26. 馬上槍試合
「フラーエン、こっちよ!」
ようやく貴族席に到着したフラーエンは、座れる場所を探していた。貴族席とは言ってもノーツァース家のような格下の貴族の席は、庶民席と隔離されているだけである。上手く譲り合って座れ、立ち見でないだけありがたいと思えとでも言うような、簡素な作りの観戦席だった。
きょろきょろしていたフラーエンに最前の席から声をかけて来たのは、王宮で出会った新興貴族の娘、カリネ・ステンサーだった。
「カリネ!席を取っててくれたの!ありがとう!」
侍女達を後ろに残し、フラーエンはカリネの隣に座った。メリア・オールトン、マイス・カリッツ達も同じ場所である。
「遅かったわねフラーエン」
「道に迷ってたの?」
「いいえ、ちょっと踊ってたのよ」
中級貴族は一人一脚の椅子に座り、すぐ後ろに従士や侍女が控えている。
カリネは豪商上がりの財力でここに席を取ろうとしたが、今回は貴族が多すぎて入り込めなかった。
令嬢達は皆家ごとに散り散りになるような形で、客席の至る所に座っていた。
執政会のような力のある貴族達は、櫓のように構えられた特別な区画に天幕までかけられ、豪奢な椅子に座っている。
青い天幕には波と鴎の紋章が飾られた、財務卿ルーベルン家の席。
フラーエン達からは少し遠くて見えにくいが、ロザリードが当主レイデン公の隣に座っているのが見える。その反対にはアレイン・ギースが座り、一段下の列ではラーサ・クラーディをはじめとした青ドレスの令嬢達が歓談していた。
黒と白半々の天幕には三つ首の猟犬の紋章、軍務卿ベティオル家の一族。
緋色に黄色の縁取り、楓の葉の描かれた天幕には外務卿ベルクレイン家がいた。だが来ている数は多くなく、ヘレネッサは奥の方にいる様子。
茶色い天幕には王妃の生家、内務卿のルガティアス家。
最大貴族ギリアート家は不在で、雄牛の紋章の旗だけが王家の席の隣に掲げられている。
騎士達の槍が交錯する位置、会場の中心に最も近いところには黄金の雄馬の紋章が飾られており、豪奢な御座には、王族達が既に座っていた。
「王太子殿下は、やはり出場されないのね」
「当たり前じゃない。怪我したらどうするの」
「でも、見たかったわ。殿下の勇姿」
令嬢達からは若干の落胆の声が聞こえるが、当のエメルディアは御座に深くもたれかかり、従兄弟達と歓談しながら準備が整うのを待っていた。
第二王子クロディアの姿が見当たらず、先日の晩餐と違いそもそも席が設けられていない。噂通り、第二王子は槍試合に出るのだと観衆達はざわめき立った。
会場はすでに大盛り上がりで、まだ一戦も始まっていないのに花びらが舞っている。
外の祭りの喧騒とは隔たった、格式のある祭典にフラーエンの心はより高く踊った。
その時、観衆の声を切り裂くように、角笛の音が場内に響き渡った。
入城の門が開き、参加する騎士達の姿が現れる。
先頭に馬を並べるのは、黒い鎧に身を包んだ騎士。優美な漆黒の馬に跨り、従者は王家の旗を掲げいる。第二王子クロディア・テードリアンだ。
「来た!あれがクロディア殿下!」
「まだお若いのになんと言う堂々たるお姿」
「まるで若き日のスロンディア王のようだ」
「ジュラン卿だ!ウィンザメルの優勝者だぞ!」
「あれがジュランか。ルーベルン家の青き若獅子」
観衆は口々に期待を声に変えた。
だが、入城した騎士の列は思いのほか短かった。
「…少なくない?」
「火牛騎士団とアフィルド卿はいないって聞いてたけど…」
「一目でわかるような有名どころがあまり見当たらないわね」
客席のあちこちから、ざわめきが漏れる。
ギリアート家とアフィルド卿が不在なのは周知の事実だったが、それだけではない。
「黒犬騎士団がいないぞ」
「何で?王都の槍試合なのに?」
「ゼイスター卿もだ。どうなってやがる」
観客達は気付いた。ベティオル家の騎士も、ベルクレイン家の騎士も姿を見せていない。
「これじゃあ、見世物としては寂しいわ」
「王都の槍試合って、もっと華やかなものだと思ってた」
「ふざけんな!」
「黒犬騎士団を出せー!」
失望を隠さぬ声が、次第に大きくなっていき、それどころか不満の声も聞こえ始めた。
「今言った者の舌を切って来させましょうか?」
エメルディアの斜め後ろに座るハウゼンが言った。ハウゼンはルガティアス家だが、エメルディアに呼ばれて側に来ていた。
「面白くない冗談だぞ叔父上。私もちょうど彼らと同じことを思っていた。これは何だ?」
エメルディアの問いに、ハウゼンが答える。
「わかりません。今回の槍試合はルーベルン家の仕切り。出場者の名簿を我々は見ていないのです」
ハウゼンの姉であり、エメルディアの母である王妃セレナリスが弟に言う。
「あなたが出て盛り上げるのはどう?」
「ご冗談を。槍試合は落馬の派手さを競うものではありません」
少し笑ってから、エメルディアは青い天幕を見た。
「何か妙だな」
観衆達の不満を聞いて、ヘレネッサは笑っていた。父が許すならワインを飲みたい気分だった。
「なかなか良い反応ね」
ベルクレイン家もベティオル家も、勿論一人も騎士を出していないわけではない。出さなければここにいる意味はなく、王家への不敬にも繋がる。だが両家ともに出場させたのは、体裁を作るためだけの叙任したばかりの騎士一人のみだった。
ロザリードは、リリアンに一瞬だけ視線を投げ、次いでヘレネッサへそれをやった。
「父上、ロヴィリカでは安過ぎたのでしょうか」
その表情は無に近かったが、少しだけ眉が寄っている。ロザリードの問いに、レイデンは笑って答えた。
「いいや。思いのほか強欲な老犬だったが、手付金の話を詰めれば、最後には満足したようだったぞ」
ロザリードは目を細めて父を見上げ、前に向き直り息をついた。その時だった。
閉ざされかけた入場門が、もう一度開く。
そこに立っていたのは、猟犬を模した黒鎧を纏う三人の騎士と、同じ色の鎧の八人の騎士。
「き、きた!黒犬騎士団だ!」
誰かが叫んだ瞬間、空気が一変した。
失望は一転して歓声へと変わり、観衆は総立ちになる。
「来たぞ!」
「やっぱりベティオルは出してきた!」
「王都の守り手達だ!」
「団長のコリー卿が王都最強さ!」
「ベンテリー卿はこの前僕にパンをくれたんだ!頑張って!」
整然とした隊列。
その登場により、会場の熱は再び沸点へと押し上げられる。
だが、その熱狂の裏で、祭典の意味はすでに歪められていた。
「凄まじい人気ね」
ロザリードは満足そうに微笑んだ。




