていた。


 だが、熱狂が永遠に続くことはない。両騎士の名が繰り返し叫ばれ、花びらが風に舞う中で、決着の時は訪れた。


 耳鳴りが聞こえ、雲の流れが早く感じる。もしかしたら気を失っていたのだろうか。瞼を上げたハレッセンの狭い視界からは青空が広がり、背中には硬い地面を感じる。


 あぁ、負けたのか…。


 敗北を理解したハレッセンは、兜の可動面を跳ね上げて顔を出し、新鮮な空気を深く吸った。

 アドウォルドの名を何度も呼ぶ観衆達。あの岩のような顔の酔っ払いが今日一番の歓声を浴びていると考えると腹が立ったが、それよりも感じるものがあった。

「強いな…」


 駆けて来た従者達に身を起こされる。立ち上がったハレッセンは呆然とアドウォルドの背中を見つめ、それから王族席に目をやった。

 エメルディアは真っ直ぐに自分を見ており、よくやったと、目線で伝えてくれている。そうだろう、あの方はそうしてくださる。だからこそ、勝利を捧げねばならなかった。


 また角笛が鳴り響き、蹄の音が背後を通る。

 盾も兜も、手綱も従者に預けたハレッセンは、静かに目を伏せ会場の裏へ歩いて行った。


「ハレッセン卿、一度もこっちを見なかったわね」

「熊騎士強すぎよ。意外と優勝候補なんじゃない?そしたらカリネ!ステンサー家の名前も広がるね!」

 試合の興奮を共有し合うフラーエン達の声がカリネの耳を通り抜ける。

 ゆっくりと歩いていくハレッセンの背中と、槍を突き上げ観客席から喝采を浴びるアドウォルドを、カリネは静かに見つめていた。

「ええ、そうなればいいわ…」



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