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20. 騎士達と令嬢達

 回廊を歩きながら、フラーエンはカリネの耳元に寄って尋ねた。


「何だか視線を感じない?」

「そりゃ、あんたがあの円卓に座ったから」

「いや、なんか…ほら…」

「えっ?うお…」


 フラーエンに言われるがままに周囲を見て、カリネも異変を理解した。

 二人は談話室に飛び込む。


「ねえみんな!なんか今日騎士多くない!?」


 フラーエンの声に、談話室にいた令嬢達が一斉に振り向く。


「ああフラーエン、カリネおはよう。今ちょうどその話をしてたのよ」

「おはようメリア、なになに!まさか槍試合?」


 数日も経つと多くの令嬢達は打ち解け合い、名を認識し合っていた。


「そのまさかよ!日取りが決まったんですって!」

「キャーーー!!」


 フラーエンがカリネの手を握り歓喜する。カリネも楽しみにしていたことだが、フラーエンの喜びように若干困る。


「男、というか騎士が多いのはそういうことね」

「いつなの?」

「七日後よ」

「はやっ!」

「やったねカリネ!良縁を見つけるには正に槍試合よ!」

「なんであんたが浮かれてんのよ。遠巻きにじろじろ見てくる男なんて、私はお断りよ」


 花のティアラを諦めた令嬢達の話題は、槍試合と騎士達で持ちきりだった。


「サラなんてもうトークンが欲しいって言われたそうよ!」

「すごい!情熱的ね!」


 恋の予感は、いつだって乙女の心を掻き立てる。


「ねえ、裏の訓練場、見に行くのはしたないかしら?」

「そ、そんな…見に行くだけなら…」

「あなたたち、さすがにそれは…」

「そうよね…」

「何か良い理由ないかしら」


 理由さえ手に入れれば、今すぐにでも飛び立てる。浮かれて足が疼く令嬢達に、フラーエンが良い理由の提案をする。


「それだったらみんな、私の馬を見る?裏の厩にいるの」

「フラーエンあなた最高よ!」


 令嬢達は談話室を飛び出し、花の香りを巻き込みながら、裏門に向かって小走りに列を成した。

 その時偶然、アレインやリリアンを引き連れたロザリード一行とすれ違う。ロザリードが登場すると、令嬢達は皆背筋を正し歩調を整える。


「あ…おはようロザリード。今日は席たくさん空いてるよ」


 ロザリードは相変わらず隙のない美しさで、薔薇色の唇で微笑む。


「おはようフラーエン。そんなに慌てて、みんなで一体どこへ?」

「厩よ。あなたもご一緒にどう?」

「い、いえ…遠慮しておくわ…」


 ロザリードが部屋に入ったのを確認すると、フラーエン達はまたドレスをつまみ小走りに駆け出す。


「あんた、ロザリードにも慣れてきたみたいね。私はまだ緊張するわ」

「そんな怪物じゃないんだから。でも、まだ私も緊張してるのよ」

「あんたは頼もしいけどね。物怖じしなくなってきたじゃない」

「そうかしら、そうだといいな」


 少女達の軽い足音と華やかな笑い声が回廊に響いた。


 その様子を、回廊の反対側で手すりに肘を置き、若い騎士達が観察していた。


「おお〜なんて光景だ。聞いていた以上だな」

「半分ほどは帰ったと聞きましたが、それでもこんなに花が咲いているとは」

「あの若草色の娘、可憐だ」

「俺はあの紫の、いや水色も良い!」

「どの娘がロザリード・ルーベルンだ?あの背の高いのかな」

「やめとけ。ルーベルン家がお前みたいなの相手にするか」

「トークンを貰うくらいいいだろ。それがあれば俺は優勝できる」

「いただける前提で話すな。あの方のトークンは私が授かる」

「なにを!」


 騎士達もまた、王太子の婚姻無効事件によって起こった、例にない王宮の春に心が浮かれていた。


 王宮裏の兵舎区域に到着したフラーエン達は、とりあえず名目である厩へ向かう。

 兵舎区域は広く、鍛冶屋のみならず、宮殿内に住み込む使用人達のための小さい市場や酒場がある。

 ここに来るための名目とは言ったが、フラーエンは共に旅をした愛馬に早く会いたいと思っていた。


「じゃじゃん!この子が雪溶けの息吹ちゃんよ!かわいいでしょう!」

「フラーエン、ここ臭いわ…」

「何当たり前のこと言ってるの?厩の匂いじゃない。えっ、みんなもう行っちゃうの?乗りたくないの?いい子よ?ちょっとカリネ何で笑うの」


 令嬢達の興味は騎士達が集まる訓練所にある。フラーエンの馬を見るという建前を済ませると、皆そそくさと剣戟の音のする方に消えて行った。


「私もあっちに行くわよ。あんたは?」

「カリネまで?じゃあいいわよ。私はもう少しここにいるから」

「そっ、じゃあまた後で」

「気をつけてね。ここは馬に跳ねられるから」

「それはあんただけでしょ」


 皆より少し遅れて厩を出たカリネは、一人で兵舎や武器庫の間を歩いた。道はわからないが、音のする方に行けば皆いるだろう。そう思いながら、見物がてらゆっくりと歩いた。


 訓練所に先行するメリアやマイス達は、正に浮き足立つ乙女達。その笑顔は王宮の春を体現している。

「フラーエン、はしゃいじゃって可愛いわよね」

「ねえ、初めは怖い人かと思ったけど、北部の人だし、あの円卓に座ってたし」

「まさか殿下に跳ねられてあの席についていたなんて。不幸なのか幸運なのか」

「私もここで跳ねられようかしら!運命の騎士がその角から…!」

「残念、誰もいない!」

「まって、今あの騎士と目があったかも!」

「それを言ったらみんなこっちを見てるじゃない!」

「声かけられちゃうかもー!」


 静かな厩に一人残ったフラーエンは、雪溶けの息吹の鬣に指を絡ませて、温かい首に耳を当てた。

 馬達の鼻息がざわめきのように聞こえ、壁の隙間から差し込む光が、飛び交う蝿達の羽を瞬くように照らしている。


「元気だった?久しぶりね息吹ちゃん」


 その言葉に反応したように、雪解けの息吹は鼻先でフラーエンの頭を弾く。


「ちょっと何よ、ドレスで来たこと怒ってるの?ごめんごめん」


 雪溶けの息吹は鼻息を荒く鳴らし、前脚で土を何度も蹴る。削れるように土が跳ね、踏み慣らされた藁が舞う。


「ほんとにごめんって!走りたいよね。次は必ずズボンで来るから、訓練所を走らせてもらおうね」


 そう言うと、雪溶けの息吹は大人しくなり、フラーエンはまた頭を預けた。

 少しの静寂、どこかで馬糞が落ちる音がする。


「もし私が男だったら、王都に旅する目的はあなたと出る槍試合だったのかもね。ノーツァースの赤い旗を掲げてさ」


 太い首が静かに脈打つ。その温もりに、フラーエンは目を閉じた。

 入り口を通りかかった老いた厩番が、目を細めてそれを見ていた。

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