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2. 王の都

 私はフラーエン・ノーツァース。


 ある目的を果たすため、北の果てヒーツから早駆けで今朝、王都に到着しました。


 父はオルハロンの城主グレンザ・ノーツァース。元は一介の騎士でしたが、戦場での武功により一代でノーツァース家を貴族に興した凄い人です。


 王都に来るのは、勿論初めてじゃないですよ。そこまで田舎者じゃありません。今回で三回目です。

 道中の景色だって鮮明に覚えていましたとも。

 街道の再整備が進んでいるのかは正直よくわからなかったけど、どの旅篭のパイも前と変わらず最高に美味しかったです。

 昔見た旅の名所"竜の岩"は、私が大きくなったんだってヘーネが言ってたけど、それにしてもあんなに小さかったかしら。

 ついに完成したと言うアーレベインの両雄像。一目見たかったけど立ち寄る時間はなかったので、これはまたいつか行けたらいいなと思ってます。

 王都の門前に広がるホーレンの丘は、花々が一面に咲き誇っていて、春に来られたのは最高に幸運でした。これだけではるばる来た価値があります。もう満足です。

 もちろん冗談です。大いなる目的を忘れたりなんかしていません。


 そう、私の目的というのは、ノーツァース家が数百年栄える貴族になるための基盤となることです。

 私を産んだ時にお母さんは死んでしまったから、政治に疎いお父さんに代わって、私がノーツァースの女の務めを果たす所存ということです。


 だから舞踏会の招待状が届いた時、私はお父さんに直談判しました。


 何故貴族なのにお供を二人しか連れていないか?それは至って単純、うちに余裕が無いからです。

 いいんです。ヘーネとスコーラ。この二人がいれば盗賊も何も怖くありません。私の自慢の戦える侍女達です。

 王宮ではきっと、私の他にもたくさんの娘達がいて、綺麗なドレスの侍女やハンサムな騎士をたくさん引き連れて、なんなら両親も同伴でしょうけど。

 本当は私もお父さんと一緒がよかったけど、そんなこと言ったって仕方ないでしょう?

 だって貴族には、社交界よりもっと大切なものがあるのだから。

 ヒーツは新興貴族が治めるには広大すぎる上に、山賊や異民族が頻出して大変な土地です。


 貴族とは民の盾であるべきで、その義務を果たすために、税を納めてもらってるんだと、私は思っています。

 私だって幼い頃は騎士に憧れていたけれど、十七歳にもなると嫌でもわかります。王都、社交界が私の行き先だって。

 自分で言うことではないですが、こう見えて私、北では評判の器量良しなんです。

 亡くなったお母さんに年々似てきたって皆が言います。それなら、この武器を持って王都へ乗り込むことの方がノーツァース家のためになると、私はそう思ってここまで来ました。


 だけど本当は、父と母がしたという燃えるような恋を私も、なんて思っていたりもして。


 短かった母の人生を、大輪の花の様だったと知る人は言います。

 お母さん、あなたが飛び出したこの都に、私は今、飛び込もうとしています。

 どうか私を見守っていてください。





 王都は雲一つない晴天。青空と赤瓦の街並みの色映えが美しく、街の壁に咲く蔓薔薇が香る。賑わう大通りには無数の露店が並び、広場という広場で旅芸人達がそれぞれの客を集める。

 終わることのないかのような喧騒を抜け、フラーエンと二人の付き人は、王宮の門に到着した。


 白髪混じりの門兵に紋章と身分証を見せると、姫君はいつ到着するのかと聞かれた。質問の意味が一瞬分からず、フラーエン達は目を見合わせた。


「えっと、ここにいますが…」


 戸惑いながらフラーエンが答えると、門兵は「んー」だか「あー」だか聞き取れない謎の返事をした後、裏門へ回るように言ってきた。

 「なぜ?」と言いかけたちょうどその時、煌びやかに飾られた一台の馬車が到着した。中からは派手なピンク色のドレスを着た令嬢が、騎士の手を取ってゆっくりと降りて来る。

 門兵は、「そういうことで」と言うと、馬車の令嬢の紋章を確認しに行ってしまった。

 旅装で騎馬した令嬢など、他にはいないぞとでも言いたげな門兵に、フラーエンは少し気分を害すが、確かに過去の二回は馬車で来ていた。

「仕方ないわ。馬じゃないと間に合わなかったんだから」


 せっかく昼頃についたのに、裏門へ回るだけで小一時間かかってしまった。

 一度城下町に降りて、巨大な王宮の外堀を半周する。裏門は物資の搬入や衛兵、召使い達の出入りするところであり、道幅の狭さもあってか正門より混雑しているように感じた。

 そしてこっちの門でも、もう一度紋章と身分証を求められる。フラーエンはニコッと笑い、丸めた羊皮紙を渡す。

 門兵達は顔を見合わせて、一人はどこかへ消えて行った。それから随分と待たされる。

 ヘーネが小声で言った。

「さすがは王の都。城に入るだけで一日かかりそうだぜ」

「仕方ないわよヘーネ。並の警備じゃダメなんだから。ねえスコーラ?」

「まあ、そういうことなんでしょうね」


 三人で小言を話していると、察した門兵が話しかけてくる。

「申し訳ございません。裏門には紋章官がいないもので。あまり見ない紋章だとこうなるんですよ」

 聞こえていたのかと、フラーエンは慌てて笑顔で取り繕う。

「いえいえいえ!しっかり確認してください。ヒーツのノーツァース家ですわよ」


 それからもうしばらくして、どこかに行った門兵が帰って来る。


「大変お待たせしてしまい申し訳ございません。確認が取れました。ヒーツ領主、ノーツァース家のフラーエン様」


 やっとかと、三人は安堵する。


「それでは、持ち物を検めさせていただきます」


 フラーエンは笑顔を崩さなかったが、侍女頭のヘーネは明らかに不機嫌だった。スコーラは表情が読めないが、こう言う時は大抵ヘーネと同じことを考えている。

 フラーエンは背筋を伸ばし、二人に目線で凛とするよう伝える。そういうフラーエンも内心では苛つき始めていた。

 見る見るうちに、検査台にヘーネとスコーラの武具が積み上がって行く。

 鎧姿のスコーラはともかく、ヘーネはその簡素なドレスの中に一体どれだけの武具を隠していたのだろう。

 ヘーネがドレスをヒラヒラさせながら門兵に言う。

「これ中も見るの?」

「い、いや、大丈夫です!全て出していただければ」

 顔が引き攣っている門兵達にフラーエンがそれっぽいことを言う。


「備えあれは憂なしって、王都でも言うでしょう?街道の盗賊対策ですよ。幸い一度も襲われずにここまで来られましたけど」

「さ、さすがノーツァース家の護衛ですな。抜かりない」

「二人は私の侍女ですわ」

「そ、そうですか。ははは…」


 ようやく入城の許可が下りた。武器は一部の区画を除いては携行を許可されているが、今回は多すぎるとほとんどを預けることになった。

 武器と一緒に、フラーエン達は門兵に馬を預ける。旅の愛馬"雪解けの息吹き"とはしばしのお別れだ。


 痩せこけた文官がフラーエンのことを迎えに来た。

「お待ちしておりました。ヒーツ公御息女、フラーエン・ノータース様。わざわざ裏へ回っていただいたのですね」

 回れと言ったのはお前らだろう。と、三人は頭の中で同じことを思った。

「お部屋へご案内いたします」

 歩き出した時、フラーエンはふと顔を上げ立ち止まった。

「いけない!息吹きちゃんの鞍にナイフを忘れちゃった」

 それを聞いた文官が、面倒くさそうに確認してくる。

「武器は全て検査したはずでは?」

「食事用の小さいやつよ。あんなの武器じゃないでしょ」

 そう言ってフラーエンは、後から追いつくと言い厩へ向かう。迷子にならないかとヘーネに聞かれたが、城の構造くらいは頭に入っていた。

「回廊の東館の二階でしょ!初めてじゃないから大丈夫よ!」


 裏門の登り坂は城壁までの間の台地に、兵舎や訓練所があり、厩は訓練所の隣だった。

 鞍からナイフと、他にもいろいろ、旅の小道具が入った袋を回収した。


「あれだけ人のこと待たせた挙句ノータースって何よノータースって!ノーツァースよ!王都の礼儀は地に落ちたのかしら!」


 ぶつぶつと独り言を話しながら歩く。いつもより少し注意が散漫になっていたのだろう。曲がり角を出た途端、フラーエンは勢いよく馬に跳ね飛ばされた。

 鈍い衝撃音が聞こえ、フラーエンが土に転がる。


「なんだ!?」

「誰か馬に跳ねられたぞ」


 近くで訓練していた兵士達が集まってる中、フラーエンはむくりと起き上がった。


「ちょっと!」


 フラーエンは馬の主に憤慨した。それは体躯の良い見事な白馬で、乗っているのは上質な服を着た高貴そうな若者だったが、今のフラーエンにはどうでもよかった。


「す、すまない!怪我はないか?」


「け、怪我の有無じゃないでしょ!」


 すぐに後ろから別の騎馬が来て、通り過ぎ様に白馬の若者に声をかける。

「急げ兄上、遅れるぞ」


「本当にすまない。誰か、見てやってくれ」


 そう言うと男はまた馬を走らせ、颯爽と消えて行った。


「大丈夫かい姉ちゃん」

「向こうに救護所があるよ。手を貸そうか?」


「結構です。私も急いでいますので」


 砂で汚れた旅装の上から、フラーエンは強く打った外腿をさする。

 なんて幸先の悪い初日だと目線を落とし、深くため息をつきながら裏門の階段をゆっくりと上がった。


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